地方の庭木の手入れでは、11月の終わりに松の雪吊りをする。木のそばに柱を立て、その先から何本もの縄を下ろして、横に張った枝を吊る。雪の重みで枝が折れないようにするための作業で、縄は春まで張ったままにしておく。外した縄は、ただの縄に戻る。
「どこか引っ掛けたと思ったんです」
そう話すのは、北都県柳瀬市で庭木の手入れをしている志賀英臣さん(58歳)だ。2022年11月25日、湯尾千鶴子さん(79歳)の家で雪吊りをした。湯尾さんの松の手入れは、志賀さんの父親の代から続いている。
その日は、玄関へ伸びる低い枝だけ、縄を結び直すことにした。初めの位置では枝が持ち上がりすぎていたためだ。志賀さんは柱側の結び目を解き、続いて枝に巻いた部分も外した。別の縄を使おうと、外した1本を庭石の上へ置いた。
道具を取りに戻るとき、足に掛からないよう縄を拾った。すると、さっきまで支えていた枝が持ち上がった。縄を庭石へ戻すと枝が下がり、葉の先が石に触れた。
志賀さんは枝と柱を見直した。外した縄は手元に全部あり、柱の上から下がっていた部分も、枝へ巻き付けていた部分も見分けられた。残っているほかの縄には触れていない。その1本を拾うと、低い枝だけがまた上がったという。
湯尾さんにも見てもらい、その枝への作業は中止した。縄を持ち帰ると松を引っ張るのではないかと考え、玄関の左脇にあるコンクリートの上へ、緩く輪にして置いた。人が踏まないよう、周りを空の植木鉢で囲った。湯尾さんの了承を得て、志賀さんから私へ連絡があった。
私が訪ねたのは11月28日である。松の低い枝には、縄も針金も付いていなかった。柱から伸びるほかの縄は、もっと高い位置の枝につながっている。問題の1本は、松から数歩離れた植木鉢の間にあった。
松は、湯尾さん夫婦が家を建てた1971年に植えた黒松で、高さは4メートルほどある。玄関側の低い枝は横へ長く伸び、先が戸口の屋根の端にかかっている。雪が積もると、玄関から門へ出る通り道の上にたわむ枝である。
志賀さんは両端を私に見せた。片側には、枝へ巻いていた箇所の曲がり癖が残っていた。結び目はない。縄の中央をつまんで膝の高さまで上げると、松の枝先も上がった。縄を下げると枝先が下がる。その間、枝と手元との間には、何も渡っていなかった。
私は松の横から、その様子を見ていた。枝の下に手を入れると、上下する枝葉が手の甲をこすった。枝先が上がるときは、手の甲から葉が離れた。釣り糸のような細いものが張っていれば、手に当たるはずの位置だった。
志賀さんは縄を地面へ戻した。枝は最初の位置まで下がり、手を放したあとも動かなかった。風のない日で、ほかの枝は揺れていなかった。
縄は、志賀さんが毎年使っている棕櫚縄で、この秋に買ったものだという。同じ束から切って、ほかの家の雪吊りにも使っている。ほかの家で外した縄に、こうしたことは起きていない。
私は植木鉢に囲まれた縄を撮った。

縄を置いた場所は、玄関の戸口から1メートルほど左だった。志賀さんが、何となく邪魔にならない所を選んだという。その真上の柱に、赤くさびた金具が一つ付いていた。
「その金具は、主人が付けたものです」
湯尾さんの夫、正雄さんは2019年に83歳で亡くなった。金具の用途を尋ねると、湯尾さんは少し考えてから、雪の朝のことを話し始めた。
正雄さんが元気だったころ、玄関側の低い枝は柱から吊らず、別の縄で戸口とつないでいた。枝に巻いた縄の端を、この金具に掛けておく。雪が積もった朝、正雄さんは戸口に立って縄を引き、枝を揺すって雪を落とした。そうすれば、枝の下へ入らずに済んだ。
「雪を落とす前に出るな、と言われていました。私が出かけるときは、先に主人が戸口で縄を引いてくれたんです」
志賀さんはこのやり方を知らなかった。父親の勝さんから湯尾さんの家を引き継いだのは2016年で、そのとき金具には何も掛かっていなかったという。
私は志賀さんに、父親の残した記録を見せてほしいと頼んだ。12月1日、志賀さんは父親の手入れ帳を持ってきてくれた。家ごとに作業を書き留めた大学ノートで、1980年代からのものが段ボール箱に残っていた。
1998年11月の欄に、「湯尾様 松 雪吊り」とある。その下に、「玄関側下枝は吊らず 縄は旦那さん 戸口の金具へ」と書かれていた。2015年まで、毎年ほぼ同じ書き方が続く。2016年の欄からは、志賀さん自身の字で「玄関側下枝 柱から」と変わっていた。
正雄さんは2015年の冬に入院し、その年から戸口の縄を引けなくなった。湯尾さんは、それを志賀さん親子に伝えていなかった。勝さんが引退した後、志賀さんは低い枝もほかの枝と同じように柱から吊るようになった。
湯尾さんにノートを見せると、2015年の欄をしばらく見ていた。その年の雪吊りの日、正雄さんはまだ家にいて、縁側から作業を眺めていたという。勝さんが戸口の金具へ縄を掛けるのを見て、今年は引けないかもしれないと、湯尾さんにだけ言った。
志賀さんが11月25日に、低い枝の縄を結び直そうとしたのは、枝が持ち上がりすぎていたためだった。柱から吊った縄が短すぎたのではないかと、志賀さんは考えている。ただ、例年と同じ長さに切ったという。
12月3日、湯尾さんの庭に雪が積もった。低い枝は下へたわみ、葉先が白くなった地面へ着きそうだった。湯尾さんは自分で雪を払わず、志賀さんへ連絡した。私も、前に見た縄がどうなったか確かめるため同行した。
縄の輪の一部が植木鉢の間を抜け、戸口の前へはみ出していた。湯尾さんは動かしていないと言った。雪は玄関の屋根の下まで届かず、縄はぬれていなかった。
志賀さんは膝をつき、縄を戸口から左の壁際へ寄せた。枝へ力が掛からないよう、持ち上げずに地面を滑らせていた。手を離したとき、低い枝から雪が少し落ちた。枝が揺れると、縄の輪が壁際から戸口へ跳ね、コンクリートを打った。
湯尾さんは戸口に立っていた。跳ねてきた縄を長靴のつま先で押さえた。後で聞くと、土間へ入れまいと、とっさに踏んだのだという。その直後、低い枝に残っていた雪がまとまって落ちた。
枝が跳ね上がるのと一緒に、長靴の前半分が浮いた。湯尾さんはかかとを地面に残したまま、後ろの戸枠をつかんだ。靴底とコンクリートの間には、踏んでいた縄が張っている。縄の端はどこにも結ばれていなかった。
志賀さんが「足をどけて」と言った。湯尾さんがつま先を横へずらすと、縄だけが浮いたまま残った。私たちは松と縄から離れた。枝の揺れが収まるころには、縄も地面へ戻っていた。湯尾さんにけがはなかった。
湯尾さんが立っていたのは、正雄さんが縄を引いていた戸口だった。枝の雪は、湯尾さんが外へ出る前に落ちていた。
志賀さんは、来年からは低い枝を柱から吊らず、手入れ帳にあるとおり戸口の金具へつなぐと話した。金具のさびを落とし、縄の長さは、手入れ帳に父親が書き残した寸法に合わせるという。新しい縄を使うつもりで、この縄は湯尾さんと相談して、春に処分を決めることになった。
帰るとき、湯尾さんは庭に置いていた雪かきを取りに行った。松の下を通らず、家の壁に沿って戻ってくる。
私が門の所から振り返ると、松からまた雪が落ちた。湯尾さんは雪かきを持ったまま、戸口で止まった。足元の縄が動かなくなるまで、家に入らなかった。



