南條市の美容室の前髪カットに関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。小さな美容室に並ぶ2脚のカット用椅子。座面は空で、椅子の間には人が立てる隙間がある。

地方の美容室で使われる紙のカルテには、髪の長さや薬剤のほかに、理由の書かれていない決まりごとが残っていることがある。

北都県南條市の住宅地に、杉橋邦江さん(63歳)が一人で営む美容室がある。母の登代子さんが1975年に開いた店で、鏡の前には今も椅子が2脚並ぶ。常連には、前髪だけを整えに昼休みに寄る人も多い。

前髪を切るときは、髪をくしで下ろし、切りたい長さの少し上を人差し指と中指で挟む。指の下へ出た毛先にはさみを入れると、切れた毛は、客の首に掛けた白いクロスへ落ちる。クロスは、切った髪が服に付かないようにする布だ。挟んだ毛束が短くなり、落ちた毛は挟まれた人の髪と同じ色をしている。普通はそれだけのことだ。

2025年1月7日の昼、私はこの店で、その順番が成り立たない場面を見た。杉橋さんが小椋由加里さん(44歳)の黒い前髪にはさみを入れると、隣の椅子に座る姉の小椋美津子さん(47歳)のクロスへ、茶色い毛が落ちた。

始まりは前年の12月29日だった。姉妹は市内の別々の家に住み、2人とも杉橋さんの店に通っている。前髪だけが伸びたときは、美津子さんが由加里さんの分を自宅で切ってきた。その日も由加里さんが姉の家へ来て、目にかかる前髪を整えてもらった。

美津子さんは妹の額の中央の毛束を指で挟み、毛先へはさみを入れた。由加里さんの髪は落ちなかった。床に広げた新聞紙へ落ちたのは茶色い毛で、美津子さん自身の額の中央だけが短くなっていた。

美津子さんは初め、はさみがうまく当たらなかったのだと思った。自分の前髪が切れたことには、由加里さんに額を指されるまで気づかなかったという。今度は由加里さんがはさみを受け取り、姉の前髪に残った長い所をそろえようとした。その毛束は切れず、由加里さんの黒い前髪が膝へ落ちた。2人はそこでやめた。

翌日、由加里さんから私へメールが届いた。電話で聞くと、短くなった所に痛みはなく、額に傷もない。正月の間、2人とも長く残った部分を横へ寄せ、ピンで留めて過ごしたという。由加里さんは既に杉橋さんへ相談しており、年明けに2人で来て、髪を見てから決めることになっていた。私は同席を頼み、3人の了承を得た。

由加里さんは、あの日に新聞紙へ落ちた毛を、封筒2つに分けて取ってあり、7日に店へ持ってきた。1つには茶色い毛、もう1つには黒い毛が入っている。どちらも2センチほどの短い切れ端で、片方の端だけがまっすぐにそろっていた。抜け毛なら根元に白い膨らみが付くことが多いが、それは見当たらなかった。

7日、美津子さんは職場の昼休みに来た。午後には仕事へ戻らなければならない。由加里さんはその日が休みだった。美津子さんはコートを脱ぎながら、今日そろえられなければ、またピンを使うと話した。

美津子さんの髪は茶色、由加里さんの髪は黒い。どちらも前髪の一部が短く、残る部分が目の方へ垂れていた。杉橋さんは2人を並んだ椅子に座らせ、新しいクロスを1枚ずつ掛けた。椅子の座面も床も、前の客の後に掃除してある。私は2人の額が見える位置に座った。

「先に、私の方をお願いします」

美津子さんがそう言うと、杉橋さんは2人の顔を見た。

「お家で起きた通りになるかは分かりません。まず由加里さんの毛先に少しだけ入れて、美津子さんのどこが短くなるか見ながら進めてもいいですか」

姉妹はうなずき、両手をクロスの下で膝に置いた。杉橋さんは由加里さんの額の右寄りにある黒い毛束を左手の指で挟み、はさみを当てた。

刃が閉じると、美津子さんの額の右寄りにあった茶色い毛先が、まとまって離れた。毛は鼻の前を通って白いクロスへ落ちた。美津子さんの額に触れている物はなかった。杉橋さんの左手には、黒い毛束が元の長さのまま残っていた。

私は、普通に考えられる説明を順に当てはめてみた。由加里さんの毛束が指から抜けて切れたのなら、落ちる毛は黒いはずだ。前の客の毛が残っていたのなら、新しいクロスの上に、切ったばかりの毛先がまとまって現れることはない。杉橋さんがくしの背を美津子さんの前髪へ当てると、右寄りの一か所だけが、ちょうど切った分ほど短くなっていた。落ちた毛の端は、はさみで切った面がそろっていた。

「ここが短くなりました」

美津子さんは、そこに合わせて残りも整えてほしいと答えた。杉橋さんが由加里さんの前髪へはさみを入れるたびに、美津子さんのクロスへ茶色い切れ端が落ちた。私が見ている間、黒い毛がそこへ混じることはなかった。前髪がそろうと、美津子さんはクロスを外してもらい、椅子から立った。杉橋さんがそのクロスを座面へ広げ、私は白い布に残った茶色い切れ端を撮った。

霧島秀一撮影。美容室の椅子の座面へ広げた白いカットクロスと、その上に散った短い茶色い毛。
霧島秀一撮影。2025年1月7日、同じ美容室。美津子さんから外したクロスを椅子へ広げてもらった。白い布に茶色い短い毛が残っている。

美津子さんはコートを腕に掛け、壁の時計を見た。由加里さんの前髪は、右の目の前がまだ長いままだった。杉橋さんが次の準備を始めると、美津子さんはコートを待合の椅子へ戻した。

「まだ、私も座るんでしたね」

杉橋さんが、そろったばかりの美津子さんの茶色い前髪を挟んで切ると、今度は隣の由加里さんの黒い毛先が落ちた。美津子さんの前髪は、整えた長さのまま下りた。由加里さんの右目の前の毛先は、少し上で止まっていた。

由加里さんは反対側もそろえるか迷い、額へ指を当てた。美津子さんが袖口をずらして腕時計を見ると、由加里さんはその指を下ろした。「もう少し考えていい?」と由加里さんは言い、長い所をピンで留めた。2人は12時50分に店を出た。

その日の夕方、杉橋さんは店の奥から、母の代のカルテの箱を出してきた。紙のカードに、来店日と施術の内容を手書きで残したものだ。登代子さんは2009年に店を退き、2019年に亡くなっている。

小椋さん姉妹のカードは2枚、クリップで留めてあった。1987年8月の欄には2人分のカットが並び、余白に鉛筆でこうあった。

「前髪は2人同じ日に、続けて切る(お母さんより)」

杉橋さんは、母が姉妹の前髪を必ず並んだ椅子で続けて切っていたことを覚えていた。片方だけ予約が入ると、母は電話でもう一人の都合を聞き直していたという。理由を尋ねたことはなかった。

「母は、2人を同じ椅子に続けて座らせることはしませんでした。必ず並べて座らせて、クロスも2枚掛けていました。一人ずつの方が早いのにと思っていましたが、それがこの店のやり方なんだと思って、私も2脚を残してきたんです」

今のカードにも、見落としていた記入があった。美津子さんが初めて髪を茶色に染めたのは、2024年11月だった。それまでは姉妹とも黒い髪だった。

夜、美津子さんに電話でカードの文面を伝えた。姉妹の母は、娘2人の散髪を必ず同じ日にさせ、家で前髪を切るときも続けて切らせたという。美津子さんは高校生のころから、由加里さんの前髪を切った後、すぐ鏡の前で自分の前髪も切ってきた。

「ずっと、ちゃんと切れていると思っていました。2人とも黒くて、2人とも同じ日にそろっていたので」

美津子さんが妹の前髪を切ったとき、短くなっていたのは自分の前髪だったのかもしれない。続けて自分の前髪を切れば、今度は妹の前髪がそろう。髪の色が同じ間は、落ちた毛が誰のものか見分けられない。12月29日は、色が違ってから初めて、家で前髪を切った日だった。

翌8日に店を訪ねると、杉橋さんは予約帳を開いていた。1月18日の土曜日、午前10時の行に、美津子さんと由加里さんの名前が並べて書いてある。杉橋さんは新しいカードを2枚出し、1987年のカードと同じようにクリップで留めた。それから余白に、鉛筆で「前髪は2人同じ日に、続けて切る」と書き写した。