古い団地の夜の見回りの記録には、建物にある数より一つ多い明かりが書き込まれることがある。
K団地は1970年代に建てられた公営団地で、4号棟は5階建てである。各階の外廊下の天井には照明が並び、3階には12灯ある。切れた照明を早く見つけるため、自治会は夜の見回りを巡回員に頼んでいる。巡回員は各階の廊下を歩いて明かりを確かめ、点いている灯の数と消えている灯の数を、階ごとの用紙に書き込む。用紙は自治会がつづって保管し、消えた灯があれば管理会社へ交換を頼む。1980年代から続く決まりで、用紙の形も当時からほとんど変わっていない。
その用紙の2020年10月14日の3階の欄に、「点灯13 不点0」と書かれていた。点いている灯が13、消えている灯が0という意味で、管理会社が建物の設備を記録する帳簿より1灯多い。
自治会の役員、伊藤昭成さん(72歳)は、照明を交換したときに古い器具と新しい器具を一緒に数えたのかと思い、管理会社へ問い合わせた。その日に交換作業はなかった。その夜の巡回を担当した渡辺伸介さん(66歳)は書き間違いだろうと答えたが、どこで1つ増えたかは分からなかった。
伊藤さんを通して、普段どう数えるのかを聞いた。渡辺さんは天井の明かりを指でさしながら廊下を歩き、廊下を抜けてから紙に書くという。その夜だけ違う数え方をした記憶はないが、13と書く前にもう一度確かめたかは覚えていなかった。ただ、あの晩は階段の手前が少し明るかった気がする、とも話した。照明が切れかけて点滅しているときとは違い、ちらつきはなかったという。
伊藤さんが古い用紙をさかのぼると、2019年11月にも別の巡回員が13と書いていた。ただし、その記入は4階のものだった。3階で同じことが2度起きたとは扱えない。私は伊藤さんに、10月14日の夜に3階で写真を撮った住人がいないか尋ねてもらった。
伊藤さんが掲示板で呼びかけると、3階に住む山本紀代恵さん(58歳)から、保存していた写真が届いた。撮影日は2020年10月21日、午前1時過ぎ。13と書かれた日から1週間たっている。山本さんは照明の数の話を知らず、廊下がいつもより長く見えたので撮ったという。
洗濯物を取り込もうと玄関を出たところだった。山本さんは、開けた自宅の扉に片手を掛けたまま、廊下の先の階段を見た。踊り場の壁が、奥へゆっくり下がっていく。手元の扉も隣の玄関も動かないのに、階段までの床だけが長くなっていたという。
「30年住んでいる廊下です。目をつぶっても階段まで行けるのに、あの夜は、行ったら戻れない気がしました」
山本さんは扉から手を離せず、その場に立っていた。壁がそれ以上遠ざからなくなってから、携帯電話を取り出して撮った。廊下の端から撮った写真を、山本さんは消さずに残していた。家族にも話さなかったのは、寝ぼけていたと言われると思ったからだという。
この記事の冒頭の写真が、その1枚である。手前の明かりは6灯まで数えられるが、奥では光が重なっている。12灯なのか13灯なのかを、この写真から数えることはできなかった。山本さんが写真に残したかったのは、階段までの見慣れない遠さだった。
数を書いた紙と写真のほかに、もう一つ記録があった。管理会社は2019年から、各階の共用の照明が使った電気の量を、30分ごとに自動で記録している。切れた照明や消し忘れを、遠くからでも見つけられるようにするためだ。伊藤さんを通して頼むと、担当者が3階の記録を出してくれた。
3階の照明は1灯あたり20ワットほどの蛍光灯で、ふだんの夜、30分に使う電気の量は12灯分でほぼ一定している。ところが10月14日の23時から翌1時までの4区切りだけ、使った量がおよそ1灯分多い。渡辺さんが3階を見回ったのは、その時間の中の23時40分ごろだった。山本さんが写真を撮った21日の0時30分から1時30分にも、同じように1灯分多い区切りが続いていた。
記録する機械の誤りも考えられる。担当者は同じ夜の2階と5階の記録を並べてみたが、どちらも12灯分のままで、1灯分多いのは3階だけだった。そこで、古い配線で電気が漏れているのかもしれないと考え、11月に3階の配線を点検した。漏れは見つからず、器具の数も12のままだった。記録の上では、その後も月に1、2回、夜中に1灯分多い区切りが出ている。4階の記録も見てもらうと、別の巡回員が13と書いた2019年11月の夜にも、1灯分多い区切りがあった。
2021年2月3日、私は伊藤さんに案内してもらい、3階を歩いた。照明は12灯とも点いている。山本さんの立った場所から撮ると、私の写真では突き当たりの壁が近く見えた。手前の玄関扉や手すりは同じくらいの大きさなのに、山本さんの写真では奥の壁だけが小さい。
私は立つ位置や撮影の倍率を変えてみた。奥を小さく写すことはできるが、手前の扉まで比べると、山本さんの写真と同じにはならなかった。山本さんは撮影したときの倍率を覚えていない。条件をそろえられていないので、写真の差をそのまま廊下の長さの差にはできなかった。
伊藤さんにその後の見回りについて聞くと、13という記入は出なくなったと言った。管理会社が巡回用紙を新しくしていた。
新しい用紙には、記入欄の横に「設備数12」と印刷されている。会社の説明では、数えた灯と設備数が合わなければ、その場で数え直してもらうための変更だった。伊藤さんが見せてくれた、1月の終わりからの3階の用紙には、点灯数12が並んでいた。
数え直すことにしたので、間違いが減ったのだろうか。私は渡辺さんにも、新しい用紙をどう使っているか尋ねた。
渡辺さんは、明かりを見ながら廊下を歩き、消えているものがなければ12と書く、と説明した。点いている灯を毎回1から数える必要はない、と教わったという。用紙の12を見て、消えた灯がないことを確かめれば、その日の点灯数も12になる。
このやり方でも、交換が必要な切れた灯は探せる。しかし、明るい灯が13あったとしても、消えた灯がなければ紙には12と書かれる。用紙の点灯数は、その晩に数えた結果ではなく、消えた灯を見なかったという報告になっていた。
担当者が出してくれた記録には、新しい用紙に替わった後の1月27日にも、夜中に1灯分多い区切りがあった。その夜の3階の用紙には、渡辺さんの字で「点灯12 不点0」と書いてある。渡辺さんにこの記録のことを伝えると、1から数えなくてよくなって楽になった、とだけ答えた。
伊藤さんは用紙のつづりを開き、「これで落ち着いた」と言った。見せてもらった用紙には、管理会社へ確かめ直す必要がある数字はなくなっている。電気の記録のことを話すと、伊藤さんは、それは管理会社の帳簿の話だから、とつづりを閉じた。
帰りに、山本さんの部屋の前を通った。階段までの間には玄関扉が並んでいる。下の写真は、私が訪れた日にその廊下を撮ったものだ。

山本さんは、次に廊下が長く見えたら、明かりではなく玄関扉を数えるつもりだと言った。自分の部屋から階段までに誰の家が何軒あるかは、表札を見なくても知っているからだという。
私が帰るとき、山本さんはサンダル履きで玄関の扉を開け、見送ってくれた。私が階段の手前で振り返ると、山本さんは扉に片手を掛けたまま、階段までの扉を指で一つずつ数えていた。



