地方の町では、正午になると防災無線のスピーカーからチャイムが流れる。毎日同じ時刻に鳴るので、近くに住む人はたいてい気にも留めない。鳴っている間に何が聞こえなくなるかも、気にしない。
北都県柳瀬市本町一丁目に住む男性、片岡信久さん(74歳)は、暑い日の正午になると、道のセミがそろって鳴きやむと話した。長く住んでいるので、もう慣れたという。送ってくれた2021年8月の動画では、木の葉が揺れ続けているのに、12時から約50秒、周囲の音が途切れていた。
「セミが一斉に黙るんです。夏の昼は毎日なので、そういうものだと思っていました」
両側にケヤキの並ぶ、長さ約400メートルの住宅地の道である。北の端には防災無線のスピーカーがあり、普段は正午のチャイムが聞こえる。道沿いには60軒ほどの家があり、ケヤキは46本ある。夏は枝が道の上で重なり、昼でも日陰になる。片岡さんの家は、道のほぼ真ん中にある。
片岡さんの隣に住む女性も、正午の静けさを知っていた。ちょうど宅配の車が止まっていた日に、エンジンの音まで消えたことがあるという。「耳がおかしくなったのかと思って、耳を押さえました」
動画を撮った携帯電話が、自動で録音の音量を下げた可能性もある。私は、自分で聞いて確かめることにした。
2022年7月16日、道の真ん中で正午を待った。12時になるとセミの声が消えた。風の音も、離れた家の室外機も聞こえない。チャイムもなかった。
腕時計は進み、木の葉は揺れていた。遠くの道を車が通るのも見えた。52秒後、周囲の音が一度に戻ったように聞こえた。セミだけがいっせいに休んだ、と説明できる静けさではなかった。私の携帯電話でも録音していたが、音量を自動で整える設定は切ってあった。その52秒は、ほぼ無音のまま記録されていた。
市の防災担当者へ尋ねると、この日のチャイムは予定どおり52秒間送信されたという。流しているのは柳瀬市民歌の1番のメロディーで、毎日同じ長さだと説明された。送信した記録だけでは、道のスピーカーが鳴ったかどうかまでは分からない。音が止まったのか、それとも私のいた場所で聞こえなくなったのか、別の場所でも同時に聞く必要があった。
7月18日も晴れた。私は片岡さんと、近隣に住む宮下和明さん(52歳)に協力を頼んだ。北端の脇道からは、ケヤキの並ぶ道の中にいる人が見える。遠くへ離れずに、2か所を比べられそうだった。

録音を始めるときには、私と片岡さんがケヤキの道の内側へ、宮下さんが北端から脇へ出た道へ立った。参加したのは3人で、それぞれが携帯電話を持っていた。11時台に話しかけ、手をたたいてみると、どの場所でも聞こえ、録音にも入る。端末を交換しても同じだった。
12時、私は再び何も聞こえなくなった。宮下さんが手を振り、口を動かしている。聞こえないことを伝えようと、私は声を出した。喉は動いているのに、自分の声も聞こえなかった。
続いて手を2回たたいた。手のひらが当たる感触はあるが、音はしない。片岡さんも首を振った。私は数歩ずつ北へ進み、脇道へ出た。そこで初めて、チャイムの途中が聞こえた。
ケヤキの道へ戻ると、また聞こえなくなった。北端のスピーカーへ近づけば大きくなる、という変わり方ではない。私が立つ場所を変えると、同じ放送が聞こえたり、聞こえなくなったりした。52秒が過ぎると、道の内側でも音が戻った。
3人で録音を聞き比べた。宮下さんの録音には、チャイムが初めから終わりまで入っていた。私の声も、手を2回たたいた音もある。宮下さん自身も、同じ音を直接聞いていたという。ただ、録音の私の声は、言葉の形がはっきりしない。抑揚だけが残り、問いに返事をしているように聞こえた。
一方、片岡さんの録音には、その間の声も拍手も入っていなかった。私の端末も、内側では録れず、脇道へ出たところではチャイムを録っている。内側へ戻ると途切れ、52秒の終わりにまた周囲の音が入った。録音を途中で止めて作った空白ではない。
私の手が音を出していなかったのなら、宮下さんにも聞こえないはずだ。道の外へ音が抜けない壁がある、という説明でも合わない。中で私が出した声と拍手は、外では聞こえていた。この日比べた範囲では、聞く人と録音する端末のいる場所が、結果を分けていた。
防災担当者は後日、北端のスピーカーの音量も確かめてくれた。故障はなく、南の端に住む人も、その日のチャイムを最後まで聞いていた。
52秒の間に往復できたのは北端の一部だけで、約400メートルの道全体を測ったわけではない。端末ごとの録音の特性も詳しく調べ終えてはいない。ただ、最初に聞いた「セミが鳴きやむ」という話から、確かめる対象は変わった。セミが黙ったのではなく、道の内側にいる者に、その間の音が届いていなかった。私は自分の拍手を、後から他人の録音で初めて聞いた。
片岡さんも、その録音を何度も聞いていた。正午の静けさに慣れてはいたが、その間に自分で声を出したことはなかったという。
録音を聞き終えると、片岡さんは、道の南の端に石碑があると言った。私たちは歩いて見に行った。腰ほどの高さの石に、「市民歌制定記念植樹 昭和三十六年」と刻まれている。その下に、歌の一節が彫ってあった。
「ひるのしらべに こえをあずけて けやきはそだつ まちのみち」
柳瀬市民歌の2番の歌詞だという。チャイムで流れるのは1番だが、メロディーは同じである。作詞したのは当時の中学校の国語の先生で、植樹の日に、昼に歌った声を木が覚えて育つ、という意味だと生徒に話したという。
片岡さんは、この植樹に出ていた。当時13歳で、中学校の同級生と苗木を1本ずつ植えた。植え終えた正午に、全員で市民歌を歌ったという。苗木は46本で、植えたのも本町の中学校の1年生46人だった。
「2番まで歌いました。歌の文句の意味なんて、考えたこともなかったです。植えたのは、北から7本目の木です」
同級生のうち、今も本町に住む人は10人ほどいる。片岡さんによると、そのうちの1人は、夏の昼はこの道を通らないようにしているという。理由を聞いたことはない。
市の防災担当者によると、正午のチャイムに市民歌を使い始めたのは、防災無線を入れた1985年からである。それより前のことは、記録にない。片岡さんが正午の静けさに気づいたのは、いつごろからか覚えていないという。
石碑の歌詞と、道で起きていることが関係するのかは分からない。歌は歌で、植樹は植樹である。ただ、内側で出した声が、内側の誰にも聞こえず、外へだけ届いていたことは、録音に残っていた。
宮下さんは、私に聞き返されたので声を大きくした、と話した。「聞こえますか」と問い続けたのも、少しは聞こえていると思ったためだった。
私は、何も聞こえないと伝え続けているつもりだった。宮下さんには、私がその都度答えているように聞こえていた。こちらが聞こえないと知らせるたびに、向こうは会話を続けようとしていた。宮下さんは、次に同じことをするなら、紙に字を書いて見せ合おうと言った。
帰りがけ、片岡さんは北から7本目のケヤキの前で足を止め、幹に手を当てた。正午にはまだ間のある時刻で、セミがうるさく鳴いていた。幹の目の高さに、植えたときに付けた番号札の跡が、小さなくぼみになって残っていた。片岡さんは、しばらく手を当てたままでいた。



