公園や施設の引き継ぎファイルには、同じ日付に同じ作業が書き込まれ、理由を知らないまま何年も守られている手順が残っていることがある。
南條城址公園の池では、春から秋まで貸しボートを営業している。冬の間は営業を休み、10そうを岸に寄せて鎖でつなぐ。オールは別の小屋へ入れて鍵をかける。鎖の錠と小屋の錠は、別々の鍵で開く。舟だけを池へ出すことはできても、鍵がなければ漕ぐ道具は手に入らない。
池の中央に人のいないボートを見つけたら、誰かが落ちたのではないかと思う。2022年3月20日の6時ごろ、散歩中にその舟を見つけた石原康夫さん(仮名、67歳)も、そう考えた。浮いていたのは5番の貸しボートだった。石原さんは110番し、警察と消防が来て、深い所で約2メートルある池を昼まで捜した。人は見つからなかった。
捜索が始まると、公園の職員から「毎年のことなので」と説明された。石原さんは、自分が知らずに大ごとにしたのかと気にしていた。
「誰かが落ちていたらと思ったら、電話するしかないでしょう。でも、毎年だと言われて、恥ずかしいような、腹が立つような気持ちになりました」
石原さんは、毎朝この池の周りを歩いている。思い返すと、去年の春にも、池の中ほどに舟が1そう出ていた朝があったという。そのときは、職員が準備をしているのだろうと思い、通り過ぎた。
私は捜索中に岸へ行き、引き寄せられる5番を見た。岸まであと数メートルの所で、舟に残っていたオールの1本が持ち上がった。柄は座板から離れ、舟べりにあるオールを支える金具にも掛かっていなかった。
握っている人はいない。柄が空中にあるまま、反対の平たい先が水へ入り、舟の後ろへ水を押した。私は柄の下の座板を見ていたが、支える物はなかった。オールは一度漕ぐように動いたあと、柄から座板へ落ちた。
私は近くの消防隊員に見たことを伝えた。舟は岸へ引き寄せられたが、捜索は続いていた。いま舟に人が見えないことと、池に落ちた人がいないことは違う。
岸へ戻された5番の内部も撮影した。2本のオールは、舟に残されていた。

今回、岸の鎖は切られておらず、錠も閉じていた。オールの小屋を確かめると、オールは2本足りなかった。小屋の錠も壊されていない。舟を鎖から外し、小屋からオールを出すには、二つの鍵が要る。
管理事務所の記録には、2015年から毎年、3月20日の朝に5番が池へ出ていたとある。過去にも人が落ちていないか調べたのか、私は管理事務所の担当者、水野信一さん(仮名、45歳)へ尋ねた。警察に連絡したのは今年が初めてで、以前は舟を引き寄せて、中に誰もいないことを確かめていたという。
「舟にいないという確認で、池に落ちた人もいないと分かるんでしょうか」
水野さんは、そこまでは分からないと認め、前任者から受け取ったファイルを出した。春の営業準備の作業がまとめてあり、3月20日の欄には5番の回収が入っていた。
手順には「人影なしを確認」「見学者には準備中と説明」「外部への連絡は責任者を通す」と書かれていた。池の中を捜すという項目はない。水野さんは着任したとき、毎年する設備確認の一つだと教わったという。
戻す舟も日付も決まっている。だから、誰かが準備のために出しているのだろうと考えていた。誰が出す係なのかを聞いたことはなく、自分が受け持つのは、岸へ戻すところからだった。
「書いてある手順どおりにやれば、それで済むと思っていました。今年は来園者の方が先に見つけたので、手順の順番が崩れたんです」
ファイルには、毎年の回収の控えも綴じてあった。2016年から2021年まで、どの年の控えにも「5番回収 オール2本 小屋へ戻す」と書かれている。5番は、毎年オールを積んだ状態で見つかっていた。
事務所を通じて、2015年の責任者だった元職員、小野正夫さん(仮名、71歳)に話を聞いた。小野さんは、営業再開前に舟を戻す練習をしたことがある、と認めた。前日に自分が5番を出し、翌朝の担当者に気づいて対応してもらうつもりだったという。
当時の実施メモには、舟の番号と日付に加え、連絡の順序を確かめると書いてあった。小野さんは合鍵を持ち、舟とオールを出し入れできた。2015年の1回については、鎖も錠も壊さずに準備できる立場の人が、自分で実施したと話している。
私は小野さんに、朝に舟を見つける担当者へ、誰も落ちていないと先に伝えていたのか尋ねた。小野さんは「あとで練習だと説明した」と答えた。担当者は、見つけるまで知らされていなかった。
「あの朝、担当の若い職員は、青い顔で事務所へ駆け込んできました。まず私に知らせに来た。それで、練習はうまくいったと思ったんです」
その年の記録の欄外には、赤い字で「先に外へ連絡しない」とある。小野さんは、すぐに警察や消防へ頼ると、公園で管理できていないと思われるため、まず責任者へ知らせる練習をしたのだと説明した。
小野さんは2016年に退職し、そのとき合鍵を返した。事務所の鍵の台帳にも、返却の日付と小野さんの印がある。今、二つの鍵を持っているのは事務所だけで、鍵は職員室の箱に入れてある。箱に錠はなく、職員室に出入りする職員なら、誰でも取り出せる。春と秋には、草刈りや清掃の臨時の人も出入りする。鍵を箱から出した記録は付けていない。
小野さんは、その訓練を毎年続けるよう頼んでいないと言った。その後の年には、誰が舟を出したのかを記す実施記録がない。水野さんに確かめても、今年出したと認める人はいなかった。
「6年間、私たちは舟を戻して、オールを片づけて、それで春の準備が一つ終わったと思っていました。誰が出したのかを確かめないことも、手順に入っていたようなものです」と水野さんは言った。
昔の1回を準備した人が分かっても、今年も同じ練習だったとは決められない。石原さんへは、その点を伝えた。毎年記録されていたのは舟を回収したことであって、毎年、池に誰も落ちなかったと確かめたことではなかった。
1回の練習のために書かれた「先に外へ連絡しない」という欄外の赤字は、「外部への連絡は責任者を通す」という手順の一行になって、毎年のファイルに残っていた。その手順のために、6年間、無人の舟は事務所の中だけで片づいてきた。誰が舟を出しているのかを問う項目は、どこにもなかった。
事務所は、私が見たオールの動きも警察へ伝え、舟を出した人と鍵の扱いを改めて確かめることになった。来園者から無人の舟の連絡があったときも、毎年のこととして終わらせず、その都度状況を確かめるという。今回人が見つからなかったことを、石原さんの通報が誤りだった理由にはしていない。警察は、池に落ちた人がいないかを確かめた後、舟が出された経緯について、事務所から改めて話を聞くという。
私は春の準備ファイルをもう一度見た。池のどこへ舟を出すかという図も、岸からの距離も、オールの置き方も残っていない。小野さんへ、練習のときにはオールをどこへ積んだのかと聞き直した。
「積んでいません。岸から引き寄せる練習なので、オールは要りませんでした」
小野さんが5番を出した夜、2本とも小屋に置いたままだったという。
水野さんは、手順の紙の「外部への連絡は責任者を通す」の行に線を引き、余白に「通報があれば、その場で警察へ」と書き足した。それからオール2本を小屋へ運び、鍵をかけて、鍵を自分の上着のポケットに入れた。


