家で弾くピアノの音は、鍵盤から指を離せばすぐに止まり、右のペダルを踏んでいても、しばらく響いてから小さくなって消える。弾き終えた後に部屋が静かになるのは、弾く人にとって曲の終わりの合図でもある。
周防絹江さん(62歳)は、ピアノを弾き終えた後に、姉の周防朱実さん(66歳)の拍手を待っていた。最後の低いドだけが残り、朱実さんは膝の上で両手を開いていた。絹江さんが鍵盤から手を離し、椅子を引いても、その音は消えなかった。
2023年4月9日の日曜日、北都県南條市にある絹江さんの家でのことだ。私が同じピアノの前に座ったのは3日後だった。鍵盤にもペダルにも誰も触れていないのに、低い音が聞こえた。絹江さんは、9日の演奏以来、この部屋へ入るたびに聞こえると話した。
絹江さんは、小学校を卒業するまで習っていたピアノを、2年前から弾き直している。月に1度、近くに住む朱実さんが訪ねてくる。茶を飲む前に、その月に練習した曲を1曲聴いてもらっていた。
朱実さんはピアノを習ったことがない。途中で絹江さんがつかえても、先を急がせずに待つ。最後まで弾くと拍手をし、絹江さんも椅子から立って頭を下げる。客は1人だけだが、途中でやめないで弾く練習になるのだという。2年前に練習を再開してから、朱実さんがこの拍手を欠かしたことは一度もなかった。
4月9日に弾いたのは、数分の短い曲だった。絹江さんは最後の和音に、左端にいちばん近いドを添えた。そのまま少し響かせ、鍵盤から両手を、ペダルから右足を離した。いつもなら、そこで音は小さくなって消える。
ところが、ほかの音が消えた後にも、低いドが同じ強さで聞こえた。絹江さんが両手を膝へ下ろすと、朱実さんは足元を見た。
「まだ踏んでる?」
絹江さんは両足を椅子の下へ引いた。それでも音が残ったので立ち上がり、朱実さんもピアノへ近づいた。鍵盤は全部戻っていた。2人でペダルを踏んで離しても、音は変わらなかったという。
朱実さんは拍手をしないまま台所へ行き、湯を沸かした。茶を入れて戻っても鳴っていた。およそ1時間後、帰るときにも、ピアノの部屋から同じ音が聞こえたと話した。
絹江さんは翌朝、いつも調律を頼んでいる野波嘉夫さん(70歳)へ電話をした。10日に来た野波さんは、音を止める部品を調べたが、その日のうちには止められなかった。絹江さんから私へ連絡があったのは、その夜である。12日に野波さんがもう一度来るので、一緒に聞いてほしいということだった。
壁際に、黒い縦型のピアノが置かれていた。電源を使って自動で演奏する仕組みや、スピーカーは付いていない。1978年に両親が買い、絹江さんが実家から引き取ったものだという。私は絹江さんに案内されて部屋へ入り、野波さんが前の板を外すところから見せてもらった。
鍵盤を押すと、内部のハンマーが弦を打つ。指を離した後は、ダンパーというフェルトの付いた部品が弦へ戻り、振動を押さえて音を止める。右のペダルは、その部品を弦から離し、音を長く響かせるためのものだと、野波さんが説明した。ペダルを踏んだままにしても、弦の揺れはだんだん弱まる。低い音でも、1分もすれば耳ではほとんど聞き取れなくなるという。
鳴っているのは、絹江さんが最後に添えたドと同じ高さだった。このピアノでは、その鍵に対応する太い弦は1本だった。野波さんが示したダンパーは、弦へ戻って接していた。ペダルの動きを伝える部分も、引っ掛かったままにはなっていないという。
野波さんは、別の低い鍵を1つ押した。ドに別の音が重なり、指を離すと、後から鳴らした音だけが消えた。続いて、鳴り続けているドの弦を、フェルトを挟んで手で押さえた。低いドは聞こえたままだった。
「これで止まらなければ、ダンパーが戻らないだけではないんです」
野波さんは弦から手を離し、工具を取り出した。音の高さを合わせるときと同じように、その弦の張りを少し緩めた。鍵盤を打たずに工具を動かしている間、聞こえていた音が低くなった。手を止めても、低くなった音は続いた。
弦の張りを元へ戻すと、音も元の高さへ上がった。野波さんがもう一度、同じ弦を押さえても、今度はドの高さのまま聞こえていた。私はピアノの斜め前に立ち、工具を置いた後にも音が続くのを聞いた。
部屋のほかの場所から、たまたま似た高さの音が聞こえているのではないか。そう尋ねると、野波さんは、自分も初めはそれを考えたと答えた。しかし、触っている弦の張りに応じて音の高さが変わる。
野波さんは、その場での分解をそこまでにし、調べた内容を同業者にも伝えて相談すると話した。私は前板の外れたピアノを撮影した。鍵盤の上には誰の手もなく、足元のペダルも踏まれていなかった。写真に写せるのは、その状態までである。

私が部屋にいた約2時間、音は途切れなかった。私は途中で、携帯電話の録音機能で10分間、ピアノの前の音を録った。後で音の大きさを示す画面を見ると、録り始めから終わりまで、ほとんど同じ高さの帯が続いていた。普通に打った弦なら、帯は時間とともに細くなっていくはずだ。何日間も通して録音したわけではないので、9日から一度も止まっていないかどうかは分からない。少なくとも目の前では、弦を打ち足すことなく鳴り続け、弦を押さえてもやまなかった。
音は大きくなく、普通の声で話せた。部屋を出て扉を閉めると、廊下では小さく聞こえた。絹江さんは、隣の居間ではテレビを見ていると気にならないが、消した後に耳を澄ますことがあると言った。夜はこの部屋の扉を閉め、離れた寝室で寝ている。近隣から音について言われたことはないという。
「消えたかと思って、見に来るんです。そうすると、まだ聞こえるので」
絹江さんは9日以来、曲を弾いていなかった。野波さんが点検で鳴らしたほかの音は、その都度やんでいる。別の曲を弾けば音が消えるという理由もなく、絹江さんは次の練習を始められずにいた。
4月24日、私は再び絹江さんの家へ行った。ピアノの前板は戻され、鍵盤の蓋も閉じていた。部屋へ入ると、12日に聞いたのと同じ低い音がした。野波さんから、止める方法が見つかったという連絡は、まだなかった。相談した同業者の誰も、押さえた弦から音が続いた例は知らなかったという。
この日は朱実さんも来ていた。前の月に、次に聴きたいと話していた曲の楽譜を持ってきたという。絹江さんは受け取った冊子を開かず、ピアノの上に置いた。
朱実さんは、9日は最後まで弾けていた、と絹江さんに言った。途中で止まった所も、弾き直した所もなかった。絹江さんはうなずいたが、椅子には座らなかった。
9日に拍手をしなかった理由も、朱実さんはこの日に話した。子どもの頃、2人を音楽会へ連れて行った母に、最後の音が消えるまでは手をたたかないよう言われていた。帰り道には、どこで拍手をすればよかったかを、母がいつも2人に話して聞かせた。9日も、ドが消えるのを待っていたのだという。
「まだ、拍手してなかったね」
朱実さんはそう言って、両手をたたいた。絹江さんは、閉じた鍵盤の蓋から1歩離れ、姉の方へ向き直って頭を下げた。
拍手が終わると、低いドが聞こえた。朱実さんはもう手を構えず、絹江さんに「お茶にしよう」と言った。絹江さんは楽譜をピアノの上に残し、姉と部屋を出た。最後に私が出るのを待って、扉を閉めた。



