地方の商店街の金物店は、通りへ開く入口を、夜は鋼板のシャッターで閉める。床際の横棒に錠を掛ければ、外からは持ち上げられない。シャッターの板は硬く、押せば金属の音がして押し返される。店を閉めるとは、たいていこの板を下ろして鍵を掛けることである。
北都県南條市の金物店で、鍵を掛けたままのシャッターを、店主の守屋邦臣さん(71歳)が脇へ寄せた。地面に接する横棒は上がらず、その上の灰色の鋼板だけが、カーテンのようにたわんでいた。
2023年10月15日の夕方、私はこの店の入口にいた。通りへ開く幅約3メートルのシャッターで、内側にガラス戸はない。開店すると全部を巻き上げ、ほうきやバケツを歩道に近い棚へ出す。守屋さんは20年以上、この入口で店を開け閉めしてきた。シャッターは、守屋さんが父親から店を継いだ2001年に付けた物である。それまでは木の雨戸で、夜ごとに1枚ずつ立てていた。
ねじや掛け金を買いに来る客は、外した部品や携帯電話の写真を守屋さんへ見せる。店では合鍵も作っており、物置の戸へ南京錠を付けたいという相談も多い。掛け金の穴に錠の金属の輪が通るか、長さは足りるか。守屋さんは品物を出して比べ、取り付け方を説明する。以前、この店を訪ねたときも、そのような接客の途中だった。
異変に気付いたのは13日の夕方だという。閉店後、店先へ出したままの空の段ボールを片付けようと、守屋さんはシャッターを開け直そうとした。持ち手を引くと、その周りに細かなひだが寄った。錠を開け忘れたことに気付き、手を離したが、鋼板はひだの付いたまま垂れていた。
守屋さんは錠が引っ掛かって板をゆがめたのかと思い、修理を頼んだ。翌日来た業者には、錠の交換だけでは直らないと言われた。業者は板の厚さを測ったが、新品のときと変わらないと話したという。私へ電話をくれたとき、守屋さんは「鍵は掛かっているんですが、閉めておけないんです」と話した。
シャッターの面は、横に長い細幅の鋼板を上下につないでできている。普段、巻き上げる際に曲がるのは、そのつなぎ目だった。ところが、入口の右側には、何枚もの板を縦にまたぐひだがあった。横向きの溝まで、ひだに沿って丸く折れ曲がっている。
守屋さんは右脇のひだを両手でつまみ、店の中へ引いた。板の端が縦のレールから抜け、顔の高さから膝の辺りまで、入口の脇に隙間ができた。床際の横棒は両端を固定されたまま、まっすぐだった。守屋さんは隙間から手を外へ出し、私に見せた。
私は裏口から店へ入り、許可を得て板へ触れた。塗られた面は冷たく、横溝には指の腹が掛かる。その板をつまむと、指の間へ布のように集まった。つなぎ目のところで曲がるのではない。1枚の板の途中に、指先ほどの丸い折り返しができていた。
守屋さんが折り返しを左右へ広げると、ひだは伸びた。私はすぐ横で表も裏も見たが、曲げた所に裂け目や鋭い折り跡はなかった。手を離すと、板の端は重なりながら下へ垂れた。薄い鉄板を力任せに折ったときのような、折れた形は保たなかった。
縦のレールと床際の横棒には、この柔らかさがなかった。守屋さんが鍵を回すと錠が外れ、横棒を上げられた。下ろして鍵を掛け直すと、上へは動かなくなる。その間も、横棒の上の板は脇から手でまくれた。
私は、横棒を下ろした状態と、脇の鋼板を内側へ寄せた状態を撮影した。写真だけでは冷たさも手応えも伝わらないが、横向きの溝が、何本も同じ縦の折り目へ曲がり込む様子は写っている。

守屋さんによると、13日までは、シャッターの面を押せば金属音がして押し返されていた。直前に取り替えた部分もないという。私が確かめたのは、店に付いた鋼板が手でたぐれる状態と、錠の掛け外しに応じて横棒が上がることだった。なぜ鋼板だけが柔らかくなったのかは分からない。
守屋さんは入口を一式取り替えることにした。工事までの間、売上金と小さな商品は奥の部屋へ移したが、入口に近い棚までは運べない。家は別の場所にあり、13日からは夕食を持ってきて、売場の椅子で夜を過ごしているという。椅子の横には毛布が畳んであった。夜は2時間ほどしか眠れていないそうだ。
シャッターの脇を引き出したままだと、通りから棚が見える。守屋さんは端をレールへ戻し、ひだを伸ばして、外からは閉じた形にしていた。椅子は、鍵を掛けた入口の見える所に置いてあった。
「夜に店へ残るのは、棚卸しのときくらいだったんです」
今は商品を数える予定もないのに、椅子の横へ弁当を置いていた。
入口の確認を終えると、守屋さんはシャッターを上げ直した。やがて、常連の荒巻清之さん(68歳)が来た。守屋さんの父親の代から通っている客である。自宅の物置に付いている錠がさびたため、新しい南京錠を買いに来たという。電話には、物置の扉を正面から撮った写真が開かれていた。
守屋さんは金具の部分を拡大してもらい、穴に合う品物をカウンターへ出した。荒巻さんが持参した古い南京錠と並べる。金属の輪の太さも、内側の幅もほぼ同じだった。
「これなら、ちゃんと閉めておけますね」
荒巻さんが新しい錠を手に取った。守屋さんは「錠は掛かります」と答えたが、取り付け方の説明へ移らなかった。荒巻さんへ、写真を元の大きさに戻してほしいと頼んだ。
画面に金具の周りの板が戻り、やがて扉全体が収まった。守屋さんは電話を両手で受け取り、枠から枠まで見ていた。荒巻さんが金具の場所を指すと、守屋さんはうなずいた。それから、金具のない扉の中央へ、自分の指を置いた。荒巻さんは帰り際、来月は物置の蝶番も見てほしいと言い、守屋さんは「どうぞ」と答えた。
荒巻さんが帰った後、守屋さんはカウンターの引き出しから、1枚の紙を出して見せてくれた。「11月30日をもちまして閉店いたします 長い間ありがとうございました」と書かれた貼り紙だった。10月12日に家で印刷したが、まだ貼っていないという。文面は、父親が病気で店を2週間休んだときの知らせを見本にした。その古い紙も、同じ引き出しの奥に残っていた。
翌13日の昼、守屋さんは店の建物を売る契約に判を押していた。買い手は隣の駐車場の持ち主で、年明けには建物を取り壊す。守屋さんは子どもに店を継がせるつもりはなく、体の動くうちに閉めると決めていた。シャッターが柔らかくなったのは、その日の夕方である。
契約は、店の近くの不動産会社で交わした。守屋さんは昼休みのあいだだけシャッターを下ろして出掛け、判を押して戻った。午後に巻き上げたときは、板はいつもどおり硬かったという。守屋さんの妻は5年前に亡くなっている。閉店のことは、県外に住む娘にだけ電話で伝えた。
「荒巻さんにも、まだ言えていないんです。30年来てくれている人なので」
入口を取り替える工事は、11月の初めに入る予定だった。閉店する店の入口を新しくするのかと私が尋ねると、守屋さんは、閉めるまでは閉められるようにしておきたいと答えた。
日が暮れて、守屋さんはシャッターを下ろした。横棒を床に着けて鍵を掛け、右脇のひだを伸ばして、端をレールへ戻した。外から見れば、閉じた店の入口だった。守屋さんは貼り紙を引き出しへ戻し、売場の椅子に座った。店の明かりは、奥の1つだけを残して消した。私は裏口から外へ出た。通りの側からシャッターに触れると、手のひらの下で、灰色の板がわずかにへこんだ。



