地方の家では、客が帰るとき、家の人が上がり口まで出て見送る。客が敷居を越えて庭へ出ると、家の人はサンダルを履いて引き戸を閉める。日の差す玄関なら、客の影も客と一緒に外へ出ていく。影だけが家の中に残ることはない。
客が庭へ出た後も、玄関のタイルには、その人の頭と肩の形が残っていた。北都県南條市の樫野孝澄さん(79歳)の家で、2025年3月2日の昼過ぎ、私はそれを見た。私は以前の商店街の写真を見せてもらうために訪ねていた。樫野さんの友人、蓑川利和さん(81歳)も、写っている店を覚えていると聞いて来てくれた。
写真は、昭和40年代から50年代にかけて、樫野さんの父親が店先から撮りためたものだった。蓑川さんは、ほとんどの店の名前と、店番をしていた人の呼び名まで覚えていた。写真を1枚ずつ机に置くたびに、指で看板を押さえて読み上げた。
写真を一通り見終えると、蓑川さんは先に帰ると言った。私は樫野さんと、掲載してよい写真を選ぶために残ることになっていた。蓑川さんは茶色の手提げを持ち、玄関で靴を履いた。
庭から玄関へ日が差していた。蓑川さんが敷居の外へ出ると、その影は靴元から家の中へ伸びた。灰白色のタイルの上に、丸い頭と、片手に持った手提げの四角い形が見えた。玄関の横の壁にも採光用の窓があり、靴を脱ぐ床は明るかった。樫野さんは靴を履かず、上がり口から、また分からない店があったら聞きます、と声を掛けた。私はその横で、壁へ寄って立っていた。
蓑川さんは振り向いてうなずき、庭の出口へ歩いた。樫野さんはタイルへサンダルを下ろし、足を入れた。戸の取っ手を持ち、ゆっくり横へ引き始めた。私は、床に残った黒い頭を見ていた。
戸が半分ほど閉まっても、その頭は玄関の内側にあった。肩から下だけが細くなり、敷居の所で黒い紐ほどの幅にまとまった。戸が遮った所は少し暗くなったが、その暗がりの端とは別に、頭と肩の輪郭が残っていた。横の窓からの光で、周りのタイルの目地も見えた。
「待ってください。まだ、下に」
私が言うと、樫野さんは戸を止めた。何かを挟んだのかと思ったようで、取っ手を持ったまま足元を見た。蓑川さんは庭で、さらに2歩進んでいた。靴と敷居の間には、黒い帯だけが長く延びた。玄関の中の頭は、同じタイルの上にあった。そこから靴まで、人の胴や脚の形はなくなっていた。
樫野さんが蓑川さんを呼んだ。蓑川さんは足を止め、体をこちらへ向けた。手提げも膝の横へ回った。床の黒い手提げは、玄関の中で頭の脇に残っていた。蓑川さんは、何か落としたかと尋ね、手提げを持ち上げて中を見ようとした。私は、影の頭と肩が玄関の床に残っていると伝えた。蓑川さんは手を下ろし、靴元を見た。黒い帯を目でたどってから、戸の隙間へ顔を向け、戻った方がいいかと聞いた。
樫野さんは、先に戸を開けると言った。取っ手を逆へ引き、さっきまでと同じ幅に開けた。敷居から玄関のタイルへ、日が戻った。黒い頭と肩はまだ中にあった。樫野さんは取っ手から手を離し、横へ退いた。蓑川さんは茶色の手提げを下げたまま、庭で両足をそろえていた。
頭の丸い輪郭が、タイルの目地を越えた。蓑川さんは動いていなかった。肩も同じ方へ進み、片側に張り出した手提げの形が敷居へ近づいた。壁や床の明るい所と暗い所の境は動かず、人の形だけが、その上を滑っていた。手提げの形が敷居を通り、肩、頭の順に玄関の外へ出た。黒い輪郭は敷居の表面から、外の平らなコンクリートへ途切れずに移った。
靴元まで延びていた帯が短くなった。蓑川さんの靴元に、2本の脚の形が分かれ、胴と肩が収まった。丸い頭は、その先の庭の地面で止まった。蓑川さんが右足を少しずらすと、靴に続く黒い脚も同じ方へ動いた。今はついてきていると伝えると、蓑川さんは足を戻した。
影が外へ出る間、私はカメラを出していない。2人に見たことを記事にしてよいか尋ね、了承を得てから、開いた玄関を庭の横から撮った。続いて、上がり口から敷居と内側のタイルを撮った。黒い頭がとどまっていた場所である。写真に写せたのは、形が出ていった後の床だった。

蓑川さんは庭に立ったまま、手提げの口を開けた。さっき中を見ようとしたのは、落とし物を探すためではなかったと言った。取り出したのは、薄い冊子だった。柳瀬市にある、介護の付いた住宅の入居の案内である。
入居の日は、3月9日だった。蓑川さんは1人暮らしで、去年の暮れに家の中で転んでから、娘に勧められて決めたという。南條市の家は、春のうちに引き払う。今日ここへ来たのは、写真の店を思い出すためでもあったが、樫野さんの家へ来るのはこれが最後になると思っていたからだった。
樫野さんは、そのことを聞いていなかった。蓑川さんは、言えば引き留められると思ったと話した。50年以上、この玄関から出入りしてきた。商店街で隣り合った店をやっていた頃は、朝晩2回は顔を出していたという。
2人の店は、商店街の同じ並びにあった。樫野さんの家は金物店、蓑川さんの家は時計店だった。この日見た写真の中にも、2軒の看板が並んで写った1枚があった。店先で、若い頃の2人がそれぞれの父親の横に立っている。樫野さんは、その写真を記事には使わないことにして、机の端へよけていた。蓑川さんに渡すつもりだったという。
「帰ると言ったのは自分なのに、足が出なかったんです。体の方は出たんですが」
蓑川さんは、影が玄関に残っている間、自分では庭を歩いているつもりだったと言った。樫野さんが戸を閉めかけたとき、背中の方が少し寒くなった気がしたという。樫野さんは、これまで帰る客の足元を見送ったことはないと話した。もう一度戸を閉めて確かめる話にはならなかった。
樫野さんは、入居の案内を両手で受け取り、表紙の写真を見た。写真に写った住宅の玄関も、引き戸だった。来月、自分の娘の車で一度、その住宅を見に行くと言った。蓑川さんは、来るなら玄関の戸を開けておくと答えた。樫野さんは、入居の前の日にもう一度来ないかと誘った。蓑川さんは、荷造りがあるからと断ったが、向こうへ着いたら電話をすると言った。
樫野さんは案内を蓑川さんへ返すと、上がり口から居間へ戻り、机の端によけてあった写真を持ってきた。敷居をまたがずに、開いた戸の内側から蓑川さんへ差し出した。蓑川さんは庭から手を伸ばして受け取り、裏返して日付を見た。昭和48年の夏で、樫野さんの父親の字だった。蓑川さんは写真を入居の案内に挟み、手提げの奥へしまった。その間、蓑川さんの足元の影は、靴から離れずに地面へ伸びていた。
樫野さんは、戸はこのままにしておくと声を掛けた。蓑川さんは礼を言い、庭の出口へ向き直った。数歩進むごとに足元へ顔を向けたが、背中側までは見えにくいようだった。出口の手前で止まり、首だけを回して、後ろは離れていないかと尋ねた。
樫野さんは玄関から庭へ出た。蓑川さんの横を通らず、少し後ろで立ち止まった。
「靴の所まで、つながっています」
蓑川さんはうなずいた。樫野さんが、今度は戸を閉めてもよいかと尋ねると、蓑川さんはもう一度足元を見た。
「通りへ出るまで、見ていてもらえますか」
樫野さんは戸の方へ戻らなかった。蓑川さんが歩き始めると、そのかかとから後ろを目で追った。蓑川さんは出口を曲がる前に一度止まり、樫野さんがうなずくのを待った。



