駅の券売機は、運賃のボタンに対応した切符しか出さない。ところが、地方の私鉄では、どの路線図にもない駅名を刷った切符が、ふつうの運賃で1枚だけ出てくることがある。
三崎浜急行の汐見浜駅は、海沿いにある路線の終点だ。駅の先には車止めがあり、線路はそこで終わっている。汐見浜に住む人が買い物や塾へ出かけるときは、上りの列車で三崎浜の駅前まで行くことが多い。運賃は220円。駅の券売機には金額のボタンが並び、押した金額の切符に、行き先の駅名と日付が印刷されて出てくる。
2022年1月29日の夕方、汐見浜に住む高校2年生の小川美晴さん(17歳)は、三崎浜の駅前で友人と会う約束をしていた。家に交通系のカードを忘れたことに駅で気づき、券売機で切符を買った。いつもの220円を押したという。
出てきた紙には、「汐見浜→式場前」と印刷されていた。
小川さんは式場前という駅を知らなかった。聞き慣れた三崎浜の字を、自分が読み違えたのかもしれないと思った。急いでいたので、そのまま改札へ入れた。入口の扉は開き、ふつうに通れた。乗った上りの列車も予定どおり三崎浜へ着き、車内で変わったことはなかったという。
「ちゃんと220円を押したので、切符が間違っているとは思わなかったんです。読み間違いだろうと思って、駅名をよく見ないまま入れました」
三崎浜の出口で切符を入れると、今度は扉が閉まった。改札の外では、待ち合わせた友人がこちらに気づいて手を振っていたという。小川さんは返ってきた切符を、改札横の駅員へ渡した。駅員は日付と金額を見て、どの駅で買ったのか、どこまで行くつもりだったのかを尋ねた。
それから確認用の端末へ切符を通し、「まだ先まで乗る切符になっている」と説明したという。小川さんは、三崎浜へ来るために買ったので、ここで降りたいと答えた。駅員はしばらく画面を見て、もう一度同じ質問をした。小川さんが同じように答えると、それ以上は聞かなかったという。駅員は切符へ赤い「無効」の印を押して本人へ返し、改札の横から外へ出した。追加の運賃は払っていない。
1月31日、私は小川さんから現物を見せてもらった。学生証のケースに入れて持ち歩いていた。薄い橙色の紙で、金額は220円、日付は2022年1月29日。赤い印が駅名の一部に重なっているが、式場前と読めた。裏の黒い帯に、目立つ傷や折れはなかった。本人の了解を得て、学生証は写さずに撮影した。

切符の裏には、黒い磁気の帯がある。改札機はそこに書かれた買った駅や運賃を読み、入口では入った駅と時刻を書き足す。出口では、その切符でここまで乗れるかを確かめる。小川さんの切符は、入口では問題なく読まれ、出口で止められたことになる。
私は、切符の写真と、本人が覚えていた購入時刻を、了解を得て鉄道会社へ送った。汐見浜の券売機が、その名の券を出せるのかを知りたかった。
会社の担当者は、券売機の行き先に式場前は登録されていないと答えた。その日の販売記録を調べると、本人が買ったという17時前後に、220円券が1枚あった。ただ、その行き先の欄は空白で、駅を数字で区別する欄には「000」と入っていたという。
会社は2月1日、同じ券売機で220円券を試しに20枚出した。どれも行き先は三崎浜と印刷され、販売記録にも三崎浜の番号が入った。券売機の点検でも、印字の部品に傷みは見つからなかったという。
紙には名前があり、販売の記録には名前がない。印字の装置が空白の欄を読み違え、別の文字を刷った可能性もある。私は、三崎浜の出口で止められた理由も尋ねた。情報を読み取れない切符として扱われたのなら、同じ不調の続きかもしれなかった。
会社から届いたのは、対応した駅員が窓口に残した控えの説明だった。確認用の端末には「途中出場」と表示された、と書かれていた。目的地より手前の駅で降りようとしている、という意味の表示である。駅員が小川さんへ話した「まだ先」という説明は、それを読んでのことだった。
私は端末の画面そのものを見ていない。ここは駅員の控えと会社の返答による。ただ、少なくとも駅員は、読めない券としてではなく、目的地へ着く前に外へ出ようとしている券として対応していた。行き先の番号が壊れ、途中の駅と誤って判定された可能性は残る。それでも、この切符の情報が、入口では通る券として、出口では先へ向かう券として扱われたことは確かだった。
私は、以前調べた式場前という名前の資料も開き直した。2020年11月の記事で扱った、三崎浜急行の下り最終列車の録音である。
終点の汐見浜へ着き、「終点です」と流れた後、ドアの開く音に続いて「次は、式場前」という声が入っていた。現在の路線図にその駅はなく、汐見浜の先の線路は車止めで終わっている。
当時、郷土資料館で見た昭和40年代の仮設停留所一覧にも、式場前という名が1行あった。祭りや海水浴の時期など、必要な期間だけ列車を停めた場所をまとめた紙だが、その行は位置と設置期間の欄が空白だった。名前を見つけても、地図のどこにあったかは分からなかった。
その記事の取材で話を聞いた元車掌の柏木寛治さんにも、2月2日に電話で尋ねた。自動放送が始まる前、柏木さんが乗務に使っていた下り最終列車用のカードには、「汐見浜(終)」の下に鉛筆で「式場前」と書き足され、「案内のみ」と添えてあった。
「切符ですか。昔は窓口で厚紙の切符を売っていましたが、式場前の切符は棚にありませんでした。案内のみというのは、停めない、売らない、という意味だと思っていました。上りのカードには、式場前の字はありません。あれは下りの最終だけの話です」
録音を提供した佐藤裕成さんに今回の券のことを伝えると、終点の先まで行く券なのだろうか、と聞かれた。
私は、小川さんが乗ったのは、終点の汐見浜から三崎浜へ向かう上りの列車だったと説明した。録音にあった下り列車が着いた向きとは、反対である。柏木さんの話でも、式場前は下りの最終列車が汐見浜に着いた後にだけ案内された名前で、上りの列車とは結びついていなかった。しかも端末は、三崎浜を目的地の手前の駅と判定した。録音を手掛かりに式場前を汐見浜の先へ置くと、三崎浜が「途中」になる理由がなくなる。録音と端末の表示は、同じ名前を、汐見浜から見て反対の側に置いていた。
小川さんには、名前が古い資料にもあったことと、場所は分かっていないことを伝えた。小川さんは、そこに何があるのか見に行きたい、とは言わなかった。自分が買ったのは、いつもの駅まで行くための220円券だと言った。
切符を持ち歩く理由も、珍しい駅名を残しておきたいからではないという。あの日、正しい金額を選んだはずなのに、改札に止められると、自分が何か間違えたように感じた。駅員の印があれば、その切符はもう使わなくてよいと確かめられる。
「無効の判子がなかったら、まだ乗っていなきゃいけない気がしたと思います。だから、捨てられないんです」
その後、小川さんは家を出る前に、交通系のカードが財布に入っているかを確かめるようになった。汐見浜の券売機では、あれから一度も切符を買っていない。
私は撮影した切符を返した。小川さんは駅名の方を隠さず、赤い「無効」の印が表に見える向きで、学生証の後ろへ切符を差し込んだ。それからケースを閉じ、上りの列車の時刻を確かめに、駅の方へ歩いていった。



