公共の公園や街頭に設置された時計の中には、故障や電池切れではないにもかかわらず、特定の時間だけ正確にずれ続ける奇妙な時計が存在することがある。
北都県南條市の住宅街にある「桜台公園」。その中央広場に立つ鉄柱の上のからくり丸型時計は、近隣住民の間で「9分足して読む時計」として知られている。時計の文字盤が15時00分を指しているとき、実際の日本標準時は15時09分。待ち合わせや子どもの帰宅の目安にする住民たちは、長針の指す数字に頭の中で9分を加算して生活するのが日常となっていた。
2022年9月24日、私も現地を訪れて確認した。持参した電波腕時計とスマートフォンの時刻表示が15時00分を示した瞬間、頭上の柱時計は14時51分を指していた。その後の経過を観察したが、30分後には15時21分、1時間後には15時51分を示し、少しずつ遅れていくのではなく、きっかり9分の差を保ったまま正確に時を刻み続けていた。
公園を管理する南條市役所のみどり景観課によると、この時計は決して放置されてきたわけではない。維持管理簿を確認すると、今年だけでも6回にわたり専門業者による点検と時刻修正が行われていた。しかし、作業報告書の「修正完了・正常動作確認」のサインの翌日には、確認欄に決まって鉛筆で「9分遅れに戻る」と書き残されていた。
市から委託を受けて点検を担当していた地元企業「南條精密計器」の技術責任者に話を聞いた。市が保管する修理票には、単なる針送りだけでなく、徹底的な原因究明の記録が残されていた。
この時計はもともと、1964年の東京オリンピックの年に、地元商店街の「村井時計店」から公園へ寄付されたものだった。鋳鉄製の外枠やレトロな文字盤は当時のままだが、内部のムーブメント(駆動機械)は2010年に市によって最新の電波修正式クオーツへと換装されている。標準電波(JJY)を受信し、毎日未明に針の位置を自動補正する仕組みで、本来なら機械的な遅れが生じる余地はないはずだった。
業者は当初、高圧電線や周囲の樹木による電波受信障害を疑い、手動で基準位置を修正した。しかし翌朝には再び9分遅れた。次に疑われたのは、針の軸の緩みやギアの噛み合わせの摩耗だった。針が物理的に滑っているのであれば、日を追うごとに遅れが累積していくはずだが、この時計はどれほど日数が経過しても「9分遅れ」から前後に1秒もズレない。
原因を突き止めるため、業者は9月上旬、時計の頭部を針や文字盤ごと柱から取り外し、自社の整備作業場へと持ち帰って隔離点検を行った。もし公園の設置環境や取り付け金具の歪みが原因なら、作業場では正常に動くはずだった。
作業場の作業台に時計を据え、基準用の高精度デジタルタイマーを並べて48時間の連続通電テストが行われた。

テスト中、時計は一切の遅れを見せなかった。比較用のデジタル表示が15時00分を示した瞬間、丸型時計の針も寸分の狂いなく15時00分を指していた。業者が見せてくれた点検記録写真でも、その正確さは裏付けられている。2日間の観察期間中、文字盤の針は標準電波に完全同期し、1秒の誤差も発生しなかった。
「機械にも電子回路にも、どこにも故障は見当たりませんでした。私たちは安心し、時計を再び公園の柱の上へ戻しました。ところが翌朝見に行くと、まるで何事もなかったかのように、また9分遅れていたのです」
業者は、公園に戻した日の夕方から翌朝にかけて、柱時計と基準用タイマーを同時に収める定点暗視カメラを設置し、夜間の挙動を録画した。私はその検証映像を見せてもらった。
映像の中で、信じがたい挙動が記録されていた。
深夜2時00分。時計内部のプログラムに従い、標準電波の定期受信ルーチンが開始された。針が早送りで回転し、いったん比較用タイマーと完全に一致する「2時00分」を指した。ここまでは正常な自動修正の動作である。
ところが、針が2時00分でぴたりと止まった直後、比較用タイマーが時を刻み続けているにもかかわらず、柱時計の秒針と長針が微動だにしなくなった。そのまま「きっかり9分間」、時計は完全に沈黙を保った。
そしてタイマーの表示が2時09分00秒を迎えた瞬間、まるで誰かが合図を出したかのように、秒針が何食わぬ顔でステップ運針を再開したのである。遅れた9分を取り戻そうとする補正動作は一切入らなかった。こうして、毎晩未明の定期補正が行われるたびに、時計は自ら「9分間の静止」を実行し、翌朝の9分遅れを自作自演していたのだった。
「最新のクオーツ基板に、意図的に9分間だけ回路をスリープさせるような機能はありません。プログラムのバグで起きる動作でもない。まるで時計自身が、9分遅れていなければならない理由を知っているかのようでした」
私は、1964年にこの時計を寄付した「村井時計店」の足跡を調べた。店は桜台商店街の外れにあったが、店主の村井忠雄氏が高齢となったため、1990年に惜しまれつつ閉店している。
現在74歳になる忠雄氏の長女・和子さんに連絡を取り、父親が公園に時計を寄付した当時のことを尋ねた。和子さんは、私の質問を聞くや否や、懐かしむように小さく笑った。
「公園の時計、今でも遅れているんですね。父の店にあった時計も、全部そうだったんですよ」
和子さんによれば、忠雄氏は店内で販売していた振り子時計や腕時計だけでなく、近隣の住民から預かって修理を終えた時計に至るまで、店内の壁にかかっているすべての時計を、必ず「9分遅れ」に針を合わせて並べていたという。
客へ引き渡す直前になって初めて、忠雄氏は客の目の前で竜頭を回し、正しい時刻に合わせてから箱に収めていた。なぜ店にある間だけ9分遅らせておくのかと家族が尋ねても、忠雄氏は「この町には、9分遅れていないと間に合わない用事があるんだ」と煙に巻くだけで、決して本当の理由を明かさなかった。
「1964年に公園へ時計を寄付した日、父が脚立を持って公園へ行き、取り付けたばかりの文字盤の前で針を合わせていた後ろ姿を覚えています。父はあのとき、店の時計と同じように、あの柱時計にも9分遅れの針を持たせたのかもしれません」
忠雄氏は1995年に他界しており、その真意を確かめる術は残されていない。手動でゼンマイを巻いていた時代の機械式時計と、2010年に換装された電波時計の間に、物理的な共通部品は文字盤と外枠しか残っていない。それでも、最新の電子基板は公園の柱の上で毎晩、かつての時計職人が手作業で行っていたのと同じ「9分の遅れ」を正確に再現し続けている。
南條市はその後、原因不明のまま時計のムーブメント全体を別メーカーの製品へと再交換する計画を立てた。しかし、近隣の自治会から意外な要望書が提出されたため、工事は保留となった。
担当の安藤氏が見せてくれた要望書には、こう記されていた。
『桜台公園の時計を、急に正しい時刻へ直さないでほしい。近隣の住民は皆、9分を足して見ることに慣れており、今さら予告なく直されると、かえって電車や学校に遅刻する者が続出する』
住民たちにとって、9分遅れ続ける時計はもはや狂った機械ではなく、半世紀以上にわたってこの町に定着した、信頼できる日常の基準となっていた。
取材を終えて公園を後にする夕方、部活動帰りの男子中学生が時計を見上げ、「あと9分あるな」と言いながら自販機へと歩いていく姿を見かけた。時計の長針は、夕暮れの空の下で、静かに9分前の時刻を指していた。



