地方の町では、冬の白菜を近所で分け合うことが多い。畑を持つ人が一株切ってくれば、数人分の鍋や餃子には足りる。外の傷んだ葉を何枚か捨て、残りを1枚ずつ外して洗う。外していけば、株はだんだん細くなり、最後に芯が残る。
「全部外してしまおうと思っていたんです。芯だけにして、台を空けようと」
そう話すのは、北都県三ツ森町で近所の人と料理の集まりを開く笠井織江さん(69歳)だ。2023年1月8日、自宅の台所で白菜の葉を外していたところ、何枚外しても株が細くならなかったという。
その日は近所の4人が集まり、餃子を作ってそれぞれ持ち帰る予定だった。畑で白菜を育てている参加者の塩見久茂さん(74歳)が、その朝に切り取った一株を持参した。塩見さんは畑を30年ほど続けており、白菜は毎年秋に、同じ種屋で買った種をまいて育てている。
塩見さんは収穫した株を新聞紙で包み、手提げ袋へ入れていた。袋にはほかの野菜はなく、笠井さんの台所にも別の白菜はなかった。下処理の前に、どのくらいの肉を使うか相談するため、白菜を台ばかりへ載せた。包み紙を外した一株は1.6キロだった。
外の傷んだ葉を捨てても、餃子の分は足りそうだった。塩見さんは「残ったら、生のまま分ければいい」と言い、笠井さんは持ち帰り用の袋も出しておいた。
その日は、葉の間に土が付いているかもしれないので、1枚ずつ外してから洗うことにした。笠井さんが葉を外し、塩見さんが台の上へ重ねた。ほかの2人は肉の買い出しに出ていた。
最初の数枚には土と小さな穴があった。その内側はきれいで、葉の白い部分も厚かった。笠井さんは根元から外すたび、次の葉へ指を掛けた。ところが、何枚外しても、次に出てくる葉は両手で広げるほど大きかった。内側へ進んでも小さな葉に変わらず、手元の株も細くならなかったという。
塩見さんは、重ねた葉が倒れないよう、途中から隣にもう一山作った。笠井さんが手を止めたとき、台には葉の山が2つあり、笠井さんの前には丸い白菜が立っていた。
塩見さんによると、笠井さんが手を止めた後、取った葉を同じ台ばかりで量った。重ねたままでは載らないため、少しずつボウルに入れた。空のボウルを載せて表示をゼロにし、量った葉は別のざるへ移した。まだ水に浸しておらず、塩も加えていなかった。
合計は3.2キロだった。最初の一株のちょうど倍である。傷んだ外葉はこの中に入れていない。それだけの葉を外した後にも、ほとんど元の大きさの株が残っていた。2人はそこで餃子に使うのをやめ、買い出し中の参加者へ電話して、代わりの野菜を買ってきてもらった。
数字は笠井さんが材料の分量を書く紙に残していた。初めの「白菜1.6kg」の下に、塩見さんが告げた重さをその都度書き、最後に線を引いて「3.2」と記してある。紙の右には、肉や調味料の買い物のメモが続いていた。
1月11日、私は笠井さんの家で2人に話を聞いた。塩見さんから連絡があり、笠井さんも台所を見てもらいたいと答えていた。葉は袋に分けて冷蔵庫へ入れ、残った株は新聞紙で包んで、暖房のない部屋に置いてあった。
私はその紙と台ばかりを見せてもらった。8日の計量には立ち会っておらず、取り外すところも見ていない。ただ、葉を外した笠井さんと、隣で受け取って量った塩見さんは、途中で株を替えていないこと、台の葉を株へ戻していないことを、それぞれ話した。
笠井さんが新聞紙を開くと、白菜の上はまだ丸く閉じていた。下の切り口には、塩見さんが畑で切ったときに残った土が付いている。私は株を横にして根元を撮り、塩見さんに、葉を取った跡がどこかを教えてもらった。根元の周りには細かな裂け目があった。

冷蔵庫の葉も出してもらった。袋の中で少ししおれていたが、どれも根元の白い部分まで付いている。葉先がちぎれただけの切れ端は見当たらなかった。私は株と袋を同じ台へ置いて撮った。それ以上は葉を外さなかった。
話を聞いている間、笠井さんは分量を書いた紙を、台所の引き出しのクリアファイルへ戻そうとした。ファイルには、これまでの集まりで使った同じような紙が、年ごとに挟んであった。最初の紙は2012年のものだという。
私はファイルを見せてもらった。2016年1月の紙に、「8人 白菜3.2kg(塩見さん2株)」と書かれていた。2017年と2018年の冬の紙にも、同じ数字が並んでいる。
集まりは以前、8人で開いていた。塩見さんは毎年、畑から白菜を2株持ってきていた。8人分の餃子に使い、残りを生のまま分けると、ちょうど1人に1袋ずつ持ち帰れたという。
その後、2人が子どもの家の近くへ越し、2人が亡くなった。亡くなった2人のうち1人は、毎年、皮を包む係だった。2019年の冬は4人になり、紙には「4人 白菜1.6kg」とある。集まりは2020年から休み、今年が4年ぶりだった。塩見さんは、4人分なら1株で足りると考えて、今年も1株だけ切ってきた。
8日に外した葉の合計は、8人で集まっていたころの分量と同じだった。
「数字を書いたときは、倍だということしか考えていませんでした」
笠井さんはそう言って、2016年の紙と今年の紙を並べた。2枚とも、3.2の字は笠井さんの手で書かれている。
塩見さんは、8日の朝、畑で白菜を切ったときのことを話した。いつも2株切っていた畝の端で、今年は1株を切り、隣の株には手を付けなかった。隣の株は、まだ畑に残っているという。
塩見さんは、株と葉を持ち帰るために手提げを広げた。残った株を入れると、葉の袋までは収まらなかった。笠井さんが大きな袋をもう1枚出す間に、塩見さんは葉を入れた袋の口を開いた。
最初の方に取った葉なら、普通の白菜と同じではないか、と塩見さんは尋ねた。持ち帰ってから食べる分を、今、分けておきたいという。塩見さんは持ってきた小袋を1枚、台に広げた。丸いまま残った株が気味悪いのであって、先に外した葉まで変わった物だとは思っていなかったそうだ。
笠井さんは袋を2つ並べた。
「最初の葉って、どれですか」
塩見さんは片方の袋を指しかけた。葉を量るとき、山の上からボウルへ移した。その後、ざるに重ね直し、冷蔵庫へ入る量ずつ袋へ分けていた。先に取った葉は下にあったはずだが、今どの袋のどこにあるかは分からなかった。
塩見さんは袋の底から抜きかけた1枚を、元の位置へ押し戻した。株も葉も食べずに持ち帰り、畑の隅で土に返すと笠井さんへ伝えた。食べる分を包もうと広げていた小袋は、何も入れずに畳んだ。
笠井さんは、2016年の紙をファイルから抜き、今年の紙と一緒に冷蔵庫の扉へ磁石で留めた。来年の集まりで白菜を何株にするかは、そのときに決めるという。
私は塩見さんと一緒に畑へ行った。笠井さんの家から歩いて5分ほどの所にある。ほかの畝にも、白菜が10株ほど並んでいた。白菜の畝の端に、土の上へ切り口だけが残る場所があり、その隣に、丸く巻いた株が1つ立っていた。塩見さんが8日に手を付けなかった株である。
塩見さんは畝の脇をスコップで掘り、袋の葉を底へ広げた。その上に、持ち帰った株を横にして置いた。外葉の付いたまま、上は丸く閉じている。塩見さんは土をかぶせ、長靴で軽く踏んだ。
隣の株は切らずに残しておくという。塩見さんはスコップの土を畝で落とし、空になった手提げを畳んで、上着のポケットへ入れた。



