地方の社会人の演劇グループは、集会所の小さな舞台を借りて稽古をすることが多い。客席に向いて台詞を言い、場面が終われば背を向けて袖へ下がる。背を向けた役者の顔は、客席からは見えない。見えるのは上着の背中と後頭部である。
社会人の演劇グループの団員、須貝康文さん(56歳)が舞台の奥へ歩いていくと、客席にいる私には、上着の背中と顔の正面が同時に見えた。振り返っているのかと思ったが、須貝さんは後ろ向きのまま、奥の長机に置いた台本を読み始めた。私の方へ向いた口が、その台詞を読んでいた。
2024年1月7日、北都県柳瀬市内の集会所で、そのグループの稽古を見せてもらった。須貝さんは10年ほど前から、このグループで芝居をしている。市内の印刷会社に勤め、芝居は仕事の後と休日の楽しみだった。団員は全部で8人で、毎週日曜の午後に集会所を借りている。相手役の小沼多江子さん(61歳)から、顔をこちらへ向けたまま退場するので稽古が止まってしまう、と連絡があった。
2人が準備していたのは、成人した娘が父親の家を出る短い芝居だった。父親役の須貝さんは、娘役の小沼さんを玄関まで送らず、部屋の奥へ引っ込む。小沼さんはその背中を見てから、一人で出ていく。1月末の発表会で上演する予定だという。台本は小沼さんが書いた。題は「玄関まで」。奥へ引っ込む父親の姿は、小沼さんが自分の父親を思い出して書いたという。
小沼さんが最初に気づいたのは、前年12月17日の稽古だった。須貝さんが背を向けて歩き出したのに、顔だけは小沼さんを見ていた。小沼さんは、娘が出ていくところを振り返って見送る芝居に変えたのだと思い、途中で止めた。その日の稽古は、須貝さんの方から、予定どおり行いたいと連絡があったという。
「最後まで気にしている顔だと、私も出にくいんです」
須貝さんは、振り向いていないと答えた。小沼さんの姿は見えず、奥の壁を見ていたという。別の団員も客席側から顔が見えると言ったため、2人だけの受け取り方の違いでは済まなくなった。
その後は稽古のたびに、須貝さんが小沼さんへ、いまも顔が見えるかと尋ねるようになった。12月17日より前の稽古では、背中を向けたときの顔について話したことがなかったという。
私が着いたとき、舞台には椅子が2脚と、奥に長机が置いてあった。前の幕は開き、両脇には黒い幕が下がっている。稽古が始まる前に、小沼さんに断って舞台全体を撮った。
須貝さんが客席へ向かって立つと、私には普通の正面の顔に見えた。灰色の上着の胸にはファスナーがあり、両手を前で組んでいる。頼んで右を向いてもらうと、体は横向きになったが、鼻の両側の頬と両目は見えたままだった。
私は舞台へ上がり、須貝さんの周りを歩いた。脇へ回っても鼻は顔の中央にあり、背中へ回っても後頭部にはならなかった。頭が私を追って回る動きもない。上着の縫い目や組んだ両手の見え方は、歩く位置に合わせて変わった。
小沼さんには須貝さんの胸側に立ってもらい、私は背中側に残った。私の側には両目と口が見え、小沼さんも自分の側に同じものが見えると言った。
須貝さんは、台本を読むところも見せてくれた。長机へ向かい、胸の前で紙を開く。私はその背後に立った。私には上着の背中の上に伏せた目が見えたが、須貝さんは反対側にある台本を読み、行を追って紙をめくっていた。
私は台本を持つ手の側へ回った。須貝さんは私が来たのに気づき、読むのを止めた。こちらへ顔が向いているからといって、こちらの様子を見ているとは限らなかった。須貝さん自身には、顔がどちらを向いているのか分からない。鏡の前で背を向けても、鏡には後頭部が映るという。
休憩中、須貝さんに顔の写真を撮ってよいか尋ねた。載せるのはやめてほしいと言われ、私はカメラをしまった。舞台と、後で本人のいない長机だけを撮らせてもらった。

休憩の終わり、須貝さんは長机の端に腰を掛け、12月のことを話してくれた。
須貝さんの長女の美咲さん(26歳)は、12月16日に家を出た。結婚が決まり、相手の住む県外の町へ移った。引っ越しの荷物は前の日に運び出してあり、その朝は小さな鞄一つで玄関へ向かったという。
須貝さんは、玄関まで見送りに出なかった。居間の椅子に座ったまま、台所の方を向いていた。美咲さんは靴を履きながら、居間の方へ「行ってくるね」と2度言った。須貝さんは2度とも、背中を向けたまま「ああ」と答えた。
「顔を見たら、行くなと言ってしまいそうだったので」
須貝さんの妻の和美さん(55歳)にも、後日電話で話を聞いた。夫は、娘の結婚が決まってから、娘の前で泣いたことはないという。玄関から戻ると、夫は台所の方を向いたまま、しばらく動かなかった。妻に見えたのは背中だけだった。美咲さんの部屋は、まだ片付けていない。
須貝さんは携帯電話を出し、その日の昼に美咲さんから届いたメッセージを見せてくれた。「お父さん、玄関まで来なかったね。行ってきます」。須貝さんは、まだ返事を送っていなかった。
メッセージには、玄関で撮った写真が1枚添えられていた。上がり框に、子どもの運動靴が1足残っている。美咲さんが小学生のころに履いていた物で、靴箱の奥から出てきたのだという。須貝さんは、その靴をまだ玄関に置いている。
顔のことに小沼さんが気づいたのは、その翌日の稽古である。台本の筋は、美咲さんの結婚が決まる前の秋に、小沼さんが書いたものだった。小沼さんは、須貝さんの家のことを知らなかった。
小沼さんは台本を書いたとき、父親が背中を向ける場面がいちばん大事だと考えていた。背中だけで、言えない言葉を見せるつもりだったという。それでも、背中を向ける場面をなくすことを考えていた。玄関まで娘を送る父親にすれば、顔が見えていても自然に見える。須貝さんは台本を閉じ、今回は別の人に頼んでほしいと言った。
「芝居の間だけなら、いいんですけどね」
稽古の後で仲間と食事をしたときも、同じことを言われたという。隣の席へ顔を向けて話しているのに、向かいの人から目が合うと言われる。休みの日にも続くので、須貝さんはしばらく人前に出るのを減らしたいと話した。家でも、妻に背を向けて台所に立つと、居間から顔が見えると言われている。
小沼さんは、役はほかの団員に相談してみると答えた。発表会までは、あと3回しか稽古がない。団員の中には、代わりに父親役をやると申し出た人もいるという。須貝さんは笑って、台本を長机へ置いた。小沼さんが、今までの稽古も無駄にはしないからと言うと、須貝さんはうなずいた。
須貝さんは上着のファスナーを上げ、小沼さんと私に背を向けた。舞台脇の出入口へ歩き始めると、顔から笑みが消えた。下唇を内側へ巻き込むようにかみ、片方の頬を引いていた。その顔が、歩いて離れる上着の背中の上にあった。
小沼さんが須貝さんの名を呼んだ。須貝さんは立ち止まり、体をこちらへ向けた。見えていた顔の位置は変わらず、胸のファスナーがこちらへ回ってきた。須貝さんは口元を緩め、何か忘れたかと尋ねた。
小沼さんは何も言わず、舞台に置いた椅子の背へ目を落とした。私も台本の載った机を見た。足音が出入口の方へ続き、扉が閉じてから、小沼さんは顔を上げた。小沼さんは長机の台本を手に取り、表紙の題の下に、鉛筆で何か書き足した。私には見せなかった。



