南條市の事務所の駐輪場の白線に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。屋根の下のコンクリート床に、白いテープ2本で区切られた空の駐輪枠がある。右の線の内側には細長い灰色の跡があり、枠の外の右脇に掃除道具の収納箱が置かれている。

地方の小さな事務所では、敷地の隅の屋根の下を駐輪場にして、床に白いテープを貼って置き場所を分けることが多い。辞めた人の枠は空き、備品の置き場や次の人の枠に回される。テープは剥がして貼り直せる。線を動かしても、出ていった自転車には関係がない。

最後の出勤を終えた人の駐輪枠を狭くすると、枠から出した自転車の幅も狭くなった。北都県南條市内の事務所で備品を管理する塩入卓信さん(58歳)から、白線を元の位置へ戻す前に見てほしいと連絡があった。

2024年1月12日の午後、私が着くと、門の内側に青い自転車が止めてあった。持ち主の堀添千穂さん(27歳)が、その横に立っていた。この日がこの事務所での最後の出勤だった。翌週から別の会社で働くため、机の荷物を持ち帰るところだったという。

横から見ると普通の自転車だった。正面へ回ると、前かごが奥行きを残したまま左右に細くなっていた。ハンドルの握りも中央へ寄り、前輪のタイヤまで薄い。かごの針金にもハンドルの金属にも、押しつぶされた折れや曲がりは見えなかった。

堀添さんは昼に、机の荷物をいつもの手提げ袋へまとめた。朝はその袋に弁当を入れ、前かごへ載せて来ていた。挨拶をして自転車を出し、門のそばで袋をかごへ入れようとしたが、隣の建物で働く知人に呼ばれ、袋を地面へ置いて立ち話をしていた。その間に、塩入さんが駐輪場の白いテープを貼り直した。

駐輪場は事務所脇の屋根の下にあり、コンクリートの床へ白いテープを貼って1台ずつの置き場所を分けていた。堀添さんは3年間、端の枠を使っていた。車輪を挟む金具はなく、枠の中でスタンドを立てるだけだった。

私はメジャーを借り、ほかの枠の幅を測った。どれも同じ幅だった。塩入さんによると、端の枠だけは手のひら1枚分ほど広かったという。今は寄せた線のせいで、その枠だけがどの枠より狭い。前かごの横幅を測ると、隣の枠に止めてある同じ型の自転車の、ちょうど半分に近かった。

堀添さんが使っていた枠の脇には、掃除道具の収納箱が置かれていた。塩入さんはその箱を買い替える予定で、少し広い場所が必要になった。堀添さんから、もうここへ自転車を置かないと聞いていたので、空いた枠の右の線を左へ寄せた。左の線と右の線の間が、以前の半分ほどになった。

線を貼り終える頃、門の方で堀添さんが声を上げた。塩入さんが行くと、堀添さんは袋を抱え、かごの前で立ち尽くしていた。朝は収まっていた袋の底が、かごの横幅より広くなっていた。

「自転車の方が、まだ細くなっていたんです」

堀添さんは、ハンドルの左右の端が近づき、前かごの口も一緒に狭まるところを見たという。袋はまだ入れておらず、自転車には触れていなかった。塩入さんが見たときには、もう変化は止まっていた。

塩入さんは、自分が線を寄せたことを話した。堀添さんは駐輪場へ歩き、空いた枠を見た。自転車は門のそばに出してある。白線の間には、車輪もスタンドも残っていなかった。

2人は自転車に乗るのも、線を動かすのもやめ、私へ連絡してきた。私は門と駐輪場を歩いて行き来した。自転車と枠の間は数メートル離れ、その間には何もつながっていなかった。

堀添さんは自転車の後ろへ回り、荷台を指した。荷台も横幅だけが狭い。前後の車輪の間隔や、地面からサドルまでの高さは、本人が見慣れたままだという。前輪のタイヤを挟む2本の金属の棒は、細いタイヤのすぐ脇に並んでいた。

塩入さんは堀添さんに、白線を戻してよいかと尋ねた。堀添さんは、この形では乗れないので戻してほしいと答えた。自転車は門のそばでスタンドを立てたままにし、誰も手を掛けなかった。

私は自転車の斜め前に立った。塩入さんは貼り直した右のテープを剥がし、床に残っていた古い接着跡へ合わせ始めた。テープの端を押さえると、ハンドルの左右の握りが離れた。かごの口が横へ広がり、下のタイヤにも厚みが戻った。タイヤを挟む2本の棒が離れ、車輪の中心を貫く軸も左右に延びた。前輪は向きを変えず、同じ所に立っていた。

塩入さんが古い接着跡に沿ってテープを貼り終えると、変化は止まった。堀添さんは自分の袋を持ち上げ、かごへ下ろした。袋の底が収まり、両端にも隙間があった。朝と同じだと言ったが、そのまま乗って帰ろうとはしなかった。

私は堀添さんの了承を得て、幅が戻った自転車を門の内側で撮影した。続いて、塩入さんに案内してもらい、空いた駐輪枠を撮った。右の線の内側には、さっきまでテープがあった細長い跡も見えた。

霧島秀一撮影。コンクリートの地面にスタンドを立てた青い日常用自転車。正面斜めから、普通の幅のハンドルと銀色の前かごが見え、かごには無地の袋が入っている。
霧島秀一撮影。2024年1月12日、同じ事務所の門の内側。白線を戻した後の堀添さんの自転車。前かごには、持ち帰る荷物の袋を入れてある。

古い接着跡を見ていた塩入さんが、事務所から備品の台帳を持ってきた。備品を買った日や消耗品を使った日を書き留めておく帳面で、2021年4月の欄に「駐輪場 白線引き直し テープ2巻 堀添」とあった。

堀添さんが入った年の4月である。最初に任された仕事が、駐輪場の白線を貼り直すことだったという。メジャーで1台分ずつ測り、端の枠は自分の自転車に合わせて少し広めに取った。その枠を、3年間自分で使ってきた。台帳のその行の下には、同じ月に買った掃除道具の収納箱の記録もあった。今の箱は、白線と同じ日に置かれたものだった。

「線が曲がっていると言われて、2回貼り直したんです」

堀添さんは、そう言って笑った。塩入さんは、そのとき隣でメジャーの端を押さえていたのが自分だったと話した。

塩入さんは、もう一つのことも話した。堀添さんは契約社員で、契約は3月末で切れる予定だった。堀添さんは更新を望んでいたが、事務所は来年度から人を1人減らすことに決め、更新を見送った。それを知った堀添さんが自分で次の勤め先を探し、1月から来てほしいと言われて、早めに辞めることになったのだという。

「もう置かないと言ったのは本当です。でも、自分から辞めたわけじゃないので」

塩入さんは、その決定を伝える席に自分も同席していたと話した。備品の担当として、駐輪場の枠を1つ空けておくよう言われたのも、その日だった。

「線を寄せたのは、片付けのつもりでした」

塩入さんは、収納箱の買い替えをいったんやめると話した。白線を動かさなければ、今の形で使い続けられるかは分からない。堀添さんは自転車を事務所へ預け、歩いて帰った。

1月19日、堀添さんが自転車を引き取りに来る日に、私も事務所へ行った。この1週間は新しい勤務先へ歩いて通っていたという。自転車は門の内側に置かれ、空いた枠の線も、12日に戻した位置のままだった。

塩入さんは、当面この枠へほかの自転車を入れず、線にも触れないと伝えた。堀添さんは礼を言い、後輪の錠を開けてから、かごへ荷物を入れた。今回は乗らず、自宅まで押して帰るという。新しい収納箱は、事務所の裏口の脇へ置くことにしたと塩入さんは話した。そちらは少し狭いが、扉の開け閉めには困らないという。

塩入さんが、退職後まで来てもらって悪かった、と話すと、堀添さんは自転車から手を離した。駐輪場まで戻り、白い線の間を指した。

「停めには来ません。でも、ここはまだ使わせてください」

堀添さんは、収納箱を動かしたくなったら先に連絡してほしいと頼んだ。新しい勤務先でも昼休みなら連絡を確認できるので、返事をするまで待っていてほしいという。塩入さんは、自分が休みの日の担当者にも伝えると答えた。

私が帰り際に枠を見ると、テープは古い接着跡からわずかもずれていなかった。

堀添さんはしゃがみ、右の線の端が少し浮いているのを、親指で押さえ直した。それから門へ戻り、自転車を押して敷地を出た。

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