南條市の墓地の入口の花売場に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。花売場のバケツの上で、1本の白い菊と黄色い小菊を束ねた短い花束が持ち上げられている。茎を束ねる輪ゴムに青い毛糸が結ばれている。

地方の墓地の入口には、小さな花売場がよくある。墓参りの人はそこで菊や小菊の束を買い、墓の花立てに合わせて茎を切って供える。供えた花は1週間ほどで枯れ、次に来た家族か墓地の管理の人が片付ける。売場へ花が戻ってくることはない。

墓に供えた花と同じ束が、墓地の入口の花売場に並んでいた。北都県南條市内の墓地へ通う梶間郁夫さん(61歳)と、売場を営む板倉寿江さん(70歳)から、その花を売りに来る男性に会ってほしいと連絡があった。

梶間さんは墓へ供える花を買うとき、値札を取ってから包んでほしいと頼んでいた。白い菊と黄色の小菊を買い、両親の墓へ供える。誰かへの贈り物に値段を付けたままにはしたくない、と話した。

2024年8月31日、梶間さんは売場で、いつもより茎の短い花束を見つけた。黄色の小菊の間に白い菊が1本あり、束ねた輪ゴムには青い毛糸が結んであった。前の週に両親の墓へ供えた花も、同じようにしてあったという。毛糸は、自分の花を見分けるために梶間さんが付けている印だった。

板倉さんは、その束を仕入れ先から買ってはいなかった。8月24日から、土曜の朝に男性が花を売りに来ていた。自分で育てた花なのかと尋ねると、「頂いたものが、たくさんあるので」と答えたという。傷みが少なく、板倉さんは短い花を小さな花瓶用として、安く買い取っていた。

板倉さんはまず、墓から花を抜いてくる人がいるのかと考えた。墓地の管理者に、供えた花がなくなったという連絡が来ていないか尋ねたが、似た相談はなかった。梶間さんが31日に両親の墓へ行くと、24日に供えた花は花立てに残ったまま、茶色く枯れていた。

供えた花が花立てにあるのに、同じ花が売場に並んでいる。梶間さんは、青い毛糸を誰かがまねしたのかとも考えた。ただ、毛糸は梶間さんが家の編み物の残りを切って使うもので、少し太く、結び目の作り方も自分だけの癖があった。売場の束の結び目も、その癖のとおりだった。

板倉さんは残っていた2束を売場から下げ、男性が次に来たら花の出所を聞き直すことにした。私は9月7日の朝、売場で2人と待ち合わせた。2束は別のバケツに入り、黄色い花の縁が少し茶色くなっていた。私は板倉さんに断り、青い毛糸と短い茎が分かるよう、束を持ち上げてもらって撮った。

男性は8時過ぎに来た。灰色の半袖シャツに紺色の帽子をかぶり、新聞紙に包んだ花を抱えていた。板倉さんは花を受け取る前に、どこで頂いたものなのか聞いた。

「ここです。皆さん、持ってきてくださいます」

男性は墓地の方へ顔を向けた。板倉さんが、墓から抜いてきたのではないかと尋ねると、「私に下さったものです」と答えた。名前を聞いても名乗らなかった。私が名乗って話を聞きたいと伝えると、ついてきても構わないという返事だった。

板倉さんは売場を閉め、私と梶間さんも男性について歩いた。墓地には低い石の囲いを持つ区画が並んでいる。男性は奥の列へ入り、1基の墓石の前で止まった。梶間さんが、両親の墓だと言った。

石柱の正面には家名が彫られ、左右に金属の花立てがあった。どちらにも枯れた茎が残っていた。梶間さんは男性の顔を見ていたが、知っている人ではないと私に小声で言った。

男性は新聞紙の包みを足元へ置いた。右手を石柱の、文字のない横の面へ伸ばした。指先が灰色の表面に触れ、そのまま中へ入った。穴は開かなかった。石の粒模様が手の甲を横切り、手首まで見えなくなった。

私は石柱の斜め前、腕が入る所を横から見られる位置にいた。指は石の向こう側へ回り込んではいない。平らな面へ垂直に入っており、手首の周りにも裂け目やふたの縁はなかった。梶間さんが声を出したが、男性は腕を止めなかった。

肘を引くと、白い菊の花びらが石から出てきた。続いて黄色い花と緑の葉が現れ、最後に、茎を握った右手が戻った。花も葉も、石を通る間に折れたりつぶれたりしなかった。男性の手に収まったのは、短く切られた花束だった。束ねた輪ゴムに、青い毛糸が付いていた。

「まだ使えるでしょう」

男性は、枯れてからでは買ってもらえないので、早めに持っていくことにしたと話した。梶間さんが両親の名前を告げても、そのどちらかだとは言わなかった。墓の使用者の家族だという説明もなかった。

板倉さんは、その場では花を買わないと言った。男性は新聞紙を抱え直し、茎が長ければもう少しになるかと尋ねた。次は切らないように頼む、と言った。梶間さんが誰に頼むのかと聞くと、「持ってきてくださる方にです」と答え、墓地の入口へ歩いていった。私たちは追い掛けなかった。梶間さんの了承を得て、私は墓石の横の面と花立てを撮影した。

霧島秀一撮影。灰色の四角い墓石の平らな側面と、その手前の金属の花立て。側面に穴や割れ目は見えず、花立てには枯れた茎が残っている。
霧島秀一撮影。2024年9月7日、南條市内の墓地。男性が花を引き出した後の墓石の側面。撮影時には穴や割れ目が見えず、花立てには枯れた茎が残っていた。

売場へ戻ると、梶間さんは鞄から古い手帳を出した。15年前に亡くなった父親、梶間正一さんの手帳で、墓参りの日にはいつも鞄の内ポケットに入れて持ってきている。男性が手を入れた横の面を見ていて、手帳に書かれていたことを思い出したという。

梶間さんが開いたのは、手帳の後ろの頁だった。正一さんの字で、墓参りの決まりごとが数行書いてあった。

「花は余れば入口の売場へ。捨てるより、誰かの瓶に挿してもらう。値はいらない」

正一さんは葬式や法事で花が余ると、自転車に積んで墓地の売場まで運んでいたという。梶間さんは30代の頃、荷台の花が落ちないよう、その後ろを押して歩いた覚えがあった。板倉さんは手帳を読み、少し黙ってから、売場を始めたばかりの頃のことを話した。

紺色の帽子をかぶった男性が、ときどき束になった花を持ってきていた。代金は受け取らず、小さな花瓶用に使ってくれと言って帰った。板倉さんはそれを安く売り、売れた分は墓地の掃除の道具代に回していた。その人の名前は聞かなかったという。15年ほど前から姿を見なくなり、板倉さんも忘れかけていた。

「値札を取ってくれと言われるたびに、どこかで聞いた頼み方だと思っていました」

梶間さんが値札を外してほしいと頼むのは、正一さんの口癖をまねたものだった。仏さんに値段を見せるな、と言っていたという。今朝の男性が正一さんだったのかは、梶間さんにも分からない。顔は似ていないが、帽子の色は同じだった。正一さんは晩年、紺色の帽子を手放さなかったという。

板倉さんは、24日と31日に買い取った代金を、帳面から書き出した。2回で合わせて600円だった。男性に払った分を、どう扱えばよいか分からないという。梶間さんは、その分で売場に置く貸し出し用の柄杓を1本買ってほしいと頼んだ。

板倉さんは、梶間さんに今日は新しい花を買っていくか尋ねた。梶間さんは白い菊を選び、黄色い小菊を添えてもらった。いつもの長さに切ろうと板倉さんがはさみを取ると、梶間さんは長いままでよいと言った。

板倉さんははさみを置き、包装紙を広げた。白い菊の茎から値札を外しかけたところで、梶間さんが、札も付けたままにしてほしいと頼んだ。

「いくらで買ったものか、あの人にも分かるように」

板倉さんは、男性が持ってきても、もう買い取らないつもりだと伝えた。梶間さんはうなずいた。それでも、安く買ってきた花だと思われるのは嫌だという。輪ゴムには、今日も青い毛糸を結んだ。

板倉さんは指先で折れた札を伸ばし、表の金額が見えるように向きを直した。梶間さんは長い花束を受け取り、札が包装紙の内側へ入らないよう、紙の縁を少し折り下げた。

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