南條市の喫茶店の楕円の皿に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。木の食卓に置かれた白い楕円の皿。片端にクッキーに似た薄茶色の輪が平らに見え、輪の上を窓の光が横切っている。

陶器の皿の絵柄は、ふつう焼く前に描かれ、上からガラス質のうわぐすりを掛けて窯で焼き付けられる。焼き上がった皿に、後から絵柄が増えることはない。

北都県南條市に住む成塚千津子さん(71歳)の白い楕円の皿には、輪の形をしたクッキーの絵がある。成塚さんは、描いたものではないと言う。食べずに残しておいたクッキーが薄くなり、皿から取れなくなったのだという。

成塚さんがこの皿を使ったのは4月21日、日曜日だった。友人の園尾和乃さん(69歳)が焼いたクッキーを載せ、午後のお茶のために1枚残した。いつもなら、残した菓子は缶に入れて棚へしまう。この日は、店から譲られたばかりの楕円の皿に載せたまま、居間の食卓に置いた。用事を済ませて戻ると、輪の高さが低くなっていた。箸を差し込もうとする間にも平たくなり、最後には箸の先が輪の上を滑ったという。洗っても、ふやかしても取れなかった。

その経過と写真が私へ届いたのは23日である。写真からは、本物のクッキーとよく似た絵のある皿に見えた。実物を確かめたいと返事をすると、29日に園尾さんも来るので、一緒に話を聞いてほしいと頼まれた。園尾さんには、私にも皿の話をしたと伝えてあった。

園尾さんは4月末で、南條市内の小さな喫茶店を閉めることになっていた。借りていた店舗を返し、オーブンも手放す。家では菓子を焼かないつもりだという。成塚さんは店が開いた頃からの友人で、閉店の片付けも手伝っていた。楕円の皿は、その片付けの日に、店で焼き菓子を盛っていた物を1枚譲ってもらったものだった。21日のクッキーは、店のオーブンで焼いた最後の数回分の一つだったという。

4月29日、私は成塚さんの家で、その皿を見せてもらった。ほかに絵や模様はなく、薄茶色の輪だけが端に寄っている。焼き色の濃いところと、少し欠けたところがある。成塚さんに断って指でなぞったが、輪の内側にも外側にも段差はなかった。指に触れるのは硬く滑らかな皿の面だった。爪の先で輪の縁を探しても、引っ掛かる所はない。印刷したシールを貼ったのなら、どこかに端があるはずだった。

クッキーが平らになるところは、成塚さん以外は見ていない。この時点で私が確かめられたのは、輪の部分が盛り上がっておらず、皿と続く滑らかな面になっていることだった。

園尾さんは午後2時ごろに来た。包みを開くと、長方形のバターケーキが入っていた。上に焼き色が付き、切った端にはレーズンが見える。店で出していたもので、成塚さんが好きだったという。店のオーブンで焼くのは、これが最後になると園尾さんは話した。

「今度は、その皿に載せないでね」

園尾さんは楕円の皿を見ながら言った。成塚さんは丸い白皿を2枚出した。私はお茶だけ頂くことにして、食卓の横に座った。園尾さんがケーキを厚めに切り、2枚へ1切れずつ分けた。残りは包み紙の上へ戻した。

園尾さんが自分の椅子へ座ると、成塚さんは立ったまま、フォークをケーキの下へ入れた。丸い皿から持ち上げ、楕円の皿へ移した。クッキーの輪に重ならないよう、白いところへ切り口を上にして寝かせた。

園尾さんは椅子から腰を浮かせた。

「また取れなくなるかもしれないでしょう」

成塚さんは、だから1切れだけ残しておきたいと答えた。以前から園尾さんのケーキをもらうと、翌日まで食べるのを延ばすことがあった。最後になくなるのが惜しくて、小さく切りながら食べていたという。

「これなら、この形で置いておけるから」

園尾さんは自分のフォークを持って、楕円の皿へ手を伸ばした。成塚さんは皿を両手で持ち、手前へ引いた。ケーキはまだ厚みがあり、皿の上で少し揺れた。

「今日は食べてもらおうと思って、焼いてきたんだよ」

園尾さんはそう言い、もう一度丸い皿を指した。成塚さんはケーキを戻さなかった。両手を皿の縁に置いたまま、「なくしたくないの」と答えた。

切り口の上端が下がり始めた。私は食卓と目の高さを近づけた。四角いケーキは横へ広がらず、厚みだけが減っていた。表面に見えるレーズンの位置も、焼き色の付いた縁の形も変わらない。成塚さんの指は皿の外側にあり、ケーキに触れた人はいなかった。

園尾さんがフォークを置いた音がした。ケーキの下にあった影が細くなり、なくなった。黄色い四角の中に黒いレーズンが見え、外側を茶色の縁が囲んでいる。皿を横から見ると、その四角にはもう高さがなかった。

成塚さんは片手を皿から離し、ケーキの端を指で押した。指は沈まず、表面を滑った。私にも触れてよいと言ったので、縁から中央へ指を動かした。途中で柔らかいものに触れることはなかった。さっきまで厚い切り口だったところを、窓の白い光が途切れずに横切った。

園尾さんは自分の皿を見た。そちらのケーキには厚みがあり、フォークを入れると小さなくずが落ちた。私は成塚さんに頼み、楕円の皿を食卓へ置いてもらった。輪の形と、その横にできたケーキの形を撮影した。

霧島秀一撮影。白い楕円の皿に、薄茶色の輪と、茶色の縁と黒いレーズンの点がある黄色い四角が離れて並ぶ。どちらも盛り上がらず、滑らかな皿の面に見える。
霧島秀一撮影。2024年4月29日、同じ食卓。薄茶色の輪の横に、レーズンの見える四角い形ができた後の皿。

ケーキが皿の表面に貼り付いたのか、皿の中へ入ったのかを確かめたくて、私は成塚さんから皿を借り、5月1日、南條市内の器店へ持って行った。店主の嵯峨根典子さん(64歳)は、40年近く焼き物を扱ってきた人である。拡大鏡で輪と四角を見てから、皿を光にかざした。

「絵が、うわぐすりの下にあります」

嵯峨根さんによると、うわぐすりには焼いた後の冷え方で細かなひび模様が入る。この皿のひび模様は、白い所から輪と四角の上へ途切れずに続いていた。上に何かを塗ったり貼ったりしたのなら、そこでひび模様が途切れるか、上の層に別のひびが入る。皿の裏の印から、2010年代に作られた無地の業務用の皿だとも分かった。園尾さんも、店の楕円の皿はどれも無地だったと話している。

焼いた後の皿の、うわぐすりの下に絵が入るには、もう一度、窯で焼き直すしかない。嵯峨根さんはそう言って、皿を私に返した。こういう皿を前に見たことがあるかと尋ねると、首を横に振った。成塚さんが皿をどこかへ持ち出したことはなく、21日から29日までの間、皿は台所の棚にあった。私は、その日の夕方に皿を成塚さんへ返した。園尾さんにも電話で伝えると、しばらく黙ってから、店に残っている同じ楕円の皿は、全部まとめて業者に引き取ってもらうと言った。

私が嵯峨根さんの話を伝えると、成塚さんは「ちゃんとレーズンも残った」と言った。29日、四角ができた直後にも、成塚さんは同じことを言い、皿を園尾さんの方へ向け、切り口がよく見える位置へ押していた。

あの日、園尾さんは皿に手を伸ばさず、自分のケーキをひと口食べた。成塚さんは、皿のクッキーも園尾さんが焼いたものだと話した。2つ並ぶと、もともとそういう柄の皿のように見えると言った。

「その残りは、食べてね」

園尾さんは包み紙のケーキを指した。成塚さんはうなずいたが、丸い皿は空いたままだった。楕円の皿を持ち上げ、どちらの向きで置くとケーキがよく見えるか、窓の光に合わせて回していた。

園尾さんは自分の分を半分ほど食べたところで、フォークを置いた。残りを包み紙の空いている端へ移した。成塚さんが、持ってきてくれた分は全部もらうつもりだったと言うと、園尾さんは自分の食べかけだけを紙で包み直した。

「これは帰って食べるから」

成塚さんは楕円の皿を置き、持ち帰り用の袋を探しに立った。園尾さんは待っている間に、丸い皿に残ったケーキのくずをフォークで集め、残さず食べた。

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