雪の多い町の商店には、朝のうちに店先の雪を両脇へ寄せ、客の通る道を一本だけ空けておく習慣がある。寄せた雪は、日が当たって溶けるか、次の雪に埋もれるかのどちらかで、空けた通路へ自分から戻ってくることはない。
2023年2月5日の日曜日の午前、私は北都県深海市で、買い物に寄った青果店の前に立っていた。店主の芦尾征治さん(54歳)が、雪かきの手を止めていた。通路に残った雪をどけるところだと思ったが、雪の方が動いていた。白い塊が敷石の継ぎ目を越え、店の入口へ向かって少しずつ進んでいた。
芦尾さんは、その朝に積もった雪を店先の両脇へ寄せていた。商品を並べる台と台の間を空け、買い物用のカートが通れるようにしていたという。私が着いたときには、入口まで敷石が見えていた。芦尾さんは空になったミカンの木箱を台の下へ押し込み、雪かきを続けようとしていた。カートを引いて来た常連客の登坂節江さん(76歳)が、足元を指した。
「さっき、そっちへよけませんでしたか」
通路の真ん中に、片手を広げたくらいの雪があった。丸い雪玉ではなく、薄くつぶれた楕円形で、上に茶色い落ち葉が1枚載っている。芦尾さんは、それを雪かきの先に載せ、台の下の日陰へ置いたばかりだと答えた。
私は初め、雪の下の水で滑ったのだと思った。敷石には細い濡れ跡があり、台の下へつながっていた。置いた場所から、ゆっくり滑り出してきてもおかしくないように見えた。
そのとき、雪の店側の縁が細く伸びた。伸びた部分が敷石に付いたまま、雪の中央が盛り上がり、後ろの縁が前へ近づいた。平たく戻ると、塊全体がさっきの継ぎ目より先にあった。上の葉は裏返らず、同じ面を上にしていた。滑る物なら、こうして縁を伸ばしてから後ろを寄せる動きにはならない。
芦尾さんは雪かきの柄を両手で持ち、刃を地面から離した。私と登坂さんも足を止めた。雪は誰の靴にも触れていない。風を疑ったが、伸びて縮む動きを繰り返す間、そばに落ちていた小さな紙片は動かなかった。
「下に何かいましたか」
私が聞くと、芦尾さんは、すくったときは雪だけだったと答えた。雪かきの刃に載せた塊を傾けて下ろしており、裏側も見えていたという。ネズミや虫が潜っていれば、そのとき気づいたはずだ。ただ、動く物だとは思わなかったので、それ以上は調べていなかった。
雪は店の入口へ向かっていた。入口の前には、外の敷石より5センチほど高いコンクリートの土間がある。カートの車輪なら越えられる低い段だが、平たい雪が滑って上がれる形ではない。
私は横へかがみ、段と雪の先を見た。段に突き当たった雪は、一度薄く広がった。それから店側の縁が上を向き、コンクリートの縦の面に沿って伸びた。上の角へ届くと、白い縁が角を越え、土間に載った。
後ろ半分はまだ敷石の上にあった。中央が段に沿って曲がり、上に載った部分が土間の奥へ広がっていく。残った部分が敷石から引き寄せられ、最後の白い縁まで段を越えた。雪の上の葉も、ひっくり返らずに上がっていた。
水が数滴、段の下へ落ちた。雪は水と逆向きに、高い方へ進んでいた。芦尾さんも登坂さんも、雪や土間に手を触れていない。私は雪の先が段へ当たってから全体が上がるまで、目を離さずに見ていた。斜面を転がり落ちた雪でも、屋根から落ちて跳ねた雪でもなかった。
後で確かめると、店先の敷石は、雨水が道へ流れるように、入口から通りへ向かってわずかに下っていた。私が硬貨を敷石に立てて手を離すと、硬貨は通りの方へ転がった。朝の雪解け水も、細い筋になって通り側の側溝へ流れていた。雪はその傾きに逆らい、入口の方へ進んできたことになる。
登坂さんはカートを自分の後ろへ引いた。芦尾さんは、いったん店の横で待ってほしいと頼んだ。雪のすぐそばを車輪が通らないようにするためだった。ほかに出入りする客はおらず、登坂さんも急いでいないと答えた。
私は芦尾さんに名乗り、普段どのような記録を書いているかを伝え、写真を撮ってよいか聞いた。芦尾さんはうなずいた。私は入口を含めて店先を撮り、それから土間の雪へカメラを向けた。撮っている間にも、雪の後ろに小さな水滴が残った。

雪は土間を斜めに進んでいた。行く先は、入口の横にある商品台の下だった。そこも、芦尾さんが朝に雪を寄せた場所で、台の陰にはまだ白い山が残っていた。あちらへ行きたいのかと登坂さんが言ったが、何を目指しているのかは分からなかった。
芦尾さんは、店を継いでから10回ほど冬を越したが、今までに同じものを見たことはないと話した。朝は店の幅いっぱいに雪があり、まとめてすくっていた。動く塊を寄せたつもりはなかった。台の下から出てきたのは、この一つだけだった。
登坂さんは、別のことを覚えていた。この店に40年近く通っているという。
「先代のころは、入口の横の台の下だけ、春まで雪を残していましたよ。ほかは道まできれいにかくのに、あそこだけ。どうしてか聞いたら、置いておく所だから、と言われました」
先代は芦尾さんの父親で、10年ほど前に店を譲ったという。芦尾さんは、父が台の下の雪を残していたことは知っていた。片付けが面倒なのだと思い、自分の代になってからも、何となく同じ所へ雪を寄せていたのだと話した。理由を聞いたことはなかった。
土間を進む雪は、初めに見たときより平たくなっていた。葉の周りから白い粒が崩れ、濡れた土間に残った。中央が盛り上がっても、その高さは小さくなっていた。空は晴れており、店先には日が差していた。
登坂さんが、芦尾さんの持つ雪かきを見た。
「そこで溶ければ、片付くんじゃないですか」
芦尾さんは刃を雪へ近づけなかった。柄を壁に立て掛け、先ほどしまった空の木箱を取り出した。通路へ置こうとしてから、登坂さんのカートを見て、土間の端へ寄せた。木箱の影は、雪の手前で切れていた。
芦尾さんは箱を少し傾けた。影が伸び、雪と、そこから商品台の下までの短い距離を覆った。雪はその影の中でも、同じように伸びて縮んだ。
「通れますよ。こちらから」
芦尾さんは登坂さんに、箱と反対側を示した。登坂さんがカートを押して店へ入る間も、芦尾さんは箱から手を離さなかった。箱を戻せば雪に日が当たる位置で、持ち続けていた。
雪が台の下の山に届いたのは、それから数分後だった。白い縁が山の裾に触れると、そこから先は見分けがつかなくなった。山の上には、茶色い落ち葉が1枚載っていた。
2日後の7日、私はもう一度店を訪ねた。通路の雪はすっかり溶け、敷石は乾いていた。入口の横の商品台の下には、ひと回り小さくなった白い山が残っていた。台の前には、空のミカンの木箱が、日差しをさえぎる向きに立ててあった。
芦尾さんは6日の朝、施設で暮らす父親に電話をかけ、台の下の雪のことを尋ねたという。父親との話はあまり続かなかった。それでも、雪が段を上がって台の下へ戻ったと話すと、父親は「あれは出てくるから、戻る所を残しておけ」とだけ言ったそうだ。いつから、何が出てくるのかは、聞き返しても答えなかった。
私は台の前にかがんで、山の上を見た。5日に見た落ち葉は、溶けた雪と一緒に山の裾まで下がっていた。山は、台の脚の影の中に収まる大きさになっていた。
「春まで置いておきます」と芦尾さんは言った。それから、雪かきの刃が台の下へ入らないように、柄を壁の反対側へ掛け直した。



