地方の古い家では、隣り合う部屋の間の戸を外して、ひと続きの部屋にすることがある。使わなくなった戸は壁際へ立て掛け、取っ手などの金具は外して取っておく。外した戸の裏側は壁で、そこには誰もいない。取っ手をつかむのは、戸の前に立った人だけである。
小谷部晴茂さん(63歳)は、壁に立て掛けた茶色い戸を動かすとき、取っ手には触らないでほしいと言った。裏から手が回ってきて、同じ取っ手をつかむことがあるという。戸のあった出入口は空いており、立て掛けた先は、窓も穴もない壁だった。
2024年1月14日、私は北都県南條市の小谷部さんの家を訪ねた。隣り合う居間と小部屋を一緒に使うため、4日前に間の開き戸を外していた。小部屋の机を動かすと、椅子を引く場所に開いた戸が重なる。閉めて使うこともほとんどなかったため、外すことにしたという。
戸を外したのは、近所で大工をしている岩垂征久さん(69歳)だった。古い戸は岩垂さんが後日引き取ることになっていた。両面に付いた金属の取っ手は傷みが少なく、予備の部品にするため、外して残す予定だった。その作業に来る日に合わせて、私も呼ばれていた。
最初に手を見たのは、戸を外した日の夕方だという。戸は小部屋の壁際に立て掛けてあった。小谷部さんが机を通そうと片側を引くと、壁との隙間から指が出てきた。戸の縁を回り、部屋側の取っ手を握った。戸が壁の方へ引かれたので、小谷部さんは手を離した。
その後も、取っ手に近づく手を何度か見た。指をほどいて裏へ戻ることもあり、いつも出ているとは限らなかった。小谷部さんは、戸を運ぶ話をいったん止め、岩垂さんにも見てもらうことにした。
私が着いたとき、戸の右の縁は壁に寄り、左側は少し手前へ出ていた。岩垂さんは倒れないよう上端を支えていた。部屋側を向いた面には、両端をねじで留めたコの字形の銀色の取っ手がある。私は小谷部さんに断り、戸と、元の出入口が入るように撮った。
撮り終えたとき、左の縁に指が掛かった。爪の付いた4本の指が表へ回り、取っ手の下へ入った。親指が反対側から重なった。手は取っ手を握り、戸の左側を壁へ寄せた。岩垂さんが上端を押さえ直すと、その位置で止まった。
小谷部さんは部屋の入口にいた。岩垂さんの両手は戸の上にある。私は戸の左から壁との隙間を見たが、奥が暗く、手首の先までは分からなかった。
岩垂さんは、立てたままでは危ないので、作業用の台へ寝かせようと言った。小谷部さんに戸の支えを代わってもらい、車から2脚の低い作業台を運び入れた。手が裏へ引っ込むのを待ち、岩垂さんと小谷部さんが上下の端を持って、戸を横に載せた。
壁に向いていた面が下になり、先ほど左だった縁が私たちの方を向いた。台は戸の元の上端と下端を支えている。台の間にある取っ手の真下は、床からのぞけた。岩垂さんは膝をつき、裏面を見ていた。
戸の手前の縁から、また手が上がってきた。指が上面の取っ手へ掛かる。私は床に膝をつき、戸の下をのぞいた。
手首から短く続く腕が、裏側の木の面へ入っていた。皮膚の周りに穴の縁はなく、すぐ横まで木目が続いている。戸は厚さが数センチしかなく、上面の同じ場所にも腕は出ていなかった。台の間には床が見え、人の体はなかった。
手の甲には細かな皺があり、指の関節は節が太く、少し外へ曲がっていた。小谷部さんは少し離れて見ていた。私は戸の下から離れ、カメラを床の鞄へしまった。
しばらくすると、指が取っ手から離れた。手は縁の下へ戻り、裏側に見えていた腕も木の面へ沈んだ。岩垂さんが下を確かめたが、腕が沈んだ場所には穴も金具もなかった。
「取っ手だけ、先に外しておきますか」
岩垂さんが尋ねると、小谷部さんはうなずいた。戸そのものは、その日は運び出さずに置いておくことにした。岩垂さんは両面の取っ手を外し、ねじと一緒にタオルの上へ並べた。私はその状態を撮影した。戸の面には、金具で隠れていた跡と小さなねじ穴が残っていた。

取っ手を並べながら、岩垂さんが言った。
「この取っ手、私が付け替えたんです。元は丸い握り玉でした」
岩垂さんは車から、仕事の控えを綴じた帳面を持ってきた。2018年4月の欄に、「小谷部様 小部屋開き戸 握り玉→コの字取っ手(お母様用)」とある。小部屋は、小谷部さんの母親のトシエさんが、晩年に寝起きしていた部屋だった。欄の下には、トシエさんの指の幅を測った数字が書き残されていた。「指4本 6センチ」。外した取っ手の内側の幅も、ちょうど6センチだった。岩垂さんが金物店で探した中で、一番細い型だったという。
トシエさんは両手の指にリウマチがあり、丸い握り玉を回せなくなっていた。指を引っ掛けて引けるように、と小谷部さんが岩垂さんに頼んだ。家は1975年に建てたもので、戸は岩垂さんの父親が付けた物だという。岩垂さんは、付け替えた日、トシエさんが新しい取っ手を何度も引いて試していたのを覚えていた。「これなら晴茂を呼べる」と言ったという。
小谷部さんは、母親の手のことをそのとき初めて話した。
「夜中に用があると、母は戸の取っ手をつかんで、かたかた鳴らしたんです。声が小さかったので。私は居間で寝ていて、その音で起きました。最後の年は、毎晩のように鳴りました」
トシエさんは2021年の冬、91歳で亡くなった。それから小部屋は物置のようになっていたが、昨年の暮れに、小谷部さんはそこを仕事の机を置く部屋にしようと決めた。3年前に会社を退職し、今は家で翻訳の仕事を請け負っている。戸を外したのは、その片付けの最後だった。夫婦で話し合って決めたことで、小谷部さんの妻は、この日は台所で話を聞いていた。
岩垂さんは、戸の縁から出ていた手の指の形を、トシエさんの手と比べることはしなかった。小谷部さんも、似ているとは言わなかった。ただ、節の太い指が取っ手の下へ入る掛け方は、握り玉を回せない手の掛け方だったと、岩垂さんは話した。
小谷部さんが、戸をもう少し台の中央へ寄せようとした。取っ手を外した跡に掌を当て、縁へ指を掛けた。下から出た手が、その指に重なった。
小谷部さんは手を引いた。重なった指が一緒に動き、小谷部さんの手が戸の縁へ引き戻された。小谷部さんが動きを止めると、手は握ったまま止まった。岩垂さんは道具を置いた。
しばらくして指が緩み、小谷部さんは自分の手を抜いた。手は木の面をなぞり、取っ手の両端を留めていた2つの跡の間で指を曲げた。小谷部さんはその前から下がり、岩垂さんに、取っ手を戻してほしいと言った。
岩垂さんが金具を置こうとすると、手が伸びてそれを握った。指がねじの穴に重なったため、岩垂さんは手が緩むのを待ち、金具をタオルへ戻した。小谷部さんは椅子を戸のそばへ寄せ、座った。
「こっちで握っていてもらいます」
小谷部さんは手のそばへ自分の右手を出した。指を握られると、ゆっくりと取っ手の跡から離した。左手で相手の手の甲を支え、岩垂さんにうなずいた。
岩垂さんは取っ手を置き、ねじを回し始めた。最後のねじを締め終えるまで、小谷部さんは握られた右手を抜こうとはしなかった。
その日のうちに、岩垂さんと小谷部さんは戸を元の出入口へ吊り直した。蝶番のねじを締め終えると、小谷部さんは戸を半分ほど開け、取っ手を握ったまま、小部屋の中をしばらく見ていた。机は、戸が開く分だけ、壁の方へ寄せた。



