三ツ森八幡の松の出席印に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。神社の木の縁に、無地の裏を上にしたカードと、松の木の印面を手前へ向けた古い丸いはんこ、乾いた朱肉の箱が置かれている。

地方の夏休みのラジオ体操には、雨で中止になった朝の出席カードに、誰も押していない印が残ることがある。

北都県三ツ森町の上地区では、毎年夏休みに、三ツ森八幡の境内でラジオ体操をする。2022年は7月21日から8月10日まで、朝6時30分から体操を行った。終わると、子どもたちは名前を書いた出席カードを持って社務所の前へ並ぶ。役員の小野秀久さんが来た子の顔を確かめ、その日の日付の欄へひまわりのゴム印を押して返す。全部の欄に印がそろうと、最終日に皆勤賞の鉛筆がもらえる。

雨で体操が中止になった日には、印を押さない。中止した日は皆勤の判定から外すので、その欄が空いていても鉛筆はもらえる。中止の朝には、小野さんがスマートフォンで保護者へ連絡を送り、その日を判定から除くと伝えている。

7月26日の火曜日と27日の水曜日は、どちらも雨で中止だった。28日の朝、小野さんが小学2年生の水野拓也君のカードを受け取ると、その2日分の欄に、赤い松の木の印が付いていた。開催した日の欄は、ほかの子と同じひまわりだった。ほかの子のカードでは、中止した2日分は空いていた。

拓也君の母の水野加津子さんによると、拓也君は雨の2日間、どちらの朝も家で寝ていた。カードはランドセルの横のフックに掛けていたという。誰に押してもらったのかと聞いても、本人は知らないと答えた。カードを誰かに貸したこともない。

2日間とも、家には加津子さんと拓也君、夫しかいなかった。訪ねてきた人はなく、夜は玄関に鍵を掛けていた。27日の夜、加津子さんは翌朝の準備のためにカードの欄を見ている。そのときに松があったかどうかは、はっきり覚えていないという。

皆勤賞をもらうために、印を足す必要はなかった。加津子さんが小野さんに調べてほしいと頼んだのは、家に置いていたカードへ、いつ誰が印を押したのかということだった。

小野さんは、松の図柄に見覚えがあった。社務所の机を調べると、引き出しの箱に、2008年まで使っていた木の柄のゴム印と、丸い缶の朱肉が残っていた。引き出しに鍵はなく、体操の役員や神社の関係者なら、誰でも印を取り出せる。

私は8月1日の月曜日、体操の後に拓也君のカードと箱の中身を見せてもらった。松の大きさや枝の形は、カードの印とよく似ていた。拓也君のカードの松は2つとも同じ濃さで、枠からはみ出さず、まっすぐに押してある。小学2年生が自分で押したにしては、向きがそろいすぎていると小野さんは言った。小野さんが古い印に朱肉を付けて白い紙に押すと、赤い色が一部に薄く付いただけだった。朱肉は乾いて、表面にひびが入っていた。

下の写真は、そのときの印と朱肉である。丸い印面には、左右へ枝を広げた松の図柄がある。

霧島秀一撮影。社務所の机に横倒しに置いた木柄のゴム印。丸い印面に松の図柄があり、隣の丸缶には乾いてひび割れた赤い朱肉が入っている。
霧島秀一撮影。2022年8月1日、三ツ森八幡の社務所。松の図柄があるゴム印と、表面が乾いてひび割れた朱肉。

この朱肉では、拓也君のカードのようなはっきりした印にはならない。誰かが家から別の朱肉を持ち込んだのか、同じ図柄の別の印を使ったのか。小野さんは確かめるため、配らずに余っていた今年のカードを出した。拓也君のカードに試し押しをせず、同じ紙で写り方を比べるためだった。

体操を開催した25日の欄へ押すと、白い紙と同じようにかすれた。続けて、中止した26日の欄に押すと、枝と幹の分かる赤い松が写った。それから開催日の28日へ押すと薄く、中止した27日へ押すとはっきり写った。途中で朱肉を付け直していないことは、私もそばで見ていた。

小野さんはもう1枚のカードで、今度は中止した27日の欄から試した。やはり赤い松が出た。次に押した開催日の24日は薄かった。押す順番を変えても、開催した日の欄はかすれ、中止した日の欄にははっきり写った。

紙の厚さや印刷の違いも疑ったが、2枚とも同じ束から出した今年のカードで、日付の欄はどれも同じ大きさの白い枠である。押した小野さんの力の入れ方が変わったとも考えたが、私の目には、どの欄も同じように押していた。

ただ、試し押しで分かったのは写り方の違いまでで、拓也君のカードに誰が印を付けたかは分からない。小野さんは、松の印を使っていたころの事情を知りたいと考え、2008年まで体操の当番をしていた堀田フミさん(83歳)に連絡を取ってくれた。

堀田さんは境内の近くに住んでいる。私は小野さんと一緒に自宅を訪ねた。小野さんが持参した松の印と朱肉の缶を見せると、堀田さんは懐かしそうに缶のふたを開けた。

「この松はね、雨の日の分を押すための印だったんですよ」

堀田さんによると、当時は最終日のカードに開催期間の印が全てそろっているかで、皆勤を確かめていた。雨で中止した日に空欄があると、自分だけ印をもらい損ねたと心配する子がいた。そこで、次に体操をした朝には、その日のひまわりと一緒に、雨で中止した日付の欄へ松を押した。全員が休む日は誰も欠席にしない、という扱いを、子どもの持つカードにも印で示していたという。

「雨の朝に子どもを呼んだことはありません。次に来た朝に、カードの最後の印を見て、その後に中止の日があれば松で埋める。何日分かたまっていることもありました」

小野さんが社務所から持ってきた当番用ノートにも、2008年の欄に「雨で中止の日も、次に集まった日に押す」と書いてあった。翌年からは開催した日だけを数える決まりに変わり、松の印は引き出しにしまわれた。

古い決まりに従えば、拓也君のカードにある2つの松は、必要な印だった。ただ、今はその決まりがない。小野さんが保護者へ送った中止の連絡にも、2日を判定から除くと書いてある。今の当番が後から松を押す理由はなく、カードは28日の朝まで拓也君の家にあった。

私は堀田さんに、試し押しの結果も伝えた。乾いた朱肉で、中止した日の欄にだけはっきり写ったことである。堀田さんは、朱肉が乾いてそうなった覚えはないと言った。それから少し考えて、こう付け加えた。

「あのころは、雨の日の分を押すとき、朱肉を付け直さなかったんです。どうせ雨の日だからと、前の子の残りで押していました。それでも、ちゃんと写っていましたね」

松の印をやめた理由も聞いた。堀田さんは、雨の日の欄に印があると、その朝も子どもが境内へ来たと思い込む親がいたからだと話した。カードを見た親から、雨の中を一人で行かせたのかと聞かれたこともあったという。

堀田さんの話が本当なら、松は以前から、朱肉が少なくても中止した日の欄には写っていたことになる。それが印や紙の性質なのか、別の理由があるのかは確かめられなかった。古い決まりを覚えている誰かが、親切のつもりで押した可能性も残る。ただ、その人が拓也君の家のカードにどうやって触れたのかは分からない。

加津子さんは、カードを新しくできるかと小野さんに尋ねた。小野さんは白紙のカードを1枚出した。出席した日のひまわりを押し直せば、皆勤賞をもらうときに困ることはない。ただ、中止した26日と27日の欄は空白になる。

拓也君は加津子さんの隣で話を聞いていた。新しいカードと元のカードを見せられると、元の方でよいと答えた。小野さんは、開催した日のひまわりだけを数えるので、そのまま使って構わないと伝えた。

拓也君は松を指して、「休みの日も、押してくれたんだ」と言った。加津子さんは誰が押したのかを聞き直さず、元のカードを拓也君に返した。小野さんは交換用に出したカードを引き出しへ戻し、松の印を箱に入れた。朱肉の缶は、ふたを閉めずに箱の横へ置いた。

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