夢を書き留める習慣のある人の記録には、会ったこともない別の人の記録と、ささいな手順まで重なる箇所が見つかることがある。
2022年11月2日、北都県柳瀬市に住む真紀さん(仮名、34歳)から相談が届いた。夢の中で一緒に働いていた人を探してほしいという。春から何度も、小さな売店で働く夢を見る。自分は会計台に立ち、奥にいる男性に品物や釣り銭を出してもらう。店の名前も場所も、男性の名前も分からない。
10月の終わりから、その男性が夢に出てこなくなった。それで、似た相談が届いていないか私に尋ねたのだという。私は、長く顔を合わせた人がどうしているか気になったのだろうと思った。
真紀さんは夢を見た朝、ベッド脇の小型の録音機に、覚えていることを話して残していた。夢の細部は、目が覚めて少したつと抜け落ちる。だから着替える前に録るのだという。送られてきたのは、そのうちの1本だった。冒頭で本人が「9月7日」と言い、少し黙ってから客の話を始めている。
売店の釣り銭は、ふつう会計台の皿や引き出しから出す。足りなくなれば、奥にしまった予備の硬貨から補う。真紀さんの話す夢の売店も、その手順で動いていた。
客に50円玉を返そうとすると、穴のあいた金は嫌だと言われた。会計台には10円玉が足りず、真紀さんは奥へ声を掛けた。男性が出してくれた10円玉5枚を、客の言うとおり紙袋の隅に入れ、落ちないように隅をねじって渡したという。その後は、男性に頼まれて1人で閉店まで残ったという話が続いた。
私はこの場面を、店の奥の側から書いた文章で読んだことがあった。
日記を送ってきたのは、別の相談者で、南條市に住む修一さん(仮名、61歳)だった。修一さんは9月12日に、初めて私へ連絡をくれた。夢の中でいつも同じ店にいるので、似た話がないかという相談だった。起きた後に手書きしているというノートの写真が、メールに添えられていた。
「9月7日」のページには、会計台の女性から10円玉を求められ、段ボール箱をどかして缶から5枚取ったとあった。客が50円玉の穴を嫌がったことと、女性が紙袋の隅をねじったことも書いてあった。真紀さんの録音には、奥の缶も段ボール箱も出てこない。修一さんの日記には、客が買った品物が何だったか分からないとある。同じ出来事を、会計台の前と店の奥という別の位置から見たような違い方だった。
店で働く夢そのものは、珍しくないだろう。釣り銭が足りなくなる場面も、夢ならいくらでも起こりそうだ。しかし、50円玉の穴を嫌う客、10円玉5枚、紙袋の隅をねじる手つきという三つが、同じ日付のもとでそろっていた。
まず、私自身が話を混ぜた可能性を考えた。私はこの日記を記事にしておらず、誰にも見せていない。真紀さんの録音も、修一さんの日記の内容を伝える前に受け取った。日記の写真が届いたのは9月12日、録音が届いたのは11月2日だった。
次に日付を確かめた。日記の日付は修一さんが手で書いたもので、録音の日付は真紀さんが口で言ったものだ。後に真紀さんと会ったとき、私は了承を得て録音機の本体を見せてもらった。そのファイルの作成日時は、9月7日6時12分になっていた。紙に書いた日付と、機械が付けた日付が、同じ朝を指している。ただし録音機の時計は後から合わせ直せるので、これだけで録った日を確定することはできない。
2人が知り合いで、どちらかが相手の話を聞いていた可能性もある。夢の中の相手について、2人とも現実の知人には思い当たらないと言う。住んでいる市も勤め先も重ならない。だが、これまで夢の話を誰にしたかまでは追えていない。この一致だけで、同じ時に同じ夢を見ていたとは言えない。
私は2人の承諾を得て、記録の一致した箇所を、名前を伏せたまま伝えた。真紀さんはすぐに、会って話せないかと尋ねた。修一さんは断った。連絡先も渡さないでほしいという。
11月9日、真紀さんに会った。録音機はベッド脇の小さな台に置いてあった。以前は夢の続きを覚えておきたくて録っていたが、今は男性が戻ったかどうかを残すために使っているという。売店の夢を見た朝は、起きてからも店に長く立っていたような疲れが残ると話した。
「夢の中では、奥の人の顔はちゃんと見えないんです。棚の陰から手だけが出てくる。声は低くて、少しかすれています。それでも、いないと分かるんです」
「その人も覚えているなら、話は早いですよね」
真紀さんは、修一さんが会わない理由を何度か尋ねた。私には、本人が望んでいないとしか答えられなかった。
11月12日には、修一さんが日記の原本を持ってきた。釣り銭の記述は、9月に受け取った写真と同じだった。別のページに売店の絵があり、手前に会計台、奥の床に段ボール箱が描かれていた。本人の記憶を絵にしたもので、描いた日は分からなかった。私は修一さんの許可を得て、文章のある部分を紙で覆い、日記を撮影した。
日記は、枕元に置いたノートに、起きてすぐボールペンで書いているそうだ。絵の段ボール箱は、奥の床に横に並んでいる。缶はその後ろにあるので、絵には描かなかったという。
「両替の缶は、いつも箱の後ろにあるんです。箱をどかさないと手が届かない。会計台の人からは見えない場所です」

修一さんは、この店の夢を最近は見ていないと話した。現実には売店で働いた経験がない。夢を見るのが嫌になっていたので、見なくなってほっとしているという。
「同じことを覚えているのは気になります。でも、会ってその話をしたら、また店に戻る気がするんです」
11月14日、私は真紀さんに、紹介はできないと伝えた。真紀さんは小さな手帳を出し、11月21日の欄を開いた。そこに「売店、代わってもらう」と書いてあった。
「9月に私が残った分です。今度はこの日を代わってほしいんです」
私は録音をもう一度聞いた。閉店まで残った話の中で、真紀さんは、男性が帰るときに「次に困ったら自分が代わる」と言ってくれたとも話していた。私は釣り銭の一致にばかり注意を向けて、この部分を聞き流していた。たくさんある録音の中から、なぜ真紀さんがこの1本を送ったのかも、尋ねていなかった。
修一さんの日記にも、その日は会計台の女性に頼んで先に帰ったと書かれていた。その下に「借りができた」と1行ある。9月に写真で読んだときは、夢の中のちょっとした気遣いを書き留めた言葉だと思っていた。
11月21日は、後から真紀さんが選んだ日だった。翌朝は勤め先の給食センターの早番で、5時前に家を出なければならない。少なくともその晩は、店の夢を見ずに眠りたいという。
私は、その日に眠れば店へ行けるのかと尋ねた。真紀さんも、それは分からないと答えた。そのうえで、起きている修一さんから返事がほしいと言った。真紀さんが探していたのは、男性の様子よりも、あの日の約束を覚えている人だった。
「私が代わったことは、向こうにも書いてあるんでしょう」
修一さんは最後に1度だけ、私を通じて返事をすることに同意した。閉店を代わってもらい、お礼に今度は自分が代わると言った記憶はある。ただ、望んだ日に同じ夢を見られるか分からないので、約束はできない。返事はそういう内容だった。
11月16日、私は返事の文面だけを真紀さんに渡した。連絡先は知らせなかった。真紀さんは返事を読み、手帳の11月21日の欄に「断られた」と書き足した。その上にあった「代わってもらう」は消さなかった。



