柳瀬市の民家の門の脇の雪だるまに関する奇妙な記録

住宅の敷地の隅にある二段の雪だるま。道を向く頭には目や鼻がなく、下の方に細い横のくぼみがある。霧島秀一撮影。

地方の住宅地では、雪の積もった朝、家の前の雪かきを終えた人が、寄せた雪で雪だるまを作ることがある。目には石を、口には枝を付け、道を通る人に見えるよう顔を道へ向ける。後ろ側は丸くなでるだけで、何も付けない。何も付けていない側に、口ができることはない。

雪だるまの、何も付けていない後ろ側に口ができ、道の方へ向けてほしいと言った。北都県柳瀬市の住宅地で、2025年2月2日の午後、私はそれを聞いた。雪だるまを作ったのは小井戸征夫さん(77歳)だった。私は別の取材から駅へ戻る途中、小井戸さんが家の前にいるのを見て足を止めた。以前、近くの古い店について話を聞いたことがある。

小井戸さんは、その朝に積もった雪を玄関から門まで脇へ寄せていた。作業が終わってから、敷地の隅に雪だるまを作ったという。道にはみ出さず、門の出入りにも邪魔にならない所だった。奥には低い植え込みがあり、その先に家の壁が見えていた。

雪だるまは私の腰より低かった。下の雪玉は幅があり、上に載せた頭は両手で抱えられるくらいだった。帽子もマフラーもなく、腕に見立てた枝も付いていない。頭にある黒い石2つと、両端の上がった1本の枝だけが飾りだった。石の目も、枝の口も、道へ向いていた。

私は、きれいにできたと声を掛けた。小井戸さんは、頭を載せたばかりで、石が落ちないか見ていたのだと話した。そのすぐ後に、声がした。

「道の方へ向けてもらえませんか」

小井戸さんは私を見て、今、何か言ったかと尋ねた。私は首を振った。声は私より低い所から聞こえた。門の内側を見たが、人はいなかった。小井戸さんも家の方を振り返った。

「こちらを、道の方へ」

同じ声がした。小井戸さんは雪だるまへ顔を戻した。石の下の枝は動いていなかった。私は道を数歩戻り、植え込みの横が見える所へ寄った。雪だるまの後ろにも、人は立っていなかった。小井戸さんが頭の両脇へ手を近づけ、道はこっちですよ、と言った。自分でも妙な返事をしたと思ったのか、私を見た。

「反対にしてください」

今度は頭の裏側から聞こえた。私は門から敷地へ入り、植え込みとの間へ回った。道からは見えなかった、頭の白い面が目の前にあった。その面の下の方に、横長のくぼみができた。上の縁が持ち上がり、下の縁が丸く前へ出た。白い粒の付いた縁は、周りの雪とつながっていた。

「そちらは、家でしょう」

言葉に合わせてくぼみが開き、細く閉じた。口の上には、目も鼻もなかった。白い雪が丸く続いていた。私は1歩下がった。小井戸さんも横へ来て、私が見ていた所をのぞいた。2人とも雪には触れていなかった。

「道を通る人に、声を掛けたいんです」

くぼみがまた開き、下の縁に付いた雪粒が一緒に下がった。声が終わっても、その粒は落ちなかった。冷えた午後だったが、口が開いても白い息は出なかった。声は低く、少しかすれていた。布や薄い覆いの端はなく、粒の粗い雪の面が続いていた。小井戸さんは、こちら側には何も付けていない、手袋で丸くなでただけだと言った。

小井戸さんは頭の両脇を手袋で包み、少し持ち上げた。頭と胴の間から細かな雪が落ちた。道を向いていた石が横へ寄り、植え込みの方へ回った。白い面が道の方へ来た。頭を下ろすとき、小井戸さんは手を離さず、下の雪玉へ収まるまで少しずつ位置を直した。ここでいいかと尋ねると、白い口が開き、はい、と声がした。黒い石と枝は、家へ向いていた。

私は小井戸さんに、見たことを記事にしてよいか尋ねた。小井戸さんはうなずいた。雪だるまにも同じことを尋ねると、白い口が開き、構わない、と答えた。私は道から全体を撮り、続いて敷地側へ回って、石と枝の付いた頭を撮った。

家側を向いた雪だるまの頭。黒い石2つと、両端の上がった短い枝が付いている。背景に道が見える。霧島秀一撮影。
霧島秀一撮影。2025年2月2日、同じ雪だるまを敷地側から撮影。頭を回した後も、黒い石と曲がった枝は付いたままだった。

撮影の後、小井戸さんは玄関の戸を開け、上がり框の上の壁を指した。額に入った1枚の紙が掛かっていた。

「感謝状 小井戸春江様 あなたは三十年にわたり、児童の登下校の見守りに尽くされました」

町内会と小学校の連名で、日付は5年前の3月だった。春江さんは小井戸さんの妻で、去年の秋に74歳で亡くなった。子どもたちが下校する時刻になると、毎日、門の脇の、雪だるまを作った場所に立っていたという。通る子にも大人にも、今、お帰りですか、と声を掛けていた。雨の日は傘を差し、雪の日は長靴を履いて、黄色い腕章を左腕に巻いていた。見守りの当番は5年前に終わったが、春江さんはその後も、体を悪くする前の夏まで、同じ時刻に門の脇へ出ていたという。

小井戸さんは、そこに雪だるまを作ったのは、雪を寄せるのに都合がよかったからだと話した。春江さんが立っていた場所だとは、頭を載せるまで考えていなかった。顔を道へ向けたのも、雪だるまはそうするものだと思っていたからだという。

「声の方は、うちのに似ていない。もっと低い。でも、言うことは同じです」

春江さんが亡くなってから、門の脇には誰も立っていない。下校の時刻に家の前を通る子どもたちの声は、居間にいても聞こえる。小井戸さんは、出ていって声を掛けたことはなかった。玄関の傘立てには、春江さんが使っていた黄色い小旗が、今も1本差してある。捨てる理由がなかったので、そのままにしていたと小井戸さんは言った。

雪の口がいつからあったのかは、小井戸さんも知らなかった。頭を載せるまで声は聞かなかったという。私は声がし始める前の裏面を見ておらず、口が初めてできた時刻までは確かめられなかった。

小井戸さんは雪だるまの前へ戻り、誰に声を掛けたいのかと尋ねた。白い口が開き、通る人なら誰でも、と答えた。小井戸さんは、明日は月曜で、3時過ぎには子どもが通ると言った。雪だるまは、それまで溶けなければいい、と言った。天気予報では、明日の昼まで氷点下が続くことになっていた。

小井戸さんが雪かきの道具を門へ運んでいると、買い物袋を持った女性が道を歩いてきた。近所に住む木名瀬千里さん(41歳)だった。木名瀬さんは雪だるまの前で歩調を緩め、小井戸さんへ、顔はこれからですか、と声を掛けた。

小井戸さんは門の脇から戻りかけた。白い面の下の方で、細い横のくぼみが開いた。

「今、お帰りですか」

木名瀬さんは袋を持ち直し、白い玉の上の方を見てから、声のする所へ目を下ろした。木名瀬さんは小学生の頃、この家の前を通って学校へ通っていた。春江さんの声で、毎日同じことを言われていたという。

「ただいま、帰りました」

木名瀬さんはそう答えてから、小井戸さんの方を見た。春江さんの声とは違うけれど、言い方が同じだったので、つい返事をしてしまったという。娘が明日、この道を通って帰ってくるので、そのときも声を掛けてやってほしいと、木名瀬さんは雪だるまに頼んだ。

小井戸さんは何も言わなかった。それから植え込みとの間へ回り、家の方を向いた頭から、黒い石を2つ外した。曲がった枝も抜き、手袋の上で雪を払った。

道の側へ戻ると、小井戸さんは白い口の上の、少し離れた所へ石を1つずつ押し込んだ。枝は口の下に横へ差した。口はもう雪でできていたので、枝は顎の線の代わりになった。木名瀬さんは、袋を持ったまま、石が2つとも収まるまで待っていた。小井戸さんは玄関へ入り、傘立てから黄色い小旗を抜いてきた。雪だるまの脇の、門柱に近い雪へ、柄を深く差し込んだ。黄色い布には、色の褪せたマジックで「みまもり」と書いてあった。旗の布が風で一度めくれ、元へ戻った。