柳瀬市の離れの引き戸に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。木の食卓に置かれた、丸い持ち手のある銀色の鍵1本。

古い家の離れや作業小屋には、部屋の明かりのスイッチが室内ではなく、廊下側の壁に付いているものがある。中で働く人は、外にいる人が勝手に明かりを消さないと信じて机に向かうことになる。

「鍵は渡してあったんです」

北都県柳瀬市で商品の袋詰めを請け負う早坂正邦さん(仮名、63歳)は、私の電話にそう答えた。2023年1月28日の土曜日の夕方、手伝いの須原登美恵さん(仮名、58歳)が早坂さん宅の作業部屋から出られなくなり、警察へ通報した。須原さんが探していたのは鍵ではなかった。鍵を差す戸が、なくなっていたという。

須原さんは前年の秋から、早坂さんの仕事を週に数日手伝っていた。作業場所は、早坂さん宅の離れにある小部屋だ。廊下へ出る引き戸が1か所あり、窓は天井近くの小さな換気窓だけだった。天井灯のスイッチは、引き戸のすぐ右横、廊下側の壁に付いていた。

早坂さんは手伝いを頼んだ最初の週に、部屋の鍵を須原さんに渡した。自分が留守の日も仕事に来てよい、という意味だった。年明けからは、一緒に働く日は必ず須原さんを先に廊下へ出し、自分が最後に出て明かりを消すようになった。須原さんはそれを、戸締まりまで任せてもらえる信用のしるしだと受け取っていた。

1月28日は、翌日に引き渡す商品の袋詰めが残っていた。須原さんは夕食の支度があるので17時には帰ると、朝から伝えていた。17時を過ぎても早坂さんは作業を続けるよう求め、2人は言い合いになったという。

早坂さんが先に廊下へ出た。須原さんは椅子の下の鞄を取ろうとしていた。戸口から「鍵を持っているんだから、帰るなら自分で閉めて」と言われた。その直後に引き戸が閉まり、天井灯が消えた。

机の上の小さな電気スタンドは点いたままだった。須原さんが顔を上げると、戸のあった所に白く塗った横板の壁が続いていた。引き戸の茶色い枠も、金属の引き手もなかった。

「暗くて見えなかったんじゃないんです。スタンドで、壁の板の目まで見えていました」

須原さんは携帯電話のライトも点け、壁へ近づいた。板の継ぎ目を指でたどっても、戸の端に当たらない。さっき早坂さんが通った所には、周りと同じ板が横に並んでいた。床にあった戸の溝も、壁の下で見えなくなっていたという。

須原さんは早坂さんへ電話し、戸がないと伝えた。「電気をつけてください」と頼むと、早坂さんは、仕事の話を終えてからだと答えた。須原さんは通話を切って110番にかけた。電話では、知人の家の離れから出られないことと、天井灯を消されて戸が見えなくなったことを話したという。

通報のあと、須原さんは壁をたたいて呼び続けた。早坂さんの返事はなかった。

しばらくして天井灯が点き、正面に茶色い戸枠が現れた。須原さんは引き手をつかみ、鍵を使わずに戸を開けた。廊下には警察官と早坂さんがいた。警察官に促されて、早坂さんがスイッチを入れたのだという。

私が須原さんから連絡を受けたのは翌29日だった。31日に須原さんの自宅で話を聞き、携帯電話の発信履歴を見せてもらった。17時16分に早坂さんへ、17時19分に110番へかけた記録が残っていた。通話の内容は録音されていない。室内の経過は、須原さんの証言による。警察からは、28日に現場へ行き、須原さんが外へ出たことは確認できたが、捜査の内容については答えられないという返事だった。

普通に考えれば、説明はいくつかある。言い合いの直後で動転し、明るさの変わった部屋で戸の位置を見失った。引き戸の前に何かが立てかけてあった。あるいは、須原さんの思い違い。しかし須原さんはスタンドの明かりで板の目を見ており、手で壁をなぞっている。戸の前に置ける物は部屋になかったと、早坂さんも認めた。

早坂さんには2月1日に電話で話を聞いた。須原さんが中にいるのを知りながら消灯したこと、電話で点灯を求められたあとも警察官が来るまで点けなかったことは認めた。そのうえで、部屋の鍵は掛けていない、と何度も繰り返した。

早坂さんによれば、引き戸の錠は、内側ではつまみを回し、廊下側からは鍵を差して開け閉めする作りだ。鍵を掛けなければ、中の人はいつでも戸を引いて出られる。須原さんに鍵を渡したのも、自分がいない日に須原さんが外から戸締まりできるようにするためだった。電話で点灯を求められたとき、なぜすぐに点けなかったのかと聞くと、早坂さんは少し黙ってから「戸は開いているんだから、出ようと思えば出られたはずです」と答えた。須原さんが戸がないと伝えたことには、最後まで触れなかった。

2月3日の金曜日、須原さんが置いたままの私物を引き取ることになった。本人は部屋へ入らず、付き添いの親族に持ち出してもらうと決めていた。私は2人と一緒に早坂さん宅へ行き、早坂さんの了承を得て廊下に立ち会った。須原さんは、明かりを消さないよう念を押し、荷物が出るまでスイッチの前に立っていた。

天井灯は点いていた。親族が作業用の前掛けとはさみを廊下へ出し、ほかに私物はないと伝えた。中に人がいなくなってから、早坂さんが戸を閉め、いつものようにスイッチへ手を伸ばした。須原さんがその手を見た。

「消す前に、言ってください」

早坂さんは手を止めた。全員が廊下にいることを確かめ、消すと告げてからスイッチを押した。廊下の照明は点いたままだった。

茶色い戸の下の端から、白い横線が伸びた。線は両側の板壁の継ぎ目とつながり、戸の上にも同じ間隔で線が現れた。引き手が薄くなり、茶色い枠が白くなった。戸を引き込む音はしなかった。目の前には、両側の壁と一続きの白い板壁があった。私は廊下に立ったまま、その壁に指を当てた。板の継ぎ目は途切れずに続いていた。

早坂さんはすぐに点灯した。白い板の中央に、茶色い枠と引き手が戻った。人のいない室内へ確かめに入ることは、私はしなかった。戸が戻ってから、廊下で写真を撮った。

霧島秀一撮影。白く塗った横板の壁にある茶色い木製引き戸。金属の引き手があり、廊下側の右隣に照明のスイッチが付いている。
霧島秀一撮影。2023年2月3日、荷物を運び出した後の作業部屋。点灯後、廊下から撮影。引き戸の右側に天井灯のスイッチがある。

須原さんが荷物を確かめていると、早坂さんは鍵を返してほしいと言った。須原さんはポケットから鍵を取り出した。私は早坂さんに、28日に戸口でなぜ鍵の話をしたのかと尋ねた。

「帰ってはいけないとは言っていません。鍵も掛けていません」

須原さんは、鍵を差し出しかけた手を止めた。

「年が明けてから、私が先に出たのを必ず確かめていましたよね。これを知っていたからですか」

早坂さんはうなずいた。1月の初め、1人で残業した夜に廊下で明かりを消し、戸がなくなることに気づいたという。点ければ戻ることも、そのとき確かめた。それからは須原さんが廊下へ出たのを見てから、明かりを消していた。28日は、須原さんがまだ鞄を取っているところで戸を閉めた。

私は、消すと出られなくなることを須原さんに伝えたのか聞いた。早坂さんは伝えていないと答えた。

「ちゃんと先に出てもらっていましたから。28日は、仕事の話が終われば点けるつもりでした」

年明けからの気遣いに見えた順番は、この部屋の性質を知った人が、相手に知らせないまま守っていた手順だった。鍵は、戸がある間しか役に立たない。早坂さんはそれを知っていて、28日に須原さんへ鍵の話をした。

須原さんは、もうここでは働かないと伝えた。早坂さんも、部屋は使わず、建物を業者に見てもらうと答えた。

須原さんは鍵を早坂さんの手には渡さず、廊下のスイッチの下にある棚へ置いた。それから親族と一緒に玄関へ向かった。早坂さんは棚の鍵を取り、スイッチの位置を確かめるように一度だけ見てから、ポケットに入れた。

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