柳瀬市の絵の集まりの梅の風呂敷に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。描きかけの紙と筆、水入れがある机の向こうに、無地に見える紺の風呂敷が台から垂れている。

地方の町には、近所の人が集まって絵を描く会がいくつもある。花や台所の道具など、身の回りの物を机に置き、それぞれ水彩で写す。道具は家から包んで持ってくる。包みをほどいた風呂敷が、そのまま描く物になることもある。

北都県柳瀬市に住む榛沢富枝さん(72歳)は、友人と梅の柄を描く約束をしたつもりだった。絵の集まりへ持っていく風呂敷を広げた。向かいにいた友人の田ノ上恵津子さん(70歳)には、紺色の布しか見えなかったという。

2023年1月22日、恵津子さんの家でのことだった。2人は月に2回、近所の仲間と花や身の回りの物を描いている。富枝さんは水彩絵の具の箱と筆を、白い梅の花が付いた紺の風呂敷で包んで通っていた。使い始めてから、4年ほどになるという。

前の集まりで、次は梅を描こうという話になった。富枝さんは風呂敷の端をつまみ、「これなら、いつでも持って来られます」と答えた。恵津子さんは、その中へ花瓶を包んで運ぶつもりなのだと受け取った。庭にある梅を切って持ってくる人が、ほかにもいたためだった。

22日、富枝さんは風呂敷を広げ、向かいの恵津子さんへ持ち上げて見せた。恵津子さんが花はどこかと聞くと、富枝さんは布の角にある白い枝を指した。恵津子さんには指の下まで紺色に見えた。

富枝さんは、裏を向けてしまったと思い、布を裏返して見せた。それでも恵津子さんは、柄はないと答えた。富枝さんが自分で確かめるために布を戻すと、手元には白い花と枝があった。

2人は布を何度か持ち替えたが、富枝さんが見せようとする柄を、恵津子さんは見られなかった。その日のうちに恵津子さんから私へ連絡があり、富枝さんも一緒に見てほしいと話した。電話では、自分の目がおかしくなったのかと思ったとも話していた。

私が訪ねたのは1月25日の午後だった。恵津子さんの居間で、富枝さんは風呂敷を膝に広げて待っていた。布は大判で、紺の地の一角に白い枝が伸びていた。枝の先と途中に、5枚の花びらがある花が付いている。私は富枝さんの肩越しに、その模様を見た。

「ここなら見えますか」

富枝さんが言い、恵津子さんも隣へ来た。恵津子さんは初めて梅を見たと言った。それから机を挟んだ元の席へ戻り、富枝さんに布を持ち上げてもらった。私も恵津子さんの横へ移った。こちらへ向いている面は、端から端まで紺色だった。

富枝さんは両手で上の角を持っていた。布を下ろして裏返し、また同じように持ち上げる。私たちに向いた面には柄がなかった。富枝さんの側へ回ると、白い梅がある。枝と花の輪郭ははっきりしており、光に透けた薄い影とは違っていた。

どこかで布をねじって、同じ面ばかり見ているのではないか。私は全体を動かさずに見たいと頼んだ。恵津子さんが、室内で洗濯物を干すための台を持ってきた。横棒に洗濯ばさみで上の2か所を留め、風呂敷を折らずに垂らした。

私は机側に立ち、富枝さんも私の隣にいた。恵津子さんは布を挟んで反対側、戸口の近くに立った。私の前には白い梅が見えていた。恵津子さんに聞くと、そちらは無地だという。

富枝さんが布の脇を通り、恵津子さんの方へ歩いた。私が見ていた白い花が、外側から紺へ変わった。枝の先も紺色になり、最後には周りの地と同じ紺色になった。布の角を留めた洗濯ばさみは動いていない。私の前を人や物が横切ったわけでもなかった。

「今、こっちにあります」

恵津子さんが言った。私は机側に残り、富枝さんに戻ってきてもらった。富枝さんが横へ並ぶと、先ほど消えた場所に白い枝が現れた。今度は恵津子さんが、自分の前にある梅が消えたと話した。

部屋の明かりは付けたままで、窓のカーテンも動かしていない。富枝さんが布のどちら側に立つかに合わせて、私たちの前の模様が変わった。布の表裏を返したわけではなかった。私が見たのは、動かしていない布の片面から梅が消え、戻るところだった。

私は富枝さんと並んだまま、風呂敷を正面から撮影した。白い花と、その下に垂れている紺の布が一緒に写った。反対側へ行ったときの変化を、1枚の写真だけで示すことはできない。

霧島秀一撮影。2つの洗濯ばさみで台に留めた紺の風呂敷。片隅から伸びる白い枝と、5枚の花びらがある梅の花が見える。
霧島秀一撮影。2023年1月25日、田ノ上さん宅。確認後、富枝さんと同じ机側から撮った風呂敷。上の2か所を留め、白い梅の柄がこちらを向いている。

富枝さんは布を外して机へ広げた。私は、前にも同じように誰かへ梅を見せたことがあるか尋ねた。集まりで包みをほどくたび、季節に合っているでしょう、と話したことはあったという。ただ、そのとき相手が柄を見たかまでは聞かなかった。

恵津子さんは、富枝さんがいつも柄を内側にして包んでいると思っていた。布の扱いが丁寧なのだと受け取っていたという。

「前に、きれいだと言ってくれたでしょう」

富枝さんは恵津子さんに尋ねた。恵津子さんは、花瓶を包んで運んだ日のことなら覚えていると答えた。見ていたのは、ほどいた布の中から出てきた花だった。

話の途中で、恵津子さんが押し入れから紙ばさみを出してきた。集まりの仲間が描いた絵を、年ごとにまとめて預かっているという。2021年3月の束を探すと、その月の題は「仲間の持ち物」だった。

その回は、富枝さんの包みを机の中央に置き、5人で描いた。結び目を上にした、絵の具箱の包みである。紙ばさみには、そのときの5枚がそろっていた。

恵津子さんの絵を含めて4枚は、包みを紺一色で塗っていた。結び目の影だけを濃くしてある。富枝さんの1枚だけに、紺の地の角から白い枝が伸び、花が2つ描かれていた。

富枝さんは、ほかの人が梅を描かなかったのは、細かい柄を省いたからだと思っていたという。恵津子さんは、自分が紺一色で塗ったことを覚えていなかった。絵の裏には、2人とも同じ日付を鉛筆で書いていた。

紙ばさみには、2022年の束もあった。その年の秋、富枝さんが風呂敷ごと花瓶を運んだ日の絵では、3人が花瓶の下に敷かれた布まで描いている。どれも紺一色だった。富枝さんの絵では、布の端に白い枝がのぞいていた。恵津子さんは、自分の絵と富枝さんの絵を並べて、しばらく黙っていた。

風呂敷は、富枝さんの夫が2019年の春、旅先の染物店で買ってきた物だった。夫は翌年に亡くなっている。富枝さんは、夫が買ったときの話を思い出そうとしたが、店の名前までは出てこなかった。夫は、包みを持って出掛ける富枝さんを、いつも玄関で見送っていたという。

次の集まりでも、この梅を描くのか。恵津子さんが尋ねると、富枝さんは少し考え、みんなにも一度見てもらいたいと答えた。恵津子さんは、布を掛ける台の前へ椅子を並べればよいと言った。富枝さんにも、描く人と同じ側へ座ってもらうことになる。

1月29日の集まりには、私も呼んでもらい、見学した。台は同じ場所に置き、布の机側へ5人の椅子を並べた。富枝さんもそこに座り、皆に梅が見えることを確かめてから描き始めた。ほかの3人のうち、宇佐美さん(75歳)は、2021年に包みを紺一色で塗った1人だった。この日は、枝の分かれ目から描き始めた。もう1人は、花びらの数を指で数えてから筆を取った。

休憩の時刻になると、富枝さんがお茶を運ぶために立った。台の脇を通って戸口へ向かうと、机側の梅が消えた。恵津子さんはまだ枝を描いていた。紙に筆を近づけたまま、無地になった布を見ていた。

富枝さんが振り返り、「戻りましょうか」と言った。恵津子さんは筆を水入れへ置き、お茶を飲んでから続きを描くと答えた。富枝さんの椅子は空いたままで、机側から白い梅が見えるのは、描きかけの紙だけだった。

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