地域の碁会には、途中まで石の並んだ盤が、片づけても片づけても同じ形に戻ってくることがある。
北都県南條市の集会所では、毎週日曜の午後に碁会が開かれている。世話役は岩名登志春さん(71歳)で、参加者は十人ほど。折りたたみ式の盤を机に並べ、来た順に相手を決めて打つ。対局が終われば、盤の石を黒と白に分け、碁笥(ごけ)と呼ばれる丸い木の器へ戻す。それで一局は片づく。
2023年2月8日、私に連絡をくれたのは浦辺佳奈さん(34歳)だった。家で対局用のアプリを使い始め、人とも打ってみたいと思い、「初心者歓迎」という案内を見て、5日の碁会へ行った。石を置く順番や、相手の石を囲んで取る決まりは知っていた。
「初めての方に、一局お願いしているんです」
岩名さんはそう言って、入口に近い机の盤を示した。縦横に9本ずつ線の引かれた小さな盤で、もう石が並んでいた。岩名さんは黒い石の入った碁笥を佳奈さんの前へ寄せ、「ここからなら、時間がかからないので」と言った。佳奈さんが置き場所に迷うと、「相手の立場になって考えてください」と勧めた。佳奈さんは、向かいの岩名さんが次にどこへ打つかを考える練習なのだと思った。
ところが、その続きを打って片づけると、石が自分で盤へ戻り、打つ前と同じ並びになった。佳奈さんは対局後に撮った盤の写真を私に送ってきた。
私が集会所を訪ねたのは次の日曜、12日だった。岩名さんは取材を了承し、佳奈さんにも来てもらっていた。ほかの参加者は、部屋の奥で別々の盤を挟んでいた。
問題の盤は、ほかの折りたたみ盤と違い、厚みのある木の盤だった。佳奈さんの側から見て、右上には黒い石3個がL字になり、左下には白い石が1個、ほかの石から離れていた。数えると、黒と白が7個ずつあった。
岩名さんによれば、この盤は集会所の物置にあった物で、昨年12月の大掃除で出てきた。会を始めた先代の世話役が使っていた盤だと聞き、1月から入口の机に置いた。1月の碁会で片づけているとき、初めてこの並びになったという。
最初に見たのは、片づけ当番だった常連の笹目秋男さん(68歳)だった。「白い石を碁笥に入れ終えたところで、からっと音がしたんです。振り向いたら、盤に黒が1個載っていました」。笹目さんは誰かのいたずらだと思い、石を戻して帰った。翌週も同じ形になったため、岩名さんに伝えたという。岩名さんはそれから、この形に覚えがないかを参加者に尋ねるだけでなく、来た人に続きを打ってもらっていた。
私はまず、岩名さんが写真に合わせて並べ直している可能性を考えた。佳奈さんの写真と机の盤を比べると、右上のL字と左下の白だけでなく、中央の石の位置まで一致していた。並べ直せば同じ形は作れる。だから私は、打ち始める前に盤を自分で真上から撮り、その後は盤から目を離さないことにした。
次に、仕掛けを疑った。岩名さんの許しを得て盤を持ち上げ、裏と脚を見た。糸を通す穴も、磁石を埋めた跡もない。碁笥は2つとも普通の木の器で、中の石は軽く、指で弾くと転がった。
盤を机に戻し、2人は並んだ石の続きから交互に打った。佳奈さんが黒、岩名さんが白を持った。置いた石は動かず、囲まれて取られた石は盤の脇へよけられた。佳奈さんは途中で大きな一群を取られ、「負けました」と言った。岩名さんはうなずき、「ありがとうございました」と答えた。自分から負けを申し出て一局を終える、投了である。
2人は盤に残る石を碁笥へ戻した。脇によけてあった石も、黒と白に分けて入れた。線だけになった盤を見て、佳奈さんは両手を膝へ下ろした。岩名さんも碁笥から手を離していた。
黒い石が1個、器の中から浮き上がった。縁を越えて盤の右上へ移り、線の交わる所へ下りた。黒い石がさらに2個続き、L字になった。
佳奈さんが椅子を引き、岩名さんは盤から離れるように私へ言った。私たち3人が机から下がっている間も、黒と白の石は1個ずつ宙を移り、盤へ下りた。碁笥から盤までの空中を、私は目で追っていた。誰の手も、盤にも碁笥にも触れていなかった。
左下に白が1個下りると、その後はどちらの碁笥からも石が出なくなった。

私は最初に撮った写真を開いた。石を1個ずつ比べると、すべて佳奈さんが打ち始める前と同じ場所に戻っていた。対局中に取り除かれた黒い石のあった場所にも、また黒が載っていた。
岩名さんは、自分が負けた日も戻ったと話した。互いに終局に同意し、陣地を数えて勝ち負けを決めた後にも、片づけると同じことが起きた。
「勝負を終えることはできるんですよ。でも、これを片づけて終わりにできないんです」
盤を出したままにすれば、石は動かない。岩名さんは、使わないときは石を載せたまま盤を物置へ運んでいた。それでも会を開く日には、また入口の近くへ持ってきた。
なぜ人を替えて続きを打っているのか、と私は聞いた。岩名さんは盤の右上を見て答えた。
「この先を、もう一度やってほしいんだと思うんです。同じ所まで戻すんですから」
盤の持ち主だった先代について尋ねると、楢崎清蔵さんという人で、1983年に亡くなったと岩名さんは言った。岩名さんは20代の終わりにこの会へ入り、楢崎さんから碁を教わった。遺族が南條市内に住んでいると聞き、私は連絡を取った。
19日、楢崎さんの長女の照子さん(77歳)が、父の残した棋譜帳を集会所へ持ってきてくれた。佳奈さんも同席した。棋譜とは、どの石を何番目に打ったかを記した対局の記録である。今のアプリは打った手を自動で保存するが、当時は対局の後に、盤の図へ番号を書き込んで残していた。棋譜帳は罫線の入った大学ノートで、1冊に数十局が書かれていた。
最後の記入は1983年1月16日で、9路盤の図だった。黒に楢崎さん、白に「岩名」とある。番号は14まで書かれ、欄外には「打ち掛け 黒番 次回続き」とあった。打ち掛けとは、時間内に終わらない対局を途中で止め、別の日に同じ局面から再開することだ。ほかにも打ち掛けの局は数局あったが、どれも次のページに「続き」と日付が書かれ、最後まで打たれていた。続きの記入がないのは、この1局だけだった。照子さんによれば、父は翌月に倒れ、集会所へは戻らなかった。
「父は、打ち掛けにした盤は相手が来るまで崩すな、とよく言っていました。家でも、途中の盤を何日も床の間に置いていましたから」
私は棋譜帳の図を盤の横に置き、番号の付いた14か所と盤の石を照らし合わせた。右上のL字は、楢崎さんの打った黒の1、3、5番だった。左下に離れた白は、岩名さんの打った14番目の石だった。
岩名さんは、その対局を覚えていなかった。楢崎さんとは何百局も打ち、打ち掛けにした日もあったはずだが、どれがどれかは分からないという。
1月から続きを打った人数を尋ねると、佳奈さんを含めて6人だった。全員が初めて会に来た人で、岩名さんは毎回、相手に黒を持たせ、自分は白を持っていた。棋譜帳の図で言えば、6人が座ったのは楢崎さんの側だった。
「私、楢崎さんの代わりに座っていたんですね」と佳奈さんは言った。岩名さんは返事をせず、棋譜帳の欄外を指でなぞっていた。
照子さんが帰った後、岩名さんは盤を入口の机から部屋の隅の机へ移した。白の碁笥を自分の前に置き、黒の碁笥は向かいの空いた椅子の前に置いた。奥の盤で打っていた参加者が声をかけたが、岩名さんは石に触れず、向かいの席を見たまま座っていた。



