住宅地の共同花壇には、誰がいつ手入れをしたかを書き込む当番の帳面があり、土に残った靴跡が、その日の作業の範囲を示していることがある。
北都県柳瀬市の住宅地にある集会所の脇には、近所の人たちが花を植える共同花壇がある。広さは畳8枚ほどで、低い縁石に囲まれ、その外を舗装された通路が通っている。手入れは5、6軒の持ち回りで、作業をした人は集会所に置いた帳面に日付と内容を書く。春の苗を植える前には、土を耕し、熊手で表面をならしておく。でこぼこが残ると、水をまいたときに低い所へ水がたまり、苗の育ちがそろわない。踏み固めた所は根が張りにくいので、作業の最後には足跡も消す。
その最後の仕上げを、ここ数年引き受けているのが瀬ノ口隆夫さん(74歳)だ。瀬ノ口さんには、作業中に変わった歩き方をする癖がある。土に残った靴跡へ、自分の長靴を重ねて歩くのだ。
2023年3月15日、瀬ノ口さんから私に連絡があった。作業をしている間に、自分の前へ足跡ができるという。朝のうちに誰かが踏んだ所を直した、という話ではなかった。振り向くと、さっきまで平らだった土に長靴の跡がある。ほかの人が入ってきた様子はないという。
瀬ノ口さんは初め、自分が通った所を忘れたのだと思った。花壇の中を行き来し、石を拾ったり、耕した土を広げたりする。作業に気を取られれば、どこへ足を置いたかは覚えていない。行き来して跡を増やすより、すでにある跡を踏んで歩いた。最後にならす場所を少なくするためでもあったという。
3月18日の土曜日、私は花壇を訪ねた。苗を植える前の週で、瀬ノ口さんは1人で土をならしていた。私は通路に立って作業を見せてもらった。瀬ノ口さんが熊手を引いた後の土は、細かい筋が一方向にそろい、どこにも跡はなかった。
瀬ノ口さんは、花壇の奥に置いていた空の袋を取りに行こうとしていた。肥料の空き袋で、風で飛ばないように石が載せてある。私のいる側から、長靴と、その先の土が続けて見えた。
右の長靴のかかとが上がったとき、一歩先の土が沈んだ。つま先の丸い形ができ、かかとの方までくぼみが延びた。くぼみの底には、靴底の溝のような斜めの線が入った。瀬ノ口さんの右足はまだ後ろにあり、つま先が地面に着いていた。
私が声を掛ける前に、瀬ノ口さんはその跡へ足を置いた。足を抜くと、土の縁が少し崩れた。初めからそこにある跡を選んだようにも見える歩き方だった。
「今、足より先にできました」
私がそう言うと、瀬ノ口さんは足元を見た。それから、左の長靴を引き寄せた。私は、歩き出すところで土が沈んだのだと伝えた。
瀬ノ口さんは通路へ戻ろうとした。右足を浮かせかけると、斜め前の土がまた沈んだ。今回は本人も見ていて、右足を前へ出さず、元の場所へ戻した。できたばかりの跡には、どちらの長靴も触れていなかった。
瀬ノ口さんは足をそろえたまま待った。くぼみは浅くならず、斜めの線も残った。そのまま左側へ回り、縁石を越えて私の隣へ出てきた。土の上には、本人が踏まなかった右足の跡が1つ残っていた。
私はその跡を撮った。そばには、瀬ノ口さんが実際に踏んだ跡もある。そちらはかかとの周りの土が崩れ、深くなっていた。写真で分かるのは2つの跡の形で、できた順序や足が触れたかどうかまでは写っていない。

通路で見せてもらった右の長靴には、底に斜めの溝があり、かかとの外側がすり減っていた。花壇に残った跡も、その側だけ輪郭が丸い。瀬ノ口さんは自分の靴の跡だと言った。ほかの当番の人の長靴は、溝が横向きだったり、底が平らだったりするという。
耕したばかりの土は、雨や水やりで沈むことがある。ただ、この日は朝から晴れていて、瀬ノ口さんはまだ水をまいていなかった。土が自然に沈んだのなら、靴底の溝まで写した形にはならないはずだ。
私も確かめたくなり、瀬ノ口さんに断って、通路から花壇の手前の土へ3歩入った。私の靴の跡は、私が足を下ろした所にしかできなかった。足を浮かせても、先の土は動かない。私は自分の跡を熊手でならして通路へ戻った。
「そこへ足を置くつもりでした。でも、まだ置いていません」
瀬ノ口さんは土の上へ手を伸ばしたが、触れずに引っ込めた。自分の足が勝手に動いた感覚はなかったそうだ。私から見ても、右足を戻した後、別の方向へ出る動きに妨げはなかった。
瀬ノ口さんは熊手を取り、通路から花壇へ伸ばした。先ほど実際に踏んだ方の跡へ土を寄せると、くぼみも斜めの線も消えた。隣に残った、踏まなかった方の跡へは熊手を掛けなかった。
私は、そこもならさないのかと尋ねた。
「消したら、歩いたのを忘れただけだったような気がするんです」
初めに連絡を受けたとき、瀬ノ口さんは自分の記憶を確かめたがっていた。この日は私も見ていた。踏まなかったことを伝えると、見ていてもらえてよかった、と答えた。それでも、長靴を履いたまま通路に立ち、残った跡を見ていた。
その後、帳面を管理している宇津木文子さん(69歳)が集会所の鍵を開け、当番の帳面を見せてくれた。表紙に「花壇当番」と書かれた大学ノートで、今のものが4冊目だという。瀬ノ口さんの書き込みは3年前の春から増えていた。日付の横に「ならし」とあり、その後ろに「奥まで」「角の水道まで」と、行った所が書き足されている。ほかの当番の書き込みには、作業の内容しかない。
増え始める直前の2020年4月の欄に、瀬ノ口さんの字で「奥に長靴の跡1つ 誰か入ったか」とあった。夜のうちに誰かが入ったのだと思い、ほかの当番に知らせるために書いたという。翌週からは、行った所を書くようになっている。
宇津木さんも花壇の当番の1人で、瀬ノ口さんの歩き方を前から知っていた。
「飛び石を渡るみたいに、自分の足跡の上だけを歩くんです。土を踏み固めないように気を使っているんだと、みんな思っていました。3年くらい前からですね」
宇津木さんには、もう一つ覚えていることがあった。瀬ノ口さんの当番の翌週に花壇へ入ると、長靴の跡が1つだけ残っていることがあった。帳面に「角の水道まで」とある日でも、跡はそれより奥にあった。宇津木さんは、ならし忘れだと思って自分で消していた。これまで瀬ノ口さんに話したことはなかったという。
宇津木さんがその話をすると、瀬ノ口さんは、それがいつのことかを尋ねた。日付までは覚えていないが、去年だけで3、4回はあったと宇津木さんは答えた。
「その辺りには、まだ行っていないんです」
瀬ノ口さんはそう言い、帳面のこの日の欄に「ならし 奥の袋まで」と書いた。踏まなかった跡のことは書かなかった。
私は瀬ノ口さんに、足より先にできる跡に初めて気づいたのはいつかと聞き直した。瀬ノ口さんは少し黙ってから、3年前の春だと答えた。15日の連絡では、最近のことのように話していた。人に話したのは、今回が初めてだったという。
瀬ノ口さんは熊手を片づけようとしたが、縁石の外へ置き直した。私に、前からある跡へ足を合わせるのは、土を荒らさないためだけではないと話した。
「帰ってから、自分がどこまで行ったか分からなくなるんです。一度踏んでおけば、そこは通ったと言える。帳面にも書ける」
花壇から出るときに残した右足の跡は、通路から一歩入った所にあった。瀬ノ口さんは縁石を越え、土の上で通路の方へ向き直った。そのくぼみへ右の長靴を合わせ、今度はかかとまで押し込んだ。



