地方の町内会では、集会所の鍵や片付けを、住民が1年交代の当番で受け持つことが多い。行事の後には近所の人に手伝いを頼み、終われば当番が礼を言って解散する。頼まれた人は断りにくい。礼を言われれば、たいてい「いいえ」と答えて帰る。
集会所の片付けでけがをした千津子さん(仮名、67歳)は、謝る相手に「もういいです」と答えた。相手の敏夫さん(仮名、70歳)が顔を上げると、千津子さんの背を押していた天井が離れたという。
2023年11月12日、北都県柳瀬市内の集会所で、天井が2度下がる出来事があった。敏夫さんは今年の管理当番で、文化展を終えた部屋の片付けを近隣の人に頼んでいた。千津子さんもその1人だった。2人は同じ班で、30年近く隣り合って暮らしてきた。私は、千津子さんを出口まで支えた博明さん(仮名、63歳)から連絡を受け、3人に別々に話を聞いた。
その日は午前中に作品を持ち主へ返し、展示台を畳んだ。午後には、集会所で保管している本を木の棚へ戻した。千津子さんは持参した布巾で棚板を拭き、博明さんは空の段ボール箱をつぶしていた。敏夫さんが集まった人へお礼を言い始めたのは、博明さんが箱を入口脇へ運び終えた後だった。
敏夫さんは部屋の中央に立ち、「おかげで早く済みました」と言って頭を下げた。博明さんは、天井の蛍光灯が近づいてきたことに先に気づいた。照明と一緒に、白い天井板とその継ぎ目も下がっていたという。
壁際で木の割れる音がした。天井が棚の上へ当たり、棚の左右の縦板が途中で折れた。千津子さんはしゃがんだが、飛び出した板の端を右の足首に受けた。
博明さんは、外へ出るよう声を掛けた。天井は立った人の肩ほどの高さまで下がり、ほかの人も腰を曲げて入口へ向かった。敏夫さんは音に驚いて顔を上げた。その動きに合わせて天井が上がり、蛍光灯は元の高い位置へ戻ったという。
敏夫さん自身は、床を見ていたため、下がってくる天井を見なかった。顔を上げたときに、棚が折れ、千津子さんが床に座っていた。それで初めて、けがをした人がいると分かったと話した。
博明さんは千津子さんの腕を自分の肩へ回し、立つのを手伝った。千津子さんは右足を床へつけると痛みがあり、急には歩けなかった。ほかの人たちは先に廊下へ出ていた。
敏夫さんは2人へ近づいた。
「こんなことになって、申し訳ありません」
そう言って腰を深く折ると、天井がもう一度下がってきた。博明さんは膝をつき、千津子さんを支えたままかがんだ。今度は2人とも、肩を丸めても白い板に背が当たった。頭の上にあった蛍光灯は、敏夫さんの横まで下りていた。博明さんの手の甲が天井板に触れた。板は冷たく、乾いていたという。
千津子さんは、敏夫さんが頭を下げた直後に、また照明が下りてきたのを見た。顔を上げて、と言ったが、敏夫さんは「本当にすみません」と答えた。返事の間も、敏夫さんの両手は膝にあり、頭は下を向いていた。
「もういいです。気にしていませんから」
千津子さんがそう言うと、敏夫さんは上体を起こした。背中の上にあった天井も同時に上がり、博明さんはまた膝を伸ばせた。敏夫さんの背にも天井が触れていたが、起き上がる際に押し返す重さは感じなかったという。
敏夫さんが謝り始めてから千津子さんが答えるまでは、数秒ほどだったと3人とも話した。敏夫さんは、天井と自分の動きの関係を、その場では考えていなかった。博明さんが廊下で「もう頭を下げないで」と言った後に、2度とも同じだったと聞かされたという。
3人が部屋を出ると、博明さんは戸を閉め、ほかの人に中へ戻らないよう伝えた。千津子さんは付き添いの人と車で病院へ行き、足首の打撲と診断された。私は本人の了承を得て、その日に受診したことが分かる書類を見せてもらった。
集会所はその日から使っていない。管理する町内会は、建物を点検する業者へ連絡した。棚が壊れたことだけでなく、天井が下がって戻ったことも伝えたという。原因は分からず、再開の時期も決まっていない。
11月16日、私は博明さんと集会所へ行った。廊下から戸を開け、部屋へは入らずに中を見た。白い天井には照明が付いており、その下に人が立てる高さがあった。壁際の棚は上半分が折れ、本が床へ散らばったままだった。了承を得て、戸口から天井と棚を同じ画面に収めた。その位置に立ったままレンズを望遠側へ変え、折れた棚も撮った。

私は天井が動くところを見ていない。現地で見た棚の壊れ方だけから、何が押したかも決められない。ただ、3人の説明では、白い板は破れておらず、天井の面ごと下がり、2度とも敏夫さんが起きるのと一緒に上へ戻っている。棚だけは、上がった後も折れたままだった。
点検の業者は14日に来ていた。博明さんによると、天井裏の木材にも、つり金具にも、ずれた跡は見つからなかった。業者が書き残した紙には、天井とは別に、もう一つ書かれていた。「本棚 壁への固定なし」。
博明さんは、町内会の管理当番が代々書き継いできた引き継ぎのノートも見せてくれた。2023年4月、前の当番の欄に「本棚、壁に固定されていない。業者に見積もりを取ること」とある。その下に、5月の日付で敏夫さんの字が続いていた。「本棚の件 文化展が終わってから」。
敏夫さんは、17日の私の質問に、そのことを認めた。固定の工事は数万円かかると聞き、町内会の予算の残りを見てから頼むつもりだった。文化展の片付けの日も、棚に重い本を戻すことは気になっていたという。
「天井が下がらなくても、いつか倒れていたかもしれない棚なんです」
敏夫さんは、自分が片付けを頼まなければ千津子さんはけがをしなかった、と話した。千津子さんは以前、手伝いが必要な日には声を掛けてほしいと言っていた。あの日も、敏夫さんはその言葉に甘えて頼んだという。
「その場で許してくれたので、少しほっとしました」
敏夫さんはそう言った。まだ集会所で同じように頭を下げてみるつもりはない。千津子さんには、治療に掛かった費用を相談したいと伝えている。
町内会は11月18日の役員会で、棚の固定を後回しにした経緯を話し合った。敏夫さんは当番を年度の途中で降りると申し出たが、役員会は、残りの期間も続けてほしいと答えたという。
19日、私は千津子さんの家で話を聞いた。足首にはまだ腫れがあり、椅子の脇へ出した低い台に右足を載せていた。台の脇には、病院でもらった湿布の袋が置いてあった。全治2週間と言われている。敏夫さんとの費用の話は、これからだという。
12日の夜、千津子さんは敏夫さんから電話を受けた。電話でも敏夫さんは謝り続け、千津子さんは何度か「もういいです」と繰り返したという。その間、自分の家の居間の天井を、ずっと見上げていた。
千津子さんは、棚の固定の件を、16日に博明さんから聞いて初めて知った。4月に書かれた引き継ぎのことも、敏夫さんの5月の字のことも、あの日は知らなかった。
私は敏夫さんが、あの場で許してもらったと話していたことを伝えた。千津子さんは少し考え、それから「気にしていません」と言ったことは間違いない、と答えた。
「でも、あのときはまだ、どれくらいのけがなのかも分かっていなかったんです。棚のことも」
千津子さんは台に載せた右足を両手で支え、かかとの位置を直した。
「謝るのをやめてもらわないと、外へ出られなかったので」


