南條市の集会所の火の番に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。長机を挟んで椅子が並ぶ集会所。端の椅子の近くに玄関へ続く開口がある。

町内の行事の役割分担には、本人が引き受けた覚えのない返事が、記録の上では残っていることがある。

北都県南條市の住宅街にある集会所では、毎年12月の終わりに餅つき会が開かれる。庭に餅米を蒸す釜を据え、朝から昼過ぎまで火を絶やさないようにする。その間、釜のそばを離れずに火を見ている「火の番」が1人要る。担当は、12月半ばに集会所で開く打合せで、世話役が長机に担当表を広げて決めていく。

世話役の三枝和邦さん(仮名、69歳)は、ここ数年、担当を頼むやり取りを携帯電話で録音している。後で「言った」「言わない」にならないようにするためだという。決まった名前は、担当表の欄に鉛筆で書き込む。

「私の声に聞こえます。でも、火の番は引き受けていません」

2022年11月17日の最初の聞き取りで、西崎修茂さん(仮名、72歳)は、携帯電話の録音を止めてそう言った。前年の2021年12月26日、西崎さんは餅つき会に来なかった。前年の担当表で、火の番の欄には西崎さんの名前がある。三枝さんが録ったという音声には、西崎さんによく似た声で「大丈夫です」と答える部分がある。三枝さんが今年になって西崎さんへ送った、短い録音だった。

西崎さんの代わりに釜のそばに残ったのは、近所の森谷敏晴さん(仮名、66歳)だった。森谷さんは、その日の午後に予定していた孫の発表会に出られなかった。「できないなら、先に言ってくれればよかった」。森谷さんからそう言われて以来、西崎さんは餅つきの話に加わらなくなったという。

今年11月、次の餅つき会の相談が始まった。「去年のことをうやむやにしたまま、また役を決められては困る」。西崎さんが私に連絡してきたのは、11月15日だった。

「火の番は、薪をくべて湯の量を見るだけの役ですが、誰かが釜の前にいないと始まらない。だから三枝さんも、名前が埋まるまで何度でも頼むんです」と、西崎さんは話した。

三枝さんは、西崎さんが一度は断ったことを認めていた。ただし、その後に引き受ける返事を聞いたという。西崎さんへ送った録音は、その返事の部分だった。三枝さんは録音の声について、「西崎さんのいつもの席から聞きました」とも説明した。集会所では長机を挟んで椅子を並べる。西崎さんはここ数年、入口に近い椅子に座っていた。

普通に考えれば、西崎さんが一度引き受けて忘れたか、三枝さんが別の人の声を取り違えたかのどちらかだ。録音の日付と、その場にいた人を確かめれば決着がつくと私は考えていた。

11月20日、私は集会所へ行った。西崎さん、三枝さん、森谷さんが集まり、前年の担当をどう決めたのか話し直すことになっていた。机には前年の餅つきの写真が並び、森谷さんは写真に写る釜を指しながら、去年は釜のすすを落とすところまで残ったと話した。

西崎さんは入口に近い席に座った。三枝さんが湯呑みを配り、去年の担当表を机に広げる。私と森谷さんは、西崎さんの向かいにいた。今回も記録を残したいと三枝さんが言い、私たちが了承すると、机に置いた電話で録音を始めた。

三枝さんは担当表の火の番の欄を指した。

「今年はどうしますか。午前中だけでもお願いできますか」

西崎さんがお茶を口に含んだまま、湯呑みを口元から離した。そのとき、横から「午前中なら大丈夫です」と聞こえた。西崎さんの声に似ている。声が聞こえている間、西崎さんの唇は閉じたままだった。湯呑みはまだ手に持っていた。

西崎さんは湯呑みを置き、口元を手で拭いた。

「今のは、私じゃありません。今年もできないと言おうとしたんです」

森谷さんが「飲んでいましたよね」と私に聞いた。私はうなずいた。三枝さんは手元のメモに名前を書きかけ、ペンを止めていた。

西崎さんは、前年に送った断りの文も見せたいと言い、電話を取りに立った。上着は玄関のハンガーに掛けてあった。私も席を立ち、戸口までついていった。西崎さんが上着のポケットを探すところは、部屋からも見えている。

三枝さんは空いた椅子へ向けて声を掛けた。

「それでは、午後からも難しいですか」

「午後も大丈夫です」

返事は、先ほどまで西崎さんが座っていた所から聞こえた。西崎さんは電話を手にして、私の横に立っていた。「ほら、また」と言った声は、玄関で近く聞こえた。室内の返事と、その声の出た場所は違っていた。

森谷さんは椅子の後ろへ回り、下をのぞいた。椅子は机から少し引かれ、脚の間には何もなかった。三枝さんは机の上の電話で録音を続けており、声を再生する操作はしていない。西崎さんは、私の横でメッセージの一覧を開いていた。

私は、それ以上、返事をさせるために質問するのをやめてもらった。三枝さんは、席を外した人から返事が聞こえたことは以前にもあると話した。廊下や便所から答えているのだと思ったこともあったという。

「西崎さんは、今もできないと言っています」と私が伝えると、三枝さんは玄関と椅子を交互に見た。

「ええ。でも、こちらでは大丈夫だというので」

誰に確かめればよいのかと尋ねるように、三枝さんは私を見た。

森谷さんは玄関まで行き、西崎さんに、録音を理由に責めたことを謝った。自分も声は聞いたが、西崎さんが引き受けたとは言えなくなったと話した。今年の役は、その場で決めなかった。

私は、3人が玄関へ出た後に部屋を撮った。西崎さんの湯呑みが、入口に近い席に残っていた。

霧島秀一撮影。入口近くの、机から少し引かれた空の椅子。前の長机に湯呑みが置かれ、背もたれの下から床まで見える。
霧島秀一撮影。2022年11月20日、南條市内の集会所。入口に近い椅子と、その前の机に置かれた湯呑み。3人がいったん玄関へ出た後に撮影。

私が玄関へ戻ると、西崎さんが電話の画面を差し出した。2021年12月18日に三枝さんへ送った文が表示されていた。

「明日の打合せは欠席します。26日も母を迎えに行くので、火の番はできません」

西崎さんの母親は市外の施設に入っていて、年末の数日は家で過ごさせているという。その下には、三枝さんから「分かりました」と返事があった。西崎さんが断ったのは餅つき当日だけではない。担当を決める集まりにも行かないと、前日に伝えていた。

三枝さんが返事を録ったという日は、その翌日の19日だった。三枝さんの電話に残る録音の作成日時も、12月19日の午前になっている。西崎さんは、一度断ってから引き受け直したのではなく、その場へ行っていないと、改めて話した。私は三枝さんに、19日は誰と集まったのかを尋ねた。

「私だけです。ほかの人も都合がつかなくなったので、打合せは中止にしました」

それなら、録音にある西崎さんに似た声をどこで聞いたのか。三枝さんは、先ほど西崎さんが座っていた椅子を指した。

「ここです。火の番を頼んだら、あの返事があったんです」

私は録音の前後も聞かせてもらった。三枝さんが26日の火の番を頼み、声が「大丈夫です」と答える。続けて三枝さんが「朝から最後までお願いしていいですか」と尋ねると、「ここにいますから」と返っていた。

三枝さんは、餅つき当日は朝から最後まで集会所にいてくれるという意味に受け取ったと話した。西崎さんから前日に届いた断りより、その後に聞いた返事を信じた。担当表の火の番の欄には、西崎さんの名前の横に、三枝さんの字で「19日 了承」と書き添えてあった。

三枝さんは、玄関で上着を着ている西崎さんに「でも、ちゃんと返事は……」と言いかけた。私は、去年、その椅子に誰も座っていなかったことは分かっていたのかと聞いた。

「分かっていました。来られないということだったので、先に返事だけ聞いておこうと思ったんです」

西崎さんと森谷さんが帰った後、三枝さんは西崎さんの湯呑みを下げ、入口に近い椅子を長机の下へ押し戻した。手元のメモには、書きかけて止めた名前が、そのまま残っていた。

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