南條市の公民館の落語の稽古の灰色のハンカチに関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。公民館の畳敷きの和室に向かい合って置かれた座布団。片方の前には閉じた扇子、畳んだ手ぬぐい、小さな手帳がある。

地方の公民館では、退職した人たちが和室を借りて落語の稽古をすることがある。発表会の前には、身近な人に一度通して聞いてもらい、分かりにくい所を直す。聞き手が笑えば、そこは残す。笑ったはずみに差し歯が取れることはあっても、歯並びに隙間ができないまま歯が出てくることはない。

落語の稽古を聞いていた人が笑うと、口から歯が落ちた。口を開けても、歯並びに隙間はない。北都県南條市で落語を演じる羽沢英昭さん(72歳)から、友人の口から歯が次々に出てきたと連絡を受けた。

2人は以前、同じ工場で働いていた。羽沢さんは退職後に落語を始め、発表会が近づくと友人の小畑智康さん(74歳)に聞いてもらっている。小畑さんは演じないが、話の分かりにくい所や、登場人物を取り違えた所を、終わってから伝える役だった。

羽沢さんは今年、自分で短い噺を書いた。隣家で留守番をする男が、帰ってきた家主を訪問客だと思い込み、追い返そうとする話だという。12月の発表会で演じるため、せりふを変えながら練習していた。

最初に歯が出たのは2024年11月9日だった。南條市内の公民館の和室で、羽沢さんが家主のせりふを言い、小畑さんが声を立てて笑った。その直後、小畑さんは口へ手を当てた。掌に白い物が2つ載っていたという。

羽沢さんは、差し歯が取れたのだと思った。ところが小畑さんは、舌で歯を確かめてから、どこも欠けていないと答えた。白い物には平たい前歯の形と、先の広い奥歯の形があった。小畑さんはその日は続きを聞かず、2つをハンカチに包んで持ち帰った。

翌週に歯科を受診し、口の中と持参した物を見てもらった。口の中から抜けた場所は見つからず、別の病院でも調べることになったという。歯科医は、持参した物を人の歯だと話し、根の形も残っていると言った。私は診察の資料を見ていない。その後も家でテレビを見て笑った際に歯が出たため、小畑さんは手近にハンカチを置くようになった。

私は11月23日の午後、同じ公民館で2人に会った。この日は噺を演じず、起きた順に話を聞いた。座る前に、2人に断って部屋を撮影した。羽沢さんが使う座布団の前には、閉じた扇子と畳んだ手ぬぐい、小さな手帳が置かれていた。小畑さんはその向かいの座布団に座り、灰色のハンカチを膝へ広げた。

小畑さんは口を開け、下の前歯を指した。右側の1本には、先に小さな欠けがあった。昔からあるもので、40年ほど前、工場で跳ねた金具が当たって欠けたという。羽沢さんも、その日のことを覚えていた。上も下も、私から見える範囲には歯が並んでいた。

羽沢さんは9日の出来事を話すうちに、同じせりふを3回言い直していたことを思い出した。家主がいつ自分の家へ入れるのかを、小畑さんに確かめてもらっていたという。

「あの人、自分の家の前で、3回追い返されたんです」

小畑さんはそう話し、自分で笑い出した。羽沢さんも笑いかけたが、すぐに口を閉じた。

小畑さんの下の前歯から、白い先端が前へせり出した。先ほど見せてもらった、欠けのある歯だった。元の歯が傾いたのかと思ったが、その奥には同じ欠けのある白い歯が残っていた。前へ出た方は長く伸び、先の細い根元まで現れると、下唇の上へ倒れた。小畑さんは顔を下へ向け、膝のハンカチへそれを落とした。歯茎から血は出ていなかった。続いて口から丸みのある白い物が2つ出て、布の上で触れ合った。

小畑さんは、歯の抜ける痛みはなく、口の中に硬い物が増えたと分かるだけだと話した。下唇を指で下げると、小さな欠けのある前歯は、元の所にあった。羽沢さんが脇の低い机を小畑さんの前へ寄せ、小畑さんはハンカチの四隅を持って机へ載せた。私は本人に確かめ、布を開いている間に撮らせてもらった。

霧島秀一撮影。低い木の机へ広げられた灰色のハンカチに、細い前歯の形が1本と、幅のある奥歯の形が2本載っている。
霧島秀一撮影。2024年11月23日、同じ和室。小畑さんが机へ移したハンカチ。平たい歯が1本と、上面にくぼみのある歯が2本載っていた。

撮影の後、小畑さんは鞄から小さな茶筒を出した。9日から家で出た歯を、ハンカチから移してためているという。ふたを開けると、白い歯が11本入っていた。どれも捨てる気になれず、数を数えては茶筒へ戻していた。今日の3本を足すと、14本になる。口の中の歯は1本も減っていないので、困ることはないと小畑さんは言った。ただ、娘に見られたら何と言えばいいか分からないという。

羽沢さんは、扇子の隣に置いていた手帳を開いて見せてくれた。噺の台本を、鉛筆で書き写したものだった。頁のところどころに、横線で消したせりふがある。消した行の脇には、日付が小さく書き込まれていた。

「11月9日」「11月16日」「11月21日」

9日の稽古の後、羽沢さんは小畑さんが笑ったせりふを1つずつ思い出し、消していったという。16日は小畑さんの家へ電話を掛け、噺の続きを口で話して聞かせた。電話の向こうで小畑さんが笑い、その後しばらく黙った。その晩、その部分も消した。21日の書き込みは、羽沢さんが1人で和室を借りて稽古した日のものだった。声に出して言ってみて、小畑さんなら笑うだろうと思った行を、聞かせる前に消したという。

「笑わせたら、また出るでしょう。だから、笑う所を削ってきたんです」

消したせりふは、手帳の半分ほどになっていた。家主が3回追い返されるくだりも、発表会で使う形からは外してあった。小畑さんが今日笑ったのは、自分で思い出して言った一言の方だった。

小畑さんは、手帳を見るのはこれが初めてだった。羽沢さんが噺を短くしていることは知っていたが、自分のためだとは思っていなかったという。

羽沢さんが落語を始めたのは、妻を亡くした翌年だった。家で1人で話す相手がいなくなり、公民館の講座に通い始めた。稽古を聞いて笑うのは、昔から小畑さんだけだったという。発表会の客席では、笑い声はたいてい聞こえない。小畑さんは毎年客席にいたが、本番では声を立てずに聞いていた。稽古の場で先に笑ってしまうからだと話した。

小畑さんは、12月の初めに柳瀬市の娘の家へ移ることが決まっていた。足が弱り、1人で暮らすのが難しくなったからだ。発表会の日には、もう南條市にいない。噺を通して聞けるのは、今日が最後になるかもしれないと話した。

小畑さんは、娘の家で聞けるように、噺を録音してもらえないかと頼んだことがあった。羽沢さんは断った。向こうで1人で笑って、1人で歯を拾うことになる、と言ったという。小畑さんは、それでも構わないと答えたそうだ。

「続きは、どこか変えましたか」

小畑さんが尋ねた。羽沢さんは、最後のやり取りを少し短くしたと答えた。小畑さんは、まだ結末を聞けていないので、どう終わるか教えてほしいと言った。

羽沢さんは扇子を取ったが、すぐに自分の前へ置き直した。

「先に言うと、留守番は、家主を客だと思ったまま中へ入れるんです。自分が買い物に行きたいから。その客に、今度は留守番を頼んで」

普段の話し声だった。小畑さんはうなずき、それでやっと家に入れるのか、と言った。

「その家主の声で、もう一度聞かせてください」

小畑さんは羽沢さんの座布団を見ていた。膝に広げていたハンカチは、歯を包んだまま机の上へ移してあった。羽沢さんは口を開きかけたが、役の声では答えなかった。

「今は、そのまま説明します」

羽沢さんは扇子と手ぬぐいを手帳の上へ重ねた。座布団を離れ、机の小畑さんと同じ側へ座った。小畑さんも羽沢さんの方へ少し体を向けた。向かいにあった座布団が空き、羽沢さんはその方を見ずに、家主に何を言わせるつもりだったかを話した。