地方のコミュニティ放送局には、地図から消え去ったはずの古い地名から、決まった時期にだけ届き続ける不可解なリクエスト便りが存在する。
北都県柳瀬市のコミュニティFM「FMやなせ」。市民参加型の地域密着番組を放送する同局には、毎年9月の秋改編期になると、1枚の官製はがきが届く。差出人の住所欄には、現在は行政区域として存在しない「柳瀬市堰下」と記され、氏名は「中村」とだけある。堰下集落は、1971年に完成した柳瀬ダムの湖底へと沈み、住民全員が半世紀以上前に市外へ集団移転した土地である。
2022年9月16日、私は局の制作デスクで、過去5年間(2018年〜2022年)に届いた実物の原本5枚を確認した。青いボールペンの筆跡はどれも同一人物のものであり、消印はすべて各年の9月中旬、柳瀬郵便局で押されている。かつて堰下に暮らしていた高齢の元住民が、郷愁から旧住所を書き添えて投函すること自体は現実的にあり得る。消えた集落の住所が書かれているという一点だけで、怪異と決めつけることはできなかった。
不可解さが浮上したのは、はがきが求め続けていた「音」の側だった。
リクエスト文面には毎年、短い同一の文章が記されていた。
『ダムができる前の、堰下の川の音を流してください』
番組ディレクター兼パーソナリティの水野雅之さんは、2018年に初めてこの便りを受け取った際、柳瀬市郷土資料館へ相談に赴いた。資料館の収蔵庫には、ダム水没直前の1969年8月、当時の民俗調査団がオープンリールテープに収録した「堰下の河原の環境音」が保管されていた。水野さんは、せせらぎの音と川石を踏む足音が鮮明に記録された約3分間をデジタル複製して番組でオンエアし、以降、毎年9月の恒例コーナーとして同じ音源を流し続けてきた。
異変が起きたのは、2022年9月12日に届いた5枚目のはがきだった。定型のリクエスト文の末尾に、鉛筆で小さな文字が書き足されていた。
『毎年ありがとうございます。よく聞こえています』
単なるリスナーからのお礼のようにも読める。しかし水野さんが私に連絡をくれたのは、文面の変化が理由ではなかった。今年の放送準備のため、資料館の保管室でマスター音源の全体(約12分)を聞き直した際、放送に使っていない区間に、耳を疑う音声が混入していることに気づいたのだという。
私は資料館の視聴覚ブースで、1969年のマスター音源の再生に立ち会った。
番組で使用している3分間の清流音が終わった後も、テープには静かな川の音が続いていた。やがて収録開始から4分10秒が経過したあたりで、録音マイクの位置を変えたような「ガサリ」という乾いた衣擦れの音が響く。その直後、水音の奥から、遠くのスタジオマイクを通したような男性の声が明瞭に入り込んできた。
『FMやなせです。堰下の……せき、堰下の中村さんから、今年もいただきました』
それは紛れもなく、水野さん自身の声だった。
局に残されている過去の同録(生放送の録音テープ)と波形を照合したところ、この声は2021年9月23日の生放送中、水野さんがスタジオで実際に読み上げた紹介コメントと完全に一致した。水野さんは「堰下」という地名を発音する際、一瞬「せき…」と言い淀んでから言い直す癖があるが、1969年の資料テープの中でも、まったく同じタイミングで言い淀み、同じ間隔で息を吸っていた。
資料館の学芸員である小野和江さんは、音源データの管理ミスを疑った。2018年以降に放送局へ音源を貸し出した際、局側が生放送の録音ファイルを誤って資料館のマスターファイルに上書き保存し、それが1969年のテープの続きとして統合されてしまったのではないか、という推論である。
小野さんは、古いオープンリールから音声を光ディスク(DVD-RAM)へデジタル移行した2017年の作業日報と、その当時にバックアップとして作成された銀色の複製ディスクを取り出した。水野さんがFMやなせに着任したのは2018年春であり、2017年のディスクに水野さんの声が入っているはずはなかった。
しかし、2017年当時の密封ケースから取り出したディスクを再生した瞬間、やはり4分10秒の位置で、2021年の水野さんの声が静かに再生された。
「ケースの日付ラベルが後から張り替えられた可能性も考え、私たちはさらに遡ることにしました」と小野さんは話した。
資料館は2017年秋、地域の郷土史研究会に所属する元高校教諭の男性へ、研究用資料としてこの音源の複製ディスクを1枚無償譲渡していた。私たちは南條市にある男性の自宅を訪ね、書斎の戸棚に保管されていた未開封のプラスチックケースを提供してもらった。

男性は退職後にディスクを一度も開けておらず、ラベルには2017年の資料館の公印がかすれずに残っていた。その場でノートパソコンのトレイにディスクを入れ、再生ソフトのタイムバーを4分目へと進めた。
スピーカーから、1969年の水音とともに、やはりあの声が流れてきた。
『FMやなせです。堰下の……せき、堰下の中村さんから、今年もいただきました』
放送局のシステムエラーやファイルの取り違えという説明は、この瞬間に成り立たなくなった。水野さんが堰下からのはがきを初めて受け取る前年、まだ放送局のスタジオでマイクを握る前の2017年に焼かれたディスクに、4年後の2021年の彼自身の生放送の声が、あらかじめ川の音の背後に焼き付けられていたことになる。
放送局の送信ログを確認したが、水野さんが毎年番組で流していたのは、声が入る手前の「開始から3分00秒まで」の区間だけであり、4分以降の音声が電波に乗ったことは一度もない。水野さんの声が湖底の川の音に紛れ込んだ原因も、それがなぜ2017年の記録媒体に先回りして存在していたのかも、誰一人として説明できなかった。
今年のはがきにあった「よく聞こえています」という一文は、果たしてラジオの電波を通して届けられた川の音に対する言葉だったのか。それとも、水野さんが読むはずの言葉を、あらかじめ受け取っていた誰かからの返事だったのか。
差出人の中村氏に尋ねようにも、はがきに記載された番地は、現在もダムの冷たい水底に没したままである。
2022年9月23日の生放送当日。スタジオのミキサー卓の前に座った水野さんは、進行台本の原稿を私に見せてくれた。例年通り、1969年の川の音が3分間流される予定に変更はない。ただ、曲紹介の前に印刷されていた『堰下の中村さん、今年も届きました』という一文の上には、太い黒いペンで、何重もの取り消し線が引かれていた。



