川沿いの遊歩道で人を助けた話には、助けた人と助けられた人とで、どちらが落ちかけていたのかが食い違っているものがある。
北都県柳瀬市を流れる柳瀬川には、街なかの区間に舗装された遊歩道がある。川側は低い草地で、陸側には人の背丈ほどのコンクリートの壁が続く。壁の上は草の生えた土手で、その上を車の通る道が走っている。所々に、上の道から遊歩道へ下りる階段があり、朝は通勤や散歩の人がそこを使う。
2023年2月27日の月曜日の朝、会社員の坂瀬達臣さん(41歳)は、この遊歩道を歩いて勤め先へ向かっていた。その途中で、近くに住む桐畑康行さん(72歳)を助けた。翌28日、桐畑さんは坂瀬さんの勤め先を訪ね、こう言って頭を下げたという。
「途中で落としてしまって、すみません」
坂瀬さんには、その言葉の意味が分からなかった。落ちかけていたのは桐畑さんのほうで、自分は支える側だったと思っていたからだ。桐畑さんはさらに、「こちらへ下ろすつもりだった」とも言った。坂瀬さんから私に連絡があり、3月3日に話を聞いた。坂瀬さんの左手首には、まだ赤い跡が残っていた。坂瀬さんは痛みのことより、桐畑さんがなぜ手を伸ばしたのかを確かめたがっていた。
坂瀬さんの話はこうだ。階段の近くまで来たとき、茶色い上着を着た桐畑さんが目に入った。桐畑さんは靴底だけを壁に付け、足から頭までを遊歩道の上へ水平に突き出していた。背中の下には何もなく、地面からは坂瀬さんの腰ほどの高さにあった。顔は坂瀬さんの方を向き、両腕は体の前に出ていた。壁に付いた靴は、坂瀬さんの膝より上にあったという。
坂瀬さんは、階段から転げ落ちる途中なのかと思って立ち止まった。しかし桐畑さんは落ちず、坂瀬さんを見ていた。坂瀬さんがかばんを置いて近づくと、桐畑さんは右手を伸ばした。
「手を離さないでください」
その声に応え、坂瀬さんは左手を出した。互いに手首を握り、坂瀬さんは遊歩道の方へ引いた。ところが桐畑さんは、坂瀬さんの腕を壁の方へ引き戻した。
坂瀬さんは、桐畑さんが怖がって体を固くしているのだと思った。歩道に下ろせば落ち着くだろうと考え、左手を握ったまま、右腕を桐畑さんの背中の下へ回した。上着には触れたが、腕に体重は掛からなかった。桐畑さんの体は、支える前と同じ高さにあった。
「こっちへ来てください」と言うと、桐畑さんは「そっちこそ」と答えた。桐畑さんの右腕に力が入り、坂瀬さんは壁の方へ引かれた。靴が舗装の上を滑り、膝をついた。坂瀬さんは右手を桐畑さんの背から外し、歩道に突いて踏ん張った。
その直後、桐畑さんはさらに強く引いた。坂瀬さんは左肩を前へ持っていかれ、歩道に突いた右手がずれた。手のひらを擦りむいたのは、そのときだった。
桐畑さんの両足が壁から離れたのは、その後である。水平だった体が坂瀬さんの方へ倒れ、2人は歩道に重なって転んだ。坂瀬さんは、そこで初めて相手の体重を受けた。桐畑さんは歩道に座り込み、何度か手のひらで舗装を押していたという。
坂瀬さんは右の手のひらと膝を擦りむき、桐畑さんは腰を打った。2人とも自分で歩くことはできた。連絡先を交換し、坂瀬さんは勤め先に遅れると電話した。別れ際、桐畑さんは、左手首を強くつかんだことも謝ったという。
坂瀬さん自身も、初めは見間違いを疑った。階段から落ちかけた人が手すりにつかまり、斜めにぶら下がっていたのを、横向きに見たのではないか。
「でも、あの階段の手すりは川上側にしか付いていないんです。桐畑さんがいたのは反対側でした。それに桐畑さんの手は、2本とも私の方へ出ていました」
3月5日の日曜日、私は坂瀬さんに紹介してもらい、同じ場所で桐畑さんに会った。坂瀬さんには30分ほど遅れて来てもらうことにした。2人の話を別々に聞いておきたかったからだ。
階段は14段で、坂瀬さんの言うとおり、手すりは川上側にしかない。壁の高さは私の目の高さとほぼ同じで、面は歩道に対してほぼ直角に立っている。途中に人が乗れる段や張り出しはない。桐畑さんが靴を付けていたと指した所は、私の膝より高かった。
桐畑さんは27日の朝、散歩の途中でこの階段を下りていた。最後の数段で足を踏み外し、片方の靴が横の壁に当たった。転ぶと思ったのに、その靴は壁に留まり、もう片方の足もコンクリートに着いた。
「そのとき、壁だった面が平らな地面になって、歩道のほうが壁みたいに立ち上がって見えたんです」
靴には自分の重さが掛かっていて、踏ん張ってはいなかった。両手はどこにもつかまらず、その姿勢のままでいられたという。そこへ、歩道を歩いてきた人の姿が見えた。
「歩道を歩いてきた人が、崖に足を付けたまま倒れているように見えたんです。今にも落ちると思いました」
それが坂瀬さんだった。桐畑さんは手を伸ばした。「手を離さないでください」は、坂瀬さんを自分の足元の地面へ下ろすために言った言葉だった。
めまいの持病はないかと尋ねると、桐畑さんは首を振った。28日の朝に整形外科で腰を診てもらい、打撲と言われた。頭は打っておらず、血圧も普段どおりだったと医師に言われたという。これは桐畑さん本人の説明で、私は診察の記録を見ていない。
桐畑さんが靴を付けていたと言う高さの壁には、ゴム底が擦れたような灰色の跡が二つ、30センチほど離れて残っていた。子どもが壁を蹴った跡かもしれず、27日に付いたものだとは言えない。28日に勤め先で会ったとき、2人は靴の高さの話はしなかったという。それでも2人の話は、互いの話を聞く前から同じ高さを指していた。
坂瀬さんが着くと、私は2人に、当日の順番を確かめたいと頼んだ。同じ姿勢を繰り返してもらうつもりはなかった。私が撮影したのは取材日の現場の配置で、27日の2人の姿を直接見てはいない。
桐畑さんは、坂瀬さんの手がどの辺りにあったかを指した。壁と歩道の境に近い舗装だった。私はその場所を、壁の根元と一緒に撮影した。

坂瀬さんが右手を舗装に突いたとき、桐畑さんには、相手が崖に手をつき、足を外す準備をしているように見えたという。
「足さえ離してくれたら、こちらへ下ろせると思って。強く引いたんです」
坂瀬さんは、そこで桐畑さんの話を止めた。右手を歩道に突き、左腕を急に引かれた。そこまでは坂瀬さんが私に話した順序と同じだった。ただ、あれは引く力に逆らって踏ん張っていたのだと、坂瀬さんは桐畑さんに伝えた。
桐畑さんは、そのことには気づかなかったと答えた。坂瀬さんが足を離してくれれば、自分のいるコンクリートの上へ下ろせると思っていた。桐畑さん自身の靴が壁を離れたのは、もっと強く引こうとして踏ん張り直したときだったという。
「あの人を、こちらの地面に下ろす途中でした。足が離れたと思ったら、2人とも、あの人の地面に倒れていたんです」
桐畑さんの言う「落としてしまって」は、坂瀬さんを無事に下ろせなかったという意味だった。転んだ後に何度も舗装を押していたのは、それが本当に地面なのかを確かめていたのだという。
2人は階段の脇に並んで座り、しばらく話を続けた。桐畑さんは、坂瀬さんの手が舗装の上でずれたのも、こちらへ降り始めたからだと思っていた。坂瀬さんは、あれ以上引かれていたら右手で支えられなかった、と答えた。
取材を終えると、桐畑さんが先に立ち、坂瀬さんへ手を差し出した。坂瀬さんはすぐには取らなかった。桐畑さんの靴を見て、自分と同じ歩道に両足が着いているのを確かめてから、手を伸ばした。



