南條市の住宅地の水路清掃に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。2023年5月14日朝、住宅と畑の間にある浅いコンクリートの水路。水が幅いっぱいに流れ、岸にはバケツとスコップが置かれている。片側の低い段から底へ下りられる。

地方の住宅地で続く水路の清掃には、水の深さより、誰が水の中へ下りられるかで日取りが決まっていることがある。

北都県南條市の住宅地では、住宅と畑の間を通る水路を、住民が月に1度清掃している。幅は1メートルあまりで、底も両側もコンクリートだ。岸から底までは大人の膝より低い。岸の草を刈る人、ごみを拾う人、水路へ下りて底の泥をすくう人に分かれ、集めた泥は決まった場所に置く。草や空き缶は泥と分けて袋に入れ、あとで運び出す。清掃は朝8時に始まり、9時過ぎには終わる。

この地区に、水路へ下りても靴が水につからない人がいる。水が足元から退くのだという。私に知らせたのは、来月から清掃の取りまとめを引き継ぐ中辻治也さん(仮名、45歳)だった。住民の了承を得て、2023年5月14日、日曜日の朝の清掃に同行した。

「来月からは、私が水路の方を引き継ぎます」

集まった住民の前で、中辻さんは、それまで取りまとめ役だった川添昭重さん(仮名、71歳)へそう言った。川添さんは、今朝のうちに一緒に見ておこうと答え、草を入れる袋を渡した。

この朝の水は、くるぶしが隠れるくらいだった。上流から枯れ葉がゆっくり流れてくる。長靴を履いた横尾定伸さん(仮名、68歳)が、小さなスコップとバケツを持ってきた。水路へ下りると聞いていた男性である。

横尾さんは水路沿いに住み、落ち葉やごみがたまる所を見つけると、以前から取り除いていた。水が退くのに気づいたのは去年の秋で、今年3月と4月の清掃でも、同じように底へ下りたという。

「去年の10月の清掃で、詰まった落ち葉を取ろうとして下りたんです。足を入れたら、水の方がよけた。驚いて上がって、もう一度下りても同じでした。そのときそばにいたのは川添さんだけで、2人ともしばらく黙っていました」

横尾さんは側面の低い段へ右足を置き、左足を水面へ近づけた。靴底が触れる前に、水が左右へ分かれた。灰色の底が現れ、横尾さんはその上へ左足を下ろした。続いて右足も下ろすと、水のない範囲は人がしゃがめるほどの楕円形になった。

私は岸でしゃがみ、斜め上から足元を見た。横尾さんの左右には、くるぶしほどの高さの水の面が立っていた。透明な板でせき止めたように見えるが、板も、土のうも、土を盛った縁もない。水の向こうには、底に沈んだ小石が透けていた。外側の水は止まっていない。枯れ葉が片側を通り、横尾さんの後ろへ流れていった。

まず、底が部分的に高くなっていて、そこだけ水が浅いのではないかと考えた。しかし横尾さんが上流へ1歩進むと、その前の水が退き、後ろでは離れた靴の跡へ水がかぶさった。水のない所は、底の形ではなく、横尾さんの足の位置に合わせて動いていた。

次に、長靴に水をはじく物を塗っているのかと尋ねた。横尾さんは首を振った。川添さんによると、去年の秋に一度、横尾さんの長靴を借りて自分で下りてみたが、水は普通にくるぶしを覆ったという。この朝、中辻さんも少し下流で段から下りてみた。中辻さんの長靴の周りでは、水がそのまま流れていた。

上流で水を止めているわけでもなかった。川添さんと一緒に、水路が田へ分かれる所の板を見に行くと、板はいつもの位置で、水は普段どおり流れ込んでいた。戻ってから、私は岸から細い枝を水の縁へ差し入れた。枝の先は、立った水の面に入ると濡れ、横尾さんの側へ出ると濡れた底に触れた。枝で押しても、水の面の形は変わらなかった。

横尾さんは丸まった菓子袋の前で止まり、しゃがんで拾って川添さんへ渡した。スコップで泥をすくう間も、足元には水が戻らない。バケツが半分ほど埋まると、中辻さんが岸から受け取り、決めてあった場所へ運んだ。

見間違いでないことを、記録にも残しておきたかった。私は横尾さんの了承を得て、岸から足元を撮った。水が退いても底が乾くわけではなく、靴の周りには濡れたコンクリートと泥が写っている。

霧島秀一撮影。浅い水路に立つ横尾さんの長靴を、岸から斜めに見下ろした写真。靴の周りだけ楕円形に水がなく、濡れたコンクリートと泥が見える。左右の水はくるぶしほどの高さで露出した底と接している。
霧島秀一撮影。2023年5月14日朝、横尾さんの足元。濡れた底が露出し、その左右に水の端が立っている。

横尾さんは、どうすれば水を退かせられるのか、自分では分からないと言った。この水路以外で同じことが起きるかは知らない。私も、ほかの場所へ入るよう頼んではいない。

作業が半分ほど進んだ所で、横尾さんはスコップを岸へ置き、腰を伸ばした。水の立った縁は、休んでいる間も同じ所にあった。

「水がないと、楽そうに見えるでしょう」

横尾さんは、低い所で何度もしゃがみ、泥の入ったバケツを持ち上げるのがつらいと話した。長靴のまま水の中に立つより、その方が腰にこたえるという。川添さんは、重い分は岸の人が受け取るからと答えた。

私はほかの参加者にも話を聞いた。以前は長靴で入れる日に、何人かが交代で少しずつ底をさらっていた。横尾さんが下りるようになってからは、水路の中へ入るのは横尾さん1人になった。岸で受け取る人の方が多くなり、バケツを運ぶ順番まで決まっていたという。

清掃の後、私は川添さんの家で、取りまとめ役が引き継いできた作業の控えを見せてもらった。大学ノートに、清掃の日付、参加した人数、その日にしたことが鉛筆で書いてある。数年前までの記録には、「水多し、岸のみ」「雨のため延期」という書き込みが何度も出てくる。水が多い日は誰も下りず、岸から届くごみだけを拾っていた。

底にたまった泥は、毎年秋に市へ頼み、業者に上げてもらっていた。依頼の控えも同じノートに挟んであった。最後の控えは一昨年の秋のもので、去年からは頼んでいない。

去年の秋から、書き方が変わっていた。日付の横に小さく「横」と書かれ、それ以降は延期が一度もない。泥をすくった量も、バケツの数で書かれるようになった。

「横尾さんの都合を先に聞いて、それから皆に日を回していたんです。水の多い日でも、横尾さんが下りれば底まで手が届きますから」

川添さんは、それが取りまとめ役の一番の仕事になっていたと話した。中辻さんが今朝教わったのは、道具の置き場や泥の運び先と、この連絡の順序だった。

「業者さんに頼むと、日が決まるまで何か月も待つんです。それが、毎月きれいになる。皆、助かると言っていました」

川添さんは、横尾さんに下りたいかどうかを聞いたことはなかったと言った。「聞かなくても、毎月来てくれていましたから」

朝に聞いた「水路の方を引き継ぐ」という言葉は、道具や泥の扱いだけでなく、横尾さんの都合を最初に聞く役目を引き継ぐことでもあった。

9時を過ぎ、袋をまとめた住民が帰り始めた。横尾さんは水路脇の低いブロックに座ったまま、来月の清掃は休みたいと川添さんへ伝えた。中辻さんは手袋を脱ぎながら、日が決まったら早めに知らせるので、都合を教えてほしいと言った。

横尾さんは、連絡が遅いから休みたいのではない、と答えた。次は水路へ下りる人を代わってほしいのだという。

「すくわなくてもいいですよ。中に立っていてもらえれば、泥はこっちですくいますから」

中辻さんが言うと、横尾さんは、それなら来月も水路へ下りるのは自分なのか、と聞き返した。中辻さんは、はい、と答えた。川添さんは、来月の日はまだ決めないでおこうと言い、中辻さんも、都合のよい日をあとで教えてほしいと横尾さんへ伝えた。

横尾さんは返事をせず、バケツを持って立った。中辻さんが運ぶと言って手を伸ばすと、バケツは渡した。2人は水路へ下りる段の脇を通り、岸の道を帰っていった。中辻さんの長靴には、刈った草が付いていた。拾い残した小さな葉が、水路の中央を流れていった。

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