南條市の2軒の庭を歩くモミの木に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。庭の土の上に太い褐色の木の根があり、枝分かれした所に土の塊が挟まっている。土の塊から細長い緑の水仙の葉がまとまって伸びている。

地方の住宅地では、向かい合う家どうしが、庭の草花を分け合うことが多い。増えすぎた球根を掘って渡し、もらった方は自分の庭の隅に植える。植えた木や花は、その庭から動かない。毎年同じ場所に芽を出し、花を咲かせる。

長原喜和子さん(74歳)が庭に植えたモミは、根を土から抜いて歩く。向かいの戸嶋邦之さん(77歳)の庭へ入り、しばらくすると元の庭へ戻る。長原さんは、木が出ていった後に残る穴へ、落ちた土を掃き戻していた。

2023年12月22日の午後、私は北都県南條市にある2軒の庭を訪ねた。モミが動くところを見てほしいという連絡は、長原さんから届いていた。根が地面から出ても葉が枯れていないことと、向かいの家へ通うことを話してくれた。

モミは20年ほど前、長原さんが庭へ植えた木だった。いまは高さが約3メートルあり、三角形に枝が広がっている。2軒は1978年ごろから向かい合って暮らしている。裏口を結ぶ細い通路には舗装があり、その両側に土の庭があった。モミが通ると枝先で道幅の半分ほどをふさぐ。

最初に木が動いたのを見たのは、11月の終わりだったという。長原さんが昼食の片付けをしていると、窓の外で幹が傾いた。倒れると思って見ていると、土から出た根が曲がり、幹を起こした。別の根が前へ伸び、土を押して、木全体を通路の方へ動かした。

その日の夕方には、向かいの庭に立っていた。翌朝は元の場所にあった。その後も、日中は戸嶋さんの庭にあり、朝には長原さんの庭へ戻っている日が続いた。2人が見かけた出発や帰着の時刻は、日によって違っていた。

長原さんは普段、モミの根元にたまった落ち葉を取り除き、少なくなった土を足している。動くようになってからは、戸嶋さんにも、根がむき出しになっていたら土を掛けてほしいと頼んだ。根は切らないでほしい、とも伝えていた。

私が着いたとき、モミは戸嶋さんの庭にあった。幹の下から太い根が何本か土へ入っている。私は2人に断り、モミの根元と舗装された通路が見渡せる場所でカメラを構えた。

戸嶋さんは通路へ出てきて、庭の端にある水仙を指した。長い緑の葉が数か所から伸びているが、間の土には丸くえぐれた所があった。そこにも去年は株があったという。モミが来るようになってから、なくなった株に気づいた。

「踏まれた所は掘り直したんですが、球根までないんです」

戸嶋さんは、木がいない間に土をならし、残った葉を立て直していた。長原さんは、こちらの庭でもモミの世話をしてもらっていると思い、土を直してくれたことに礼を言っていたという。戸嶋さんが整えていたのは、毎冬花を咲かせる水仙の植え場所だった。

2人が話している途中で、モミの下枝が揺れた。幹の脇の土が盛り上がり、褐色の根が1本、端から出てきた。根は途中で曲がり、土の上へ先を置いた。幹の反対側でも同じように根が抜け、木が少し高くなった。

細い根を垂らした太い根が、順に前へ出た。支えていた根が後ろから離れ、幹が進む。根に残った小さな土の塊が、そのたびに落ちた。

戸嶋さんが、まだ土に入っている根の1本を指した。そのそばには、水仙の葉がまとまって生えていた。根が土から上がると、葉も一緒に持ち上がった。葉の下には土の塊があり、崩れた端から白い球根が見えた。褐色の根が二股に分かれる所へ、その塊が挟まっていた。

木は止まらずに進んだ。水仙の葉は幹の下で揺れ、抜けた場所には土の穴が残った。戸嶋さんが植えた株は、目の前でモミと一緒に庭から出ていった。

私は通路の脇へ下がり、舗装の上に出た木を撮った。根の先が黒い路面へ着き、幹を支えていた。次の根が浮くたび、その下からも舗装が見えた。土の中を誰かが根ごと押しているのでも、荷台に載った木が運ばれているのでもなかった。

霧島秀一撮影。細い舗装路の上に、枝を三角形に広げたモミがある。幹の下から出た褐色の根が曲がって路面へ着き、幹の根元は舗装から浮いている。根の分かれ目には、緑の葉の出た土の塊がある。
霧島秀一撮影。2023年12月22日、2軒の庭の間にある通路。モミの根の先が舗装へ着き、幹の下にも路面が見えていた。

木が長原さんの庭へ入ると、私たちも後ろから回った。幹は以前に植わっていた場所で止まった。根が1本ずつ土へ下り、先から見えなくなった。水仙を挟んだ根は、塊を地面へ置くように下がった。葉の付け根が土の表面に残った。

長原さんは、その葉の横へしゃがんだ。幹の反対側にも水仙の葉が出ていた。最近気づいたもので、自分では植えていないという。そちらがいつどこから来たかは、私には確かめられなかった。今運ばれた株については、戸嶋さんの庭から道を渡るまで見ていた。

長原さんは物置から、古い手帳の束を出してきた。毎年の庭仕事を書き留めているもので、1冊ずつ輪ゴムで留められ、30冊近くある。2003年12月の欄に「戸嶋さんの奥さんからモミの苗」とあった。戸嶋さんの妻、和代さんが、自分の庭でこぼれた種から育てた苗を分けてくれたのだという。

手帳には、その後の冬ごとに「水仙の球根 戸嶋さんより」という書き込みが続いていた。和代さんは毎年12月になると、増えた球根を掘り上げ、長原さんの家へ届けていた。長原さんはそれを、モミの根元の周りに植えた。最後の書き込みは2021年12月だった。長原さんは去年の12月、球根が届かないことに気づいていたが、戸嶋さんには言い出せなかったという。戸嶋さんは、手帳の字を指でなぞるようにして読んでいた。

和代さんは2022年11月28日に75歳で亡くなった。モミが初めて動いたのは、それから1年がたった11月の終わりである。一周忌の法要は、11月の最後の日曜日に戸嶋さんの家で済ませた。モミが初めて向かいの庭へ入ったのは、その翌日だったと、2人は手帳とカレンダーを見比べて確かめた。

戸嶋さんは、妻が球根を分けていたことは知っていたが、毎年届けていたとは知らなかった。戸嶋さんの庭の水仙は、和代さんが嫁いできた1970年ごろに、実家から持ってきた球根が元だという。妻が亡くなった後は、その植え場所を自分で守ってきた。株が減るのが嫌で、掘り上げることもしなかったという。

「家内がやっていたことを、俺がやめたんですね」

戸嶋さんは小さなスコップを取りに帰った。長原さんも物置から空の鉢を出した。私は、木が止まっている間に、土の上に残った水仙と褐色の根を近くから撮らせてもらった。

戸嶋さんは株の周りの土を少しずつ外した。球根の間に、モミの細い根が通っていた。根が分かれた先にも球根があり、根を動かすと球根も一緒に動いた。土を落としても株は外れなかった。

「これを切れば、株は外せます」

戸嶋さんは根へ指を置いた。長原さんはその根をたどり、幹につながる所まで土を払った。先ほどまで、舗装の上で木を支えていた根だった。

戸嶋さんは、空の鉢を株の横へ寄せた。長原さんに、はさみを借りられるか尋ねた。長原さんは物置へ行き、剪定ばさみを持ってきた。

「私が切ります」

長原さんは戸嶋さんへははさみを渡さず、木の根元へ戻った。戸嶋さんが葉と球根を支えると、長原さんは二股になった根の片方へ刃を入れた。刃を閉じ、切れた端を球根の間から抜いた。

戸嶋さんが株を持ち上げた。葉と土の塊がモミから離れ、空の鉢へ移った。戸嶋さんは鉢を抱えたまま、しばらく立っていた。それから、鉢を長原さんの足元に置いた。

「これは、こっちの庭に置いてください。12月ですから」

長原さんはうなずき、鉢をモミの根元の、根の切り口の横へ寄せた。戸嶋さんは空いた手でスコップを持ち直し、自分の庭へ戻っていった。長原さんは、自分が植えていない方の水仙の葉をよけ、はさみを膝の前へ置いた。

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