地方の家では、夫婦が別々に暮らすことになると、片方が残した衣服を、季節ごとに取りに来ることがある。残った方は箪笥から服を出し、机の上へ重ねて待つ。服同士が袖や金具で絡むことはあっても、ほどけばすぐに離れる。誰も着ていない服が、別の服を押さえ込むことはない。
誰も着ていないカーディガンの両袖が、白いブラウスを抱えて離さなかった。北都県南條市に住む菅波裕規さん(55歳)から、2024年11月29日に写真が届いた。机に残した2着を撮ったもので、服を押さえつける袖が今も動く、と書かれていた。
裕規さんと妻の安津美さん(53歳)は、10月から別々に暮らしている。別居の経緯は伏せ、衣服に起きたことだけを記す条件で、2人から取材を了承してもらった。
安津美さんは11月28日、冬物を持ち帰るためにこの家へ来ていた。裕規さんは箪笥から出した服を居間の机へ重ねておき、その上に自分の紺色のカーディガンも置いていたという。安津美さんが白いブラウスを抜こうとすると、紺色の袖が付いてきた。絡まっているのだと思い、袖口を外そうとした。だが、平らだった袖の中央が机から上がり、その先が内側へ曲がった。もう一方の袖もブラウスの上を横切り、カーディガンの反対側の脇へ袖口を押し込んだという。
2人で袖を引き離そうとしたが、白い布まで引かれて細いしわが寄った。安津美さんは手を離し、その日はほかの服を持ち帰った。ブラウスはまだ使いたいので、捨てずに置いてほしいと頼んだ。
裕規さんは初め、毛糸の静電気で布が張り付いているのだと思った。29日の朝、霧吹きで袖を湿らせ、しばらく置いてから持ち上げてみた。袖は濡れたまま、ブラウスの脇を挟み直したという。机ごと揺すっても、ほかの服の上に載せ替えても、袖は白い布から離れなかった。
電話で話を聞き、服を受け取りに来る安津美さんにも会ってよいか確かめた。2人に都合のよい12月2日の月曜日、私が先に家へ着き、その後に安津美さんが来ることになった。
居間の机には2着があり、その横の椅子には、まだ渡していない薄茶色のコートが掛かっていた。床には口を開けた紙袋があった。私は裕規さんに断り、椅子と袋を撮った。服を詰める前の、引き渡しの支度だった。
カーディガンは前のボタンが外れていた。背中の部分は机に付き、両袖だけが白いブラウスを左右から囲んでいた。袖口は互いに結ばれていない。右袖の先は左脇を、左袖の先は右脇を挟み、ブラウスの上に2本の輪を作っていた。右の袖が上で、左の袖はその下をくぐっていた。
裕規さんはカーディガンの裾を持ち上げ、中を見せた。胸から肩へ続く内側に、腕や棒はなかった。私が横へ回ると、右の袖口が脇の編み地を少し放し、また挟み直した。その間、袖の先は机にもブラウスにも支えられず、空中に止まっていた。開いた袖口の中には、紺色の布の裏側だけが見えた。裕規さんは、28日からこうして時々抱え直す、と言った。
安津美さんが着くと、裕規さんは玄関から居間へ案内した。安津美さんは机の脇へ立ち、ブラウスの襟をつまんだ。手前へ引くと、右の袖が白い布の上を滑って襟の近くまで上がった。安津美さんはすぐに引くのをやめた。
「まだ離さないんだね」
裕規さんは袖の重なりを見ながら、結婚した頃、自分が安津美さんを抱くときも右腕が上だった、と話した。安津美さんは紺色の袖を見ていたが、その話には答えなかった。
「これも今日、持って帰りたい。仕事に着ているから」
安津美さんは10月から、市内の会社で事務の仕事を始めていた。白いブラウスは、その初日に合わせて買ったものだった。この家へ持ってきたのは、11月の初めに洗濯機が壊れ、ここで洗わせてもらったからだという。
袖をほどこうとすると白い布が引かれる。安津美さんは「そっちを切ってもいい?」とカーディガンを指した。裕規さんは裾を一度伸ばしてから、うなずいた。自分で切ると言い、引き出しから裁ち鋏を持ってきた。
裕規さんは右の袖を、肩に近い所でつまみ、筒の両側を重ねて刃を入れた。紺色の編み地が切れ、袖が肩から離れた。左の袖も同じように切った。安津美さんは襟を切れ目から外へ出し、片方ずつブラウスの肩を抜いた。白い布が紺色の袖口に触れそうになると手を止め、裕規さんが袖の切り口を持ち上げた。ブラウスは破れずに机から離れた。
安津美さんは、空いていた別の椅子へブラウスを広げた。ボタンは全部残っていたが、胸の辺りには斜めにしわが集まっていた。持ち帰ったらアイロンを掛けるという。私が撮影を頼むと、袋へ入れる前ならよいと答えた。私は椅子に広げられたブラウスを撮った。

机では、切り離された右の袖が中央で曲がった。切り口が少し浮き、白い布があった所へ下りた。裕規さんは鋏を閉じ、残ったカーディガンの身頃を畳もうとした。右の前ポケットに、硬い物が入っていた。
出てきたのは、四つに折った方眼紙だった。鉛筆で、袖と身頃の形が描かれている。目の数を数えた数字が並び、鉛筆の線は薄くなり、折り目の所で紙が切れかけていた。端に短い書き込みがあった。
「右袖 2段長く。抱えるとき右が上になるから」
安津美さんの字だった。このカーディガンは、安津美さんが結婚した年の冬に編んだものだという。編み図は、渡すときにポケットへ入れたまま忘れていた。裕規さんは、22年間着てきたが、ポケットの紙には気づいていなかった。
「袖が長い気はしていたんです。自分の腕が短いのかと思っていました」
裕規さんは、さっきの話をもう一度した。結婚した頃、安津美さんを抱えると、右腕が上になった。安津美さんはその癖を見ていて、右の袖だけ長く編んだのだと話した。左の袖が下をくぐれるように、と方眼紙の隅にも書いてあった。
安津美さんは方眼紙をしばらく持ったまま、何も言わなかった。それから、28日にブラウスを抜こうとしたとき、袖がどちらから先に動いたかを裕規さんに尋ねた。右だった、と裕規さんは答えた。安津美さんは、そう、とだけ言った。
安津美さんは、カーディガンを編んだのはその1着だけだと言った。毛糸は駅前の手芸店で買い、店の人に編み方を教わった。その店も、今はもうない。袖を長くする書き込みは、店の人に相談せず、自分で決めて足したものだった。
裕規さんは、切った袖をどうするか尋ねた。安津美さんは少し考えてから、ほどいて毛糸に戻すつもりはないと答えた。編み図だけを受け取り、四つに折り直して、自分の鞄の内ポケットへ入れた。
裕規さんは、袖のなくなった身頃を畳み、箪笥の引き出しへ戻すと言った。袖の方は、机の上に置いたままにしておくという。動いているうちは、しまうと引き出しの中で何かを挟みそうだからだと話した。安津美さんは、それでいいと答えた。
私は2人に、袖が動くのはいつまでだと思うか尋ねた。裕規さんは分からないと答えた。安津美さんは何も言わず、机の上の袖を見ていた。切られた後も、2本の袖は白い布のあった形のまま、机の上で輪を作っていた。
安津美さんはコートを受け取り、紙袋の底へ入れた。それからブラウスのボタンを留め始めた。裕規さんが片方の肩を持とうとすると、安津美さんは、ここへ置いたままで畳めると言った。
安津美さんは白い両袖を1本ずつ内側へ折り、裾を重ねた。机の紺色の袖がまた持ち上がる間に、畳んだブラウスをコートの上へ入れ、紙袋の口を両手で寄せた。



