地方の川では、近所の人が集まって岸のごみを拾うことがある。流れから切り離された浅い水たまりに小魚が取り残されていれば、バケツの水へ移して川へ戻してやる。網ですくって下ろせば、魚は流れへ帰り、バケツには水が残るだけである。バケツと川が水でつながったままになることはない。
小魚を川へ返した後も、岸に置いたバケツから細い水の筋が宙を通って川面へつながっていた。北都県南條市の郊外を流れる小川で、2025年2月24日、私はそれを見た。連絡をくれた豊倉俊文さん(69歳)は、近所の人と川岸のごみを拾っている会の代表である。以前、その作業について話を聞いたことがあった。前日の片付けを一緒にしていた芦名和登さん(63歳)も来ていた。
バケツは水際から1メートルほど離れた、平らな砂利の上にあった。中には底を覆う水が残り、魚はいなかった。水の筋はバケツの中から立ち上がり、縁より少し高い所で川側へ曲がっていた。そこから短く横へ延び、斜めに下がって川へ入る。太さは指を3本そろえたくらいだった。透明な管に見えたが、表面に小さな波が立ち、下の縁まで細かく揺れた。横からのぞくと、水の下には砂利が見えた。上にも下にも、支えるものはなかった。
豊倉さんは前日、川の流れから切り離された浅い水たまりに、小魚を1匹見つけたという。人差し指の半分ほどの長さで、背が暗い色をしていた。川の水をバケツへ入れて魚を移し、ごみを拾い終えてから、見つけた所のすぐ脇へ返そうとした。バケツには半分より多く水が入っていた。水際へ運んで傾けると魚を石へ落とすかもしれない。豊倉さんは砂利の平らな所にバケツを置き、小さな網ですくって川へ下ろすことにした。
「持ち上げたときに、水が切れなかったんです」
豊倉さんが網の柄を上げると、魚の周りに水が残り、バケツの水面からもつながってきたという。隣で袋の口を結んでいた芦名さんを呼んだ。芦名さんは、その後の様子をスマートフォンで撮っていた。前夜に短い映像が送られてきたが、私は網を運んだ順序も知りたいと伝え、元の動画を見せてほしいと頼んでいた。川岸で、芦名さんの電話を借りて再生した。
映像の初めには、青いバケツと、その真上にある網が一緒に入っていた。網の袋は水を含んで丸く膨らんでいた。袋の下からバケツへ、細い水が続いていた。最初に水が持ち上がった瞬間は撮られていない。豊倉さんが、このまま川へ下ろしていいかなと言うと、魚はまだ水の中にいるよ、と芦名さんの声が答えた。豊倉さんは網を川の方へ動かした。網が離れると、バケツの縁から網までの水が長くなった。後から引きずられて地面へ落ちる様子はなく、網が通った高さに残っていた。バケツの水面は先ほどより低くなっていた。水を足している人はいなかった。
網の袋が川の水面へ触れた。豊倉さんは口を横へ向け、袋ごと水中へ下ろした。魚が口から出て、石の脇へ進んだ。豊倉さんが空の網を上げると、今度は網目から水滴が落ちた。先ほどの水の筋は網に付いてこず、川面へ触れた位置に残った。動画はそこで終わっていた。網を川へ運び、魚を出し、空になった網を引き上げる間に、映像が途切れる所はなかった。
豊倉さんは、バケツを持ち上げたら水がどうなるか分からず、そのまま置いたと話した。夕方にも見に来て、まだつながっていたので私へ連絡したという。夜の間は誰も見ていない。芦名さんは今朝、私との待ち合わせの前にも寄っていた。バケツの水面は、夕方に見たときと同じ高さだったという。
私は水の筋の上へ手をかざした。手のひらに冷たさが伝わったが、しぶきは掛からなかった。川上から風が吹くと、筋は少しだけ下流側へたわみ、風がやむと元の形へ戻った。途中で切れたり、地面へ滴が落ちたりすることはなかった。2人の了承を得て、バケツと川を一緒に撮った。続いて水際へ寄り、斜めに下がる水の端を撮った。そこには継ぎ目や口金がなく、川面の小さな波が水の筋の下端へ当たっていた。

撮影の後、豊倉さんは道具袋から、透明な書類入れを出した。県の土木事務所から会に届いた文書が入っていた。
「工事区間における魚類の移動についてのお願い」
日付は2月10日で、会の代表あてになっていた。3月3日から、この区間の護岸を直す工事が始まる。工事の間は上流で水をせき止め、川の水を一時的に脇へ流す。その前に、取り残される魚を下流へ移す手伝いを、会に頼みたいという内容だった。作業は3月1日の予定で、網とバケツは事務所が用意すると書かれていた。
移す先は、600メートルほど下流の淵だった。工事の範囲の外で、冬でも水が涸れない所だという。会の人たちが網ですくい、バケツに入れて堤防の道を運ぶことになっていた。
豊倉さんは、前日の片付けも、その下見を兼ねていたと話した。魚を見つけた水たまりは、ちょうど工事の範囲の中にあった。返した場所も、すぐ脇だった。1週間後には、そこから水がなくなる。
「返したつもりでしたが、水がなくなる所へ戻しただけだったんです」
芦名さんは、文書のことは知っていたが、昨日はそこまで考えていなかったと言った。豊倉さんも、魚を元の所へ返すことしか頭になかった。網を川へ下ろしたとき、水の筋がバケツと川の間に残ったのは見たが、魚が流れへ戻ったのを見て、その日はそれ以上考えなかったという。
会は10年前、大雨で岸にごみが打ち上げられた年に、豊倉さんが近所へ声を掛けて始めたものだった。月に1度、日曜の朝に集まり、拾ったごみの量を帳面に付けている。魚を移すように頼まれたのは、今回が初めてだという。前日に返した背の暗い魚は、この日、川の中に見当たらなかった。
豊倉さんはバケツのそばへ戻った。持ち手には触れず、中をのぞいていた。私は水際に残り、川へつながる所を見ていた。
川底の小石の間を、小魚が2匹泳いできた。前日の動画で見た魚より、どちらも小さかった。1匹が横へ曲がり、水の筋の下へ来た。頭を上へ向けると、背が川面の高さを越えた。魚の周りには水があった。尾を動かすたびに、斜めの水の中を少しずつ上がっていく。もう1匹は川底の石の向こうへ泳いでいった。
私は声を出して豊倉さんを呼んだ。豊倉さんが水際を向く前に、上がってきた魚は、水の筋が横へ曲がる所まで来ていた。小さな胸びれを広げ、透明な水の中で向きを直した。魚の腹の下には、水を挟んで砂利が見えた。芦名さんも電話を下ろした。3人で、黙って魚を目で追った。魚は網が運ばれた方とは反対へ進み、バケツの縁を越えた。中へ続く水を下り、底の水へ入った。
豊倉さんは、魚の方が先に移り始めたのかもしれない、と言った。芦名さんは、それなら1日にはこのバケツごと淵まで運べばいい、と答えた。水の筋が切れずに付いてくるかどうかは、2人とも分からないと話した。
豊倉さんは文書を書類入れへ戻し、土木事務所へ電話を掛けた。移動の作業の前に、この川岸へバケツを1つ置いたままにしておきたいと伝えた。電話の相手は、工事の日までなら構わないと答えたという。芦名さんは、家から同じバケツをもう2つ持ってくると言った。川の水を入れて、少し離して並べておくという。
豊倉さんは片膝をつき、バケツの中を見た。魚は底の縁に沿って泳いでいた。壁の近くで身を曲げ、持ち手の付いた側へ回ってきた。豊倉さんは顔を少し横へ移し、そこを通る魚を見続けていた。



