地方の公民館では、決まった先生を置かずに絵を描く会が開かれていることがある。参加者が花や食器を持ち寄って描き、終わる前に机へ並べて見せ合う。消しゴムで消した線は、細かなかすになって机に散る。帰る前に、皆でそれを集めて捨てる。
北都県南條市の公民館の絵の会に、久保園道代さん(64歳)は月に2回通っている。久保園さんが鉛筆で描いた線は、紙から取り外せる。消しゴムを当てても薄くならず、引いたときの曲がり方を保った黒い細片になる。2023年8月20日、私はその線が人の手へ移るところを見た。
その日は、向かい合った2人で互いの顔を描き、できた絵をモデルへ渡すことになっていた。久保園さんの相手は、同じ会で知り合った大屋敷昭仁さん(70歳)だった。2人とも人物を描く機会は少なく、大屋敷さんは薄い書類袋を持参していた。受け取る絵が折れないよう、中に厚紙を入れてあった。
私が会へ行ったのは、8月6日の集まりについて久保園さんから連絡を受けたためである。そのときは小さなカボチャを描いていた。曲がりすぎた輪郭を消そうとすると、消しゴムの角に黒い線が掛かった。取ってみると、線が形を保ったまま紙から外れたという。その日のカボチャの絵は家へ持ち帰らず、外れた線と一緒に公民館のくず入れへ捨てた。
送ってもらった写真では、久保園さんの指先に、緩く曲がった黒い物があった。それが描いた線なのか、何かを紙の上へ置いたのかは、写真だけでは分からなかった。私は次の集まりで、描くところから見せてもらうことにした。
20日の午後、久保園さんは机に新しい画用紙を置いた。筆箱には木の軸の鉛筆と白い消しゴムが入っていた。鉛筆は2022年の春、閉店する町の文具店で、最後に残っていた箱ごと買った物だという。大屋敷さんは8月6日に線が取れた話を聞いていたが、紙から外れるところを見るのは初めてだった。
「紙のまま渡せるかは、分からないです」
久保園さんが言うと、大屋敷さんは、取れたら袋に入れればいいと答えた。書類袋を机の端へ置き、久保園さんの方を向いた。机の中央には、皆で食べる菓子の箱があった。私は2人の横に座り、描き始める前の机と道具を見た。
久保園さんは大屋敷さんを見ながら、頬からあごへ鉛筆を動かした。紙を擦る音がして、薄い灰色の線が残った。同じ所をなぞると黒くなった。次に眉を描き、片方が高すぎたと言って消しゴムを当てた。
消しゴムが右へ動くと、眉の線の左端が起き上がった。線は途中で切れず、横に寝た細い弓のような形で消しゴムに掛かっていた。久保園さんが爪の先で外すと、それは画用紙の外へ落ちた。
私は机の上の黒い線を、久保園さんの了解を得てつまんだ。指の間に硬い物が触れた。端を持ち上げても、反対の端は垂れず、描かれた眉の曲がり方を保っている。裏にも表にも紙は付いていなかった。
画用紙の眉があった所は白くなっていた。私は鉛筆がそこへ線を引くところから、消しゴムに掛かって外れるところまで見ていた。黒い粉が消しゴムのかすに混じったのではなかった。久保園さんは、前のカボチャも同じだったと言った。
「ここへ置いておいてください」
久保園さんは画用紙の脇を指した。私は眉の線をそこへ置いた。久保園さんは眉を描き直し、目と鼻、口を入れた。耳の後ろから頭を回る線もつなぎ、鉛筆を置いた。大屋敷さんは、ときどき肩を動かしながら同じ椅子に座っていた。
先に描き終えていた大屋敷さんが、自分の絵を久保園さんへ渡した。久保園さんは受け取り、自分の画用紙の横へ置いた。大屋敷さんの紙には、消し直した跡と細かなかすが残っていた。
久保園さんが画用紙を机の上で大屋敷さんの方へ押した。大屋敷さんは両端をつかみ、手前を少し上げた。顔の目と口が紙の上を下へずれた。あごの線にぶつかって止まり、そこで黒い線が重なった。
大屋敷さんは紙を机へ戻した。久保園さんが重なった線を指で分けようとすると、輪郭の線が、頭からあごまでひと続きで持ち上がった。輪郭の中には何もなく、向こうに机の木目が見えた。
久保園さんはそれを机へ置き、目や鼻の線も紙から外した。全部取ると、画用紙には描き始める前と同じ白い面が残った。
ほかの参加者が道具をしまい始め、机に散った消しゴムのかすを小さなくず入れへ集めていた。久保園さんは自分の席のかすを払い、紙の脇に残してあった最初の眉も、指で寄せた。
「それも、こっちへ」
大屋敷さんが言った。描き直す前に外れた眉の線だった。久保園さんは指を止め、黒い線を大屋敷さんへ渡した。
大屋敷さんは書類袋の口を広げたが、入れる前に閉じた。代わりに、皆で食べた菓子の空き箱からふたを取った。内側の白い面を上にして机へ置き、顔の輪郭を移した。目を2つ、その間に鼻、下に口を置いた。
眉の線は、描き直した物と合わせて3本あった。大屋敷さんは2本を目の上へ置き、初めに外れた1本を輪郭の外へ並べた。久保園さんが、その線はもう要らないと言うと、大屋敷さんは動かさずにおいてほしいと答えた。
私は大屋敷さんに尋ね、箱のふたを机に置いている間に撮影した。線の並べ方は大屋敷さんが決めたままにした。脇には白い画用紙と、使わなかった書類袋があった。

撮影を終えると、大屋敷さんは書類袋の中身を机へ出した。厚紙の間に、画用紙が1枚挟まっていた。右下に「2022.8 久保園」と鉛筆で書かれている。ほかには何も描かれていない白い紙だった。
去年の8月にも、会では同じ題で互いの顔を描いていた。会の記録帳にも「互いの顔 久保園・大屋敷」とある。記録帳は当番が順に付けている大学ノートで、その日の題と組み合わせが並ぶ。そのとき久保園さんから受け取った似顔絵だと、大屋敷さんは話した。
「家で額に入れておいたら、秋ごろから顔が薄くなっていきました。額の下の方に、黒い細い物がたまっていたんです」
大屋敷さんは、額にたまった物を封筒に集めていた。封筒の中には、短く曲がった黒い線が何本も入っていた。目の形に丸まった物や、眉らしい弓形の物もあった。久保園さんは、去年の自分の絵が消えていたことを、このとき初めて知った。大屋敷さんは、描いてくれた人に言いにくかったという。
去年も、久保園さんは同じ鉛筆を使っていた。文具店の最後の箱から出した1本目である。久保園さんは筆箱の鉛筆を見て、しばらく黙っていた。家に持ち帰った花や器の絵は、引き出しにしまったまま見ていないという。帰ったら確かめると話した。
大屋敷さんは、今年は紙ごと持ち帰るつもりで、厚紙を入れた袋を用意していた。去年の絵も、見せようと思って挟んできた。だが、線が紙から外れるのを見て、袋に入れるのをやめた。紙ごと持ち帰っても、また額の中で外れるかもしれない。初めから線だけ受け取るなら、どこに置くかを自分で決められる。最初に外れた眉を欲しがったのも、去年の絵では、消えた順番が分からなかったからだという。
大屋敷さんの家では、空になった額を、まだ壁に掛けたままにしている。今年の顔は額に入れず、箱のふたのまま棚に置くつもりだという。ふたは、外側に菓子の名前が印刷された薄い紙製だった。
大屋敷さんは封筒を書類袋へ戻し、袋を鞄へしまった。鞄を肩に掛け、それから箱のふたの両側を持った。久保園さんが残った画用紙を差し出すと、ふたから手を離さずに言った。
「紙の方は捨ててください」
久保園さんが紙を引っ込めるのを見て、大屋敷さんは机の周りを通って出口へ向かった。戸を開けるために私が先へ回る間も、箱のふたは両手で水平に支えられていた。



