閉鎖したスキー場では、リフトを撤去した後も、その通り道だけが雪の上に残ることがある。
北都県の山あいにある烏帽子平スキー場は、2003年に営業を終えた。ゲレンデの中央をふもとから頂上まで1本のリフトが通り、客は2人掛けの椅子に乗って上がっていた。リフトは2006年に撤去され、今は管理会社が年に数回、斜面を見回るだけになっている。ふもとには、窓に板を打ち付けた券売所の小屋が残っている。
冬になると、この跡地に、ふもとから頂上へ続く茶色い帯が現れる。幅は約4メートル。雪の中で草が見え、古い支柱のコンクリートの土台が一列に並んでいる。
教えてくれたのは、営業していたころリフト係を務めた村上昌彦さん(68歳)である。1981年から閉鎖までの22年間、ふもとの乗り場や山の上の降り場で、客を椅子に乗せたり降ろしたりしてきた。
「撤去した次の冬からです。リフトがあった線に沿って、雪が残らなくなった。周りに深く積もった年ほど、帯がはっきりします」
営業していたころ、リフトの下に雪がなかったわけではない。毎朝の運転前、係員はふもとの乗り場の脇に立てた雪尺で積雪を測り、運転日誌に書き込んだ。圧雪車は滑る斜面をならしたが、椅子の下の線には入らなかった。そのため、リフトの下はむしろ周りより雪が深く、柔らかかったという。
「最後の日は2003年の3月末でした。いちばん上で最後の客を降ろして、空の椅子に乗ってふもとまで下りた。それから電源を切りました。椅子は撤去まで3年、線に吊ったままでした」
私が訪れたのは2022年1月15日。管理会社の許可を得て、村上さんと斜面の下の部分を見た。前の晩に降った雪で、斜面は一面白かった。その中を、茶色い帯がまっすぐ上へ延びている。両側の積雪は1メートルを超え、草の見える部分との境は急な段になっていた。帯の中にも雪は少しあるが、周りの斜面とは残り方が違う。
深い雪を避けて登れる道のように見えた。しかし村上さんは、その帯を通って上へ行こうとはしなかった。
まず、地面が暖かいのかを確かめた。草が出ている場所に温度計を当てると、氷点下3度前後を示した。近くの雪の下も同じくらいだった。草は硬く、踏むと付いていた霜が割れた。測ったのはその場の温度だけなので、地中からの熱を否定できる調査ではない。ただ、手で触れて暖かいから雪がない、という状態ではなかった。
次に、撤去の工事で土を掘り返し、その部分だけ地面が変わったのかを尋ねた。村上さんによると、撤去したのは土台より上の柱や機械で、コンクリートの土台は残した。幅4メートルの帯全体を掘ったわけではない。村上さんが持ってきた撤去時の写真でも、重機が入ったのは支柱の周りだけだった。
人が歩いて踏み固めた道なのか、とも聞いた。営業中、客は椅子に乗って上がり、リフトの下を歩く人はいなかったという。目の前で通路のように見える帯は、もともと人が歩く場所ではなかった。椅子に乗った客の靴の底は、雪面から2〜3メートル上を通っていた。
風で雪が運ばれやすい地形なら、尾根の上や斜面の出っ張りに沿って雪が薄くなる。しかし帯は、地形と関係なく、支柱の土台を結ぶ一直線になっていた。
地下を水が流れていて、下から雪を溶かしている可能性も考えた。帯の中の草をかき分けると、土は凍って硬く、水の音もしない。村上さんによると、リフトを建てたのは1978年で、そのときも支柱の位置に穴を掘っただけだった。線に沿って溝を掘ったり、管を埋めたりはしていないという。
村上さんは、リフトが動いていたころの作業写真も持ってきていた。1990年代の冬に、機械を点検した際に撮ったもので、支柱に沿って椅子が運ばれ、その影が雪の上に落ちている。
その中の1枚を村上さんが指した。ある支柱の脇に、小さな作業台が取り付けられている。係員が高い所で滑車を点検するための台で、地面から数メートル離れていた。
その支柱があった土台を今の斜面で探すと、雪の境目が脇へ四角く張り出していた。一直線の帯の一部だけが横へ広がり、そこにも草が出ている。古い写真の作業台が張り出していた位置と重なっていた。
私は下から写真と地面を見比べ、その部分を撮影した。

土台の周りから丸く雪がなくなっている形ではなかった。今はない作業台の、地面から離れていた部分の真下まで、草の出る範囲が広がっていた。
村上さんと見ている間に、細かな雪が降り始めた。帯にも雪は落ち、草の上は白くなった。上に何かがあって雪を遮っている、という説明は合わない。
翌16日の朝、村上さんから写真が届いた。ふもとの道から撮ったもので、周りには約10センチの新しい雪が積もっているのに、帯は再び茶色く見えていた。作業台の位置の四角い張り出しも、同じ所に残っていた。村上さんは毎朝、仕事へ行く途中にこの道を車で通り、雪の降った翌朝は同じ場所から撮るようにしている。これまでの写真でも、帯が雪に埋もれたまま朝を迎えた日はないという。
雪が溶けるところや、風に飛ばされるところを撮影したわけではない。分かったのは、一度は草の上を白く覆った雪が、翌朝の写真では周りと同じようには残っていなかったことだった。
この帯を、実際に通路として使った人がいる。管理会社の担当者の真鍋浩次さん(52歳)は、見回りのたびに帯を写真に撮っている。会社として何か手を打てないかと考えたこともあるが、雪のない所を雪で埋めるわけにもいかず、記録を残すだけにしているという。その真鍋さんが、2021年2月の記録を見せてくれた。閉鎖中のゲレンデに入ったスノーシューの男性が、帯をたどって登る途中、草に隠れたくぼみに足を取られ、足首をひねった。男性は自分で下り、後日、管理会社に連絡してきた。地図に載っていない道があるなら、危ないので塞いでほしいという電話だったという。
記録には、男性の話が書き留められていた。「雪のない道が頂上まで続いていたので、整備された登山道だと思った」。足を取られた場所は、作業台のあった支柱の脇だった。真鍋さんは「途中で帯が途切れていたら、引き返したそうです」と付け加えた。
村上さんは、その場所のことを知っていた。
「作業台に上るはしごの下に、点検用の四角い穴がありました。深さは1メートルくらい。営業中は板でふたをしていましたが、撤去のときに板だけ外したはずです。上から見ると、草で分からなくなっている」
雪が残らない四角い張り出しは、作業台の真下にあった穴の範囲と重なる。15日に私たちが写真と見比べた張り出しは、その穴の上にあったことになる。帯の上では、穴の場所にも雪がなく、枯れ草が縁を覆っている。歩きやすそうに見える場所が、そのまま穴の上へ続いていた。
真鍋さんは、この冬から入口に立ち入り禁止の札を増やしたという。帯のことは札に書いていない。「書けば、かえって見に来る人が増えると思いまして」
村上さんは以前、知り合いから、ここを歩けば頂上へ行けると言われたことがあるそうだ。確かに、両側の深い雪へ足を入れずに済みそうに見える。
「乗っていたときは、下を歩く所じゃなかったんです」
古い写真では、その場所を通る客の足は、地面から離れていた。私たちは帯を上へたどらず、帯の脇の深い雪に膝まで沈みながら、ふもとの道へ戻った。振り返ると、私たちの足跡は帯と並んで1本の溝になり、帯の上には誰の足跡もなかった。



