地方の家で飼われるインコは、家族の口癖を覚えて話すことがある。たいていは名前や挨拶で、誰の言葉なのかは家族が聞けばすぐに分かる。
「トシオ、傘持ったかね」
北都県南條市でインコを飼う川村登美子さん(68歳)が台所でその声を聞いたのは、2022年8月3日の朝だった。年配の女性が背後から話しかけたように聞こえたという。振り向くと、鳥かごのセキセイインコが首をかしげていた。
家族にトシオという人はいない。それでも今では、出掛ける予定のない朝に、登美子さんが「持ったよ」と返事をすることがあると聞いた。
「誰かのお母さんの声だと思いました。うちの言い方とは違うんです。うちは、傘持ったの、と言うので」
インコを買ったのは6月。4月に市内のペットショップでかえり、20代の店員が育てたひなだった。店員は、その言葉は教えていないと答えた。ただ、客の声やラジオまで、店内で聞いた音をすべて確かめられるわけではない。登美子さんが知らない言葉を話すことだけなら、以前どこかで覚えたとも考えられた。
登美子さんはカレンダーに、声を聞いた朝の天気を記していた。取材までに8月の5日間で聞いており、いずれも朝から雨だった。晴れた朝に同じ呼び掛けを聞いた覚えはないという。
傘を見せたり、雨だと話したりする前から鳥が言うのか。私が尋ねると、登美子さんは傘を玄関の戸棚へしまい、天気の話をする前に録音を始めるようにしたと答えた。雨の音や窓の外の明るさまで、鳥から隠していたわけではない。
8月13日、私は朝から登美子さんの家で待った。夜明け前から雨が降っていた。7時40分ごろ、インコが例の言葉を話し、その後も2回繰り返した。以前もらった録音とよく似た、ゆっくりした声だった。
登美子さんが「持ったよ」と答えると、鳥は止まり木を移り、餌をついばみ始めた。
初めは「トシオはいないよ」と答えていたが、それでは繰り返したという。「傘はあるよ」でも止まらず、「持ったよ」と返した朝に静かになったため、その言い方を使うようになっていた。
毎回必ず止まるとは言えない、と登美子さんは付け加えた。確認させてもらった3回分の録音では、返事の後に同じ呼び掛けはなかった。私は、言葉の意味を理解したのか、声を掛けられて注意が変わったのかは分からないが、返事の後に静かになることはある、と受け取った。
登美子さんが町内会の知人へ尋ねたところ、2本向こうの通りに、トシオという80代の男性が住んでいた。本人の了承を得て、私は電話で話を聞いた。トシオさんは84歳になる。
トシオさんの母親は1979年に亡くなっていた。生前は、雨の朝に同じ言葉で送り出してくれたという。インコの録音も知人から一度聞かせてもらっていた。
「玄関の土間に立って、毎朝そう言うんです。勤めに出るようになってからも、雨の日は必ず。もう40年以上、誰にも言われていませんでした」
ただ、母親の録音は残っていない。トシオさんも、言い方は似ているが、今の記憶だけで本人の声だとは決められないと話した。トシオさんはペットショップの客ではなかった。登美子さんの家へ行ったこともないという。
鳥に会いに行くかは、まだ決めていないという。トシオさんが尋ねたのは、誰がその声に返事をしているのか、ということだった。
登美子さんが「持ったよ」と答えていると伝えると、トシオさんはしばらく黙った。子どものころ、雨でも外で遊びたくて、母親へ同じ返事をしたことがあるという。実際には、傘を持っていない日もあったそうだ。
トシオさんは、13日朝には自分も傘を居間へ持ってきていたと話した。声のことを聞いて気になり、外出の予定はないのに玄関から出したという。時刻の控えはなく、私が鳥の声を聞いた7時40分と重なるかは分からなかった。
私は次の雨の朝に、トシオさんが傘を持つ時刻と、鳥が話す時刻を別々の家で残せないか相談した。
16日朝、私はトシオさんの家へ行き、登美子さんの家では登美子さんの夫、川村勝久さん(70歳)にインコを撮影してもらった。事前に、撮影する電話の時計と、私が時刻を記す電話の時計を比べた。観測中は通話をつながなかった。トシオさんは窓を閉めた居間にいて、鳥の姿も声も分からない。
私はトシオさんが傘を持ち上げた時刻を書き留め、後から勝久さんの撮った映像と比べた。
その朝、インコは登美子さんがいつもの返事をしても呼び掛けを続けていた。トシオさんが傘を持ち上げた時刻の直後に、声が止まっていた。
トシオさんはしばらく傘を持った後、床へ置いて別の話を始めた。鳥の映像では、その後にまた名前を呼んでいた。私がもう一度持ってもらうと、映像上では再び声が止まった。
こちらから、傘を持つよう頼んだ時刻を登美子さんの家へ知らせてはいない。トシオさんも鳥の反応を見て動いたわけではなかった。ただ、一朝の2回の一致で、傘を持てば必ず止まるとまでは言えない。母親の声だという裏付けにもならない。
13日に私が見たのは、登美子さんが返事をした後に黙る鳥だった。16日には、その返事があっても声は続き、別の家で傘を持った時刻と停止が重なった。登美子さんへの反応だけを調べていればよいのか、分からなくなっていた。
確認を終えた後、トシオさんは雨の日には傘を居間の椅子のそばへ置くことにした。外出の予定がなくても、座った所から手に取れるようにしておくという。私は置き場所を撮影した。

翌17日、私はインコがかえったペットショップを訪ねた。ひなを育てた店員の中村さん(26歳)が、育てた部屋を見せてくれた。店は古い家を直した建物で、ひなの部屋は表の入口のすぐ横にある。床は石を敷いた土間のままだった。
「元は玄関の土間だったそうです。冬でも温度が変わりにくいので、ひなを置くのにちょうどいいんです」
店が開いたのは2015年で、その前は長く空き家だったという。私はトシオさんに、子どものころに住んでいた家の場所を尋ねた。トシオさんが口にした町名と番地は、ペットショップの住所と同じだった。
トシオさんの家は、母親が亡くなった2年後の1981年に人手に渡った。トシオさんはその後、今の家へ移っている。建物が残っていることは知っていたが、店になってからは前を通っても中へ入ったことはなかった。
「土間の、右の柱のそばです。母はいつも、そこに立っていました」
中村さんに、ひなの箱を置いていた場所を尋ねた。中村さんは、入口から見て右の柱のそばを指した。
中村さんは、ひなの部屋でラジオをつけたことはなく、話しかけるのは名前と「おはよう」くらいだったと話した。客が入るのは店の奥の売り場で、土間の部屋には入れていない。インコが言葉を覚えたのが店なのか、登美子さんの家に来てからなのかは、分からない。
トシオさんは、まだ鳥には会いに行っていない。登美子さんも、自分から返事をするのをやめたという。今は呼び掛けが止まるまで待ち、そのとき、別の家のトシオさんが傘を手に取ったのかもしれないと考えるようになっていた。
店を出る前に、私はトシオさんに電話で柱のことを伝えた。トシオさんは少し黙ってから、一度その土間に立ってみたいと言った。電話を切ると、中村さんは、柱のそばに置いてある新しいひなの箱を、そのままにしておくと話した。箱の中では、7月にかえった3羽が身を寄せて眠っていた。



