田のかかしが「利いている」かどうかは、鳥が来ないことで判断される。来なくなったのか、来ても見えていないのかを、わざわざ確かめる人は少ない。
北都県柳瀬市の郊外で米を作る折笠利昭さん(76歳)は、8月の終わりにかかしを立て直してから、稲の上を飛ぶ雀を見なくなったという。道路沿いと、その奥にある2枚の田で、家で食べる分と知人へ分ける分を作っている。私が以前、地域の直売会について取材したときに話を聞いた人だった。
2024年9月1日の日曜日の朝、折笠さんから電話があった。奥の田の稲の上に雀がいて、人が近づいても逃げない。何かに絡まったのかと思ったが、その田には鳥よけの網も糸も張っていない。鳥の下まで行っても、足を載せている物が見つからないという。
私が着いたのは、電話から30分ほど後だった。道路側の田は刈り終わり、短い切り株が並んでいた。奥の田には、まだ穂の垂れた稲が残っている。折笠さんはその朝、2枚の間の畦にあるかかしを道路側へ移すつもりだった。奥の田へ刈り取りの機械を入れるので、畦を空けたかったのだという。奥の田は10アールほどで、刈り取りには半日かかる。
かかしは十字に組んだ棒に青い長袖の作業着を着せ、頭に白い布の袋を被せた物だった。顔は黒い丸2つと横線の口だけで、帽子はない。胴の棒を、畦に打った太い杭へ縄で結んでいた。8月の終わりに縄が緩み、折笠さんが結び直している。
雀は4羽とも、かかしの顔の向いている側にいた。いちばん近い1羽は稲の穂より少し上で、翼を左右へ開いていた。隣の1羽は翼を上へ折った形で、尾を下へ向けている。
雀は、ヒバリのように一つの所で羽ばたきながら空中にとどまる鳥ではない。止まるには、枝や稲や電線のような足場が要る。私は畦にしゃがみ、鳥と穂の間を横から見た。どの鳥も足が稲に届いていない。風が吹くと稲が揺れ、鳥の下を穂先が行き来した。鳥の腹の細かな羽毛も動いたが、体の位置と翼の角度は変わらなかった。
まず、鳥の形をした鳥よけの飾りではないかと考えた。しかし、飾りなら吊るす糸か棒がある。私は畦を少し歩き、角度を変えて見た。鳥の下には稲と土があり、上には何もない。鳥どうしの間にも、かかしとの間にも線は見えない。黒い目は濡れて光り、1羽はまぶたを一度閉じた。弱って動けない鳥なら、稲の上へ落ちているはずだ。
折笠さんが呼び掛けても、4羽はそのままだった。私は折笠さんに断り、横から4羽を撮った。写真には、稲の穂から離れた足先と、開いた翼が写った。ただ、写真1枚では飛んでいる途中と区別できない。カメラを下ろした後も、目の前の翼は同じ角度だった。

折笠さんは、かかしを移すのをやめようかと言った。鳥がいるので、機械を入れる日も延ばした方がよいかもしれないという。私は、鳥のそばで作業をしない方がよいと答えた。かかしが関係しているとは、そのときは考えていなかった。
折笠さんは、途中まで緩めていた縄を締め直そうとした。片手で胴の棒を支えたところ、頭の側が田へ倒れかけた。折笠さんは両手で棒を抱え、頭をゆっくり下げた。白い袋の顔が地面を向いた。
4羽がほぼ一緒に下がった。翼を左右へ広げていた雀が羽ばたき、稲の穂へぶつかる前に横へ曲がった。別の1羽はいったん稲の間に消え、すぐに飛び上がった。ほかの2羽も翼を動かし、4羽は畦を越えて、道路の向こうの木へ飛んでいった。木の枝に移った4羽は、ほかの雀と同じように枝から枝へ動いていた。
折笠さんはかかしを抱えたまま止まった。稲の上には何も残っていなかった。鳥が離れた後に垂れたり切れたりする糸もなく、折笠さんも鳥には触れていない。2人で顔を上へ戻して確かめることはしなかった。折笠さんは棒を畦に横たえ、白い袋を下向きに置いた。
鳥が止まった瞬間を、私は見ていない。いつから4羽がいたのか、かかしからどこまで離れれば動けたのかも分からない。
そこへ、隣の田を作っている辺見克彦さん(68歳)が軽トラックで通り掛かった。事情を話すと、辺見さんは、8月の終わりから折笠さんの田の上に雀がいるのを何度も見ていたと言った。
「動かないから、鳥の形の飾りを吊るしたんだと思ってました。よくできてるなと思って、聞かなかったんです」
辺見さんは軽トラックを降り、畦に伏せたかかしを見てから、自分の田の方を振り返った。
辺見さんが見た雀は、日によって数が違い、多い日は7、8羽いたという。どれも、かかしの前の側だった。辺見さん自身の田の上に、そういう雀はいなかった。折笠さんが縄を結び直したのは8月28日で、そのとき、かかしの顔をそれまでの道路側から奥の田の側へ向け直している。辺見さんが初めて気付いたのは、その2日後だった。
折笠さんは、白い袋の顔も、そのとき描き直したと話した。雨で黒い丸がほとんど消えていたので、油性のペンでなぞった。顔は、2015年に亡くなった妻の美津子さんが、初めてこのかかしを作った年に描いた物だという。作ったのは1990年で、青い作業着は美津子さんの父親が着ていた物だった。折笠さんは、薄くなった線の上を、そのとおりになぞっただけだった。
折笠さんは家へ戻り、古い写真を1枚持ってきた。1998年の秋、美津子さんがこのかかしの横に立っている。白い袋の顔は、黒い丸2つと横線の口で、今の顔と同じ形だった。かかしの前の稲の少し上に、小さな黒い点がいくつか写っている。折笠さんは、ずっと写真の傷だと思っていたという。私は写真を借りて拡大鏡で見た。点の一つには、開いた翼のような形があった。ただ、古い写真の粒の粗さもあり、鳥だと言い切ることはできない。
美津子さんは毎年、刈り取りの朝には、機械を入れる前に必ずかかしを倒すよう折笠さんに言っていた。折笠さんは、刈る邪魔になるからだろうと考え、理由を聞いたことはなかった。美津子さんが亡くなってからは、倒さずに機械を回り込ませて刈っていたという。
「前の顔のときは、鳥はかかしの頭にまで止まっていました。なぞってから、利くようになったと思ったんです」
普段なら、人が近づくだけで何羽も飛び立つ。その動きがないので、鳥が田へ入らなくなったのだと思っていたという。
「あの間は、米を食べていませんでしたね」
折笠さんは空になった稲の上を見て、そう言った。私は、4羽が食べるところは見ていないが、逃げることもできないように見えた、と答えた。
折笠さんはかかしの棒を持ち上げた。頭を下へ向けたまま、刈り終わった道路側の田へ運んでいく。私は片付けるのだと思い、軽トラックはどこにあるか尋ねた。折笠さんは車には積まないと言った。
「こっちに立てておけば、刈る邪魔にはならないから」
道路側の田の端で、折笠さんは棒の先を土へ押し込んだ。奥の田を見て、まだ数日は刈れないと言った。その間に実った分を食べられたくないのだという。このとき、顔はまだ道路へ向いていた。
私は、さっきのように鳥が止まってしまうかもしれない、と言った。折笠さんは棒を握り直した。
「刈る日には倒します。さっき、倒したら飛べましたから」
折笠さんは胴の棒を回した。道路へ向いていた黒い丸が見えなくなり、白い袋の縫い目がこちらへ来た。青い両袖の向こうに、刈っていない稲があった。折笠さんは棒の根元を踏み固めた。それから、顔の向きを確かめるため、まだ穂の残る田の側へ回った。



