地方の家では、最後に風呂へ入った人が湯を抜き、浴槽を洗ってから寝ることが多い。洗い場にかがみ、栓を抜いて残り湯を流す。かがんだときに息が苦しくなる人はいても、湯に顔を入れて楽になる人はいない。家族が浴槽へ倒れ込めば、すぐに引き起こす。
空気の中で息ができなくなった男性が、残り湯に顔を入れて息を吸えるようになった。北都県柳瀬市に住む蔦岡昌久さん(67歳)と、妻の佳津子さん(64歳)の家で、2024年11月14日に起きた。以下は、19日に自宅を訪ね、2人から聞いた経過である。
その夜、佳津子さんが入浴を終えた後、昌久さんは浴槽を洗おうとしていた。栓はまだ抜いていなかった。残り湯は少しぬるくなっていた。昌久さんは、湯へ手を伸ばす前に胸が詰まったと、紙に書いて説明した。口を開けても吸い込めず、佳津子さんを呼ぼうとしたが声が出なかった。両手を浴槽の縁へ突くと肘が曲がり、上半身が前へ倒れた。口と鼻が水につかったとき、胸の詰まりがほどけた。
佳津子さんは脱衣所にいて、水の音で振り返った。昌久さんの背中が浴槽の上へ倒れ込み、後頭部が見えた。洗い場へ戻り、両肩をつかんで起こした。顔が水から出ると、昌久さんは口を大きく開け、佳津子さんの腕をつかんだという。
「起こしたのに、さっきより苦しそうで」
昌久さんは自分から上半身を前へ戻した。佳津子さんが肩から手を離すと、顔が再び水につかった。水の中で目が開き、浴槽の縁を握る指が緩んだ。佳津子さんが名前を呼ぶと、片手が上がった。だが顔は出さなかった。
佳津子さんはすぐに119番へ電話した。救急隊員が来て、その晩に昌久さんは医師の診察を受けたという。運ばれる間は、水を張った大きな容器に顔をつけていた。病院では肺や喉も調べたが、水の中で息ができる理由になるものは見つからなかった。首や胸に、えらのような切れ目もない。その後も診察と相談は続いているが、原因は分かっていない。
昌久さんは今、自宅の浴槽で過ごしている。空気の中で息ができるようにはなっていなかった。浴槽の湯は、佳津子さんが朝と夜に入れ替え、ぬるめにしている。食事は、顔を少し横へ向けて口だけを出し、息を止めて急いで飲み込む。1回に飲み込めるのは、粥をひと匙ほどだという。
昼の間は、防水の袋に入れた新聞を胸の上に立て、水の下から読んでいる。昌久さんは長く路線バスの運転手をしていて、3年前に退職した。運転中に眠くなることが多く、最後の数年は休憩のたびに車内で仮眠を取っていたと、佳津子さんは話した。
17日、佳津子さんから私のところへメールが届いた。救急を呼んだ日の経過に続けて、夫も取材を望んでいると書かれていた。添付された紙の写真には、昌久さんの字で「夜なら話せます」とあった。私は長居はしないと返し、19日の夜に訪ねた。
取材の前に、浴室の入口と、脱衣所に置かれた筆談の道具を撮らせてもらうことになっていた。佳津子さんが浴室へ私の到着を伝えると、水の音がした。扉を開ける前に、私は脱衣所から扉を撮った。中の照明が点いており、白い樹脂の板を通して光が見えた。洗面台には、紙を挟んだ板と鉛筆、その横に予備の白紙が置かれていた。私はその道具も撮ってから、カメラをかばんへしまった。

浴室へ入ると、昌久さんは浴槽の中で仰向けに横たわっていた。膝を曲げ、両手は縁に出している。顔は天井へ向き、額から顎までが水面の下にあった。目はこちらを向き、私が挨拶すると右手が上がった。水の下には、首から続く胸と腹が見えた。胸がゆっくり上下するたび、顎の近くで水面が揺れた。口や鼻へつながる管はなかった。
佳津子さんは、紙を挟んだ板を浴槽の縁へ置いて支えた。昌久さんは左手で紙の端を探り、右手に鉛筆を取った。顔は水の下で上を向いたままで、横の紙を見ていない。書いた字は右へ下がり、ところどころ隣の字に触れていたが、短い返事なら読めた。読み違えると、昌久さんは手のひらをこちらへ向け、次の紙に書き直した。
顔が水に入った最初の瞬間について尋ねたときは、「飲んだのではない」「息が入った」と分けて書いた。私はその晩の現場にはいない。目の前の昌久さんは、質問の途中で顔を上げることなく、40分ほど筆談を続けた。
ここ数日は、眠る場所も浴槽になったと佳津子さんは言った。最初は夜中に何度も名前を呼び、手が動くのを確かめていた。昌久さんに尋ねると、「何度も起こされた」と書かれた紙が出てきた。
佳津子さんは、それを読んでから洗面台の引き出しを開けた。中から、病院の封筒を出した。去年の秋に昌久さんが受けた、睡眠中の呼吸の検査の結果票だった。眠っている間に息が止まる回数が、1時間に40回を超えていた。夜に鼻へ当てる器具を勧められたが、昌久さんは2週間で使うのをやめていた。
「寝ている間に止まるのは、10年前から知っていました」
佳津子さんは、夜中に目を覚ますと、隣の布団で夫の息が戻るのを待つのが癖になっていた。長く止まっているときは肩を揺すった。昌久さんは、起こされていることを知らなかったという。ただ、朝になっても眠った気がしない日が続いていた。検査の結果を見てから、佳津子さんは数えるのをやめられなくなった。
封筒には、小さな手帳も入っていた。佳津子さんが去年の秋から付けていたもので、日付の下に「2時10分 長い」「3時40分 揺する」と時刻が並んでいる。多い夜は、1頁に8つの時刻があった。佳津子さんは、この手帳を夫に見せたことはなかった。
昌久さんは、佳津子さんが板に挟んで差し出した手帳の頁を、水の下から見上げた。読める距離ではなかったが、しばらく顔を動かさなかった。佳津子さんは、私が書き写すのは時刻の並びだけにしてほしいと頼んだ。
昌久さんは鉛筆を取り、「ここでは止まらない」と書いた。浴槽で眠るようになってから、自分からは一度も目を覚まさないという。目を覚ますのは、佳津子さんに名前を呼ばれたときだけだった。呼ばれて手を上げると、また朝まで眠れたと書いた。紙をめくると、続けて「こんなに眠れたのは久しぶり」とあった。
佳津子さんはそれを読んで、「寝ているのか、分からなかったから」と答えた。水の中では、息が止まっているのかどうかも、外からは見分けがつかない。胸が動くのを見るために、浴室の灯りを夜通し点けていたという。この4晩、佳津子さんは脱衣所の床に座布団を並べて横になり、扉を少し開けて眠っていた。
昌久さんは鉛筆を持ち直し、「寝る前には言う」と書いた。佳津子さんはうなずき、その紙をほかの返事とは別に置いた。今夜からは寝室へ戻って寝ると、佳津子さんは言った。昌久さんは、空気の中へ戻りたいかと私が尋ねると、「分からない」と書いた。
私は聞き取った名前と日付を読み返した。昌久さんは水の下で目を開けたまま聞き、右手の人差し指を一度動かした。それから、もう1枚の紙へ鉛筆を走らせた。「今日はここまで」と書き、板を私の方へ押した。私がうなずくと、昌久さんは紙を板から外し、佳津子さんへ渡した。
佳津子さんが受け取るのを待って、昌久さんは天井の照明を指した。それから手を浴槽の縁へ戻し、目を閉じた。顔は水の下にあった。
私が脱衣所へ出ると、佳津子さんは浴槽の方へ「おやすみ」と声を掛けた。昌久さんの顔を上げることはしなかった。佳津子さんは浴室の灯りを消し、扉を閉めた。



