渋谷駅前のビルの時計に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。夕方の駅前の交差点。左の駅の建物と右のビルに、それぞれ丸い時計が付いている。

駅前の待ち合わせ場所には、見上げれば合っている時計が、写真の中でだけ遅れて写ることがある。

渋谷駅前では、駅の壁の時計と、交差点の向かいにあるビルの壁の時計が、同じ方向から見える。待ち合わせの人は、どちらかの時計の下を目印にすることが多い。夕方には、どちらの時計の下にも、携帯電話を手にした人が何人も立っている。

会社員の加藤由紀代さん(34歳)は、渋谷で人を待つとき「ビルの時計の下にいます」と伝える。初めて来る相手には、駅の時計とビルの時計の両方が見える写真を送り、場所を分かりやすくしていた。学生のころから10年以上、同じ場所で人を待っているという。

2020年12月、加藤さんはその写真を何枚か私に見せてくれた。駅の時計とビルの時計が、いつも少し違う時刻を指している。10日の写真では、駅が17時42分、ビルが17時41分だった。ほかの日の写真でも、ビルのほうが1分遅い。

古い時計が1分遅れているだけなら、特に不思議はない。加藤さんが気にしていたのは、ビルの下で見上げると遅れていないことだった。自分の携帯電話の時刻と合わせて確かめても、針の位置は合っているという。

「写真を見た相手から、時計が遅れているねと言われたんです。下で見ていた私には、遅れていなかった」

12月17日、私は撮影時刻を正しく保存できるようカメラの時計を合わせ、現地へ行った。まず駅の時計を近くから撮り、次にビルの下へ移動した。どちらも、撮った時点のカメラの時計と同じ分を指していた。

ところが、交差点へ戻って2つの時計を一緒に撮ると、ビルの時計だけが1分前を指している。数分おきに10枚撮ったあと、もう一度ビルの下へ行くと、また合っていた。

この段階では、見え方が違うのか、本当に針が動いているのか分からなかった。私が交差点とビルの間を歩いている間に、時計が進んだ可能性もある。

駅の時計についても確かめた。駅員によると、駅の壁の時計は、駅の中にある親時計から信号を受けて針を進める仕組みで、秒の単位まで合わせてあるという。駅の時計が1分進んでいるのなら、ビルの下で見たときにも、2つの時計は合わないはずだ。

ビルの管理会社に尋ねた。ビルの時計は、2012年に中の機械を電波で時刻を合わせる方式に替えている。毎日決まった時刻に標準の電波を受けて、針の位置を自分で直す。管理会社は22日に時計を点検し、実際の時刻との差は数秒だったと答えた。

加藤さんは、点検を頼みたいというより、なぜ写真を撮ると違う時刻になるのか知りたいと言った。そこで次は、加藤さんにビルの下で針を見ていてもらうことにした。

2021年1月18日、私は歩道の通行を妨げない場所にカメラを固定した。ビルの下にいる加藤さんとは、電話をつないだままにした。私は撮る位置を変えず、レンズで写す範囲だけを広げたり狭めたりする。

ビルの時計だけを大きく写すと、17時24分だった。加藤さんが下から読み上げた時刻も24分で、カメラの時計とも合っている。

そのまま写す範囲を広げ、画面の左端へ駅の時計を入れた。駅は24分を指している。ビルの時計の長針は、1つ前の目盛りへ移り、23分になった。

「いま、そちらは何分ですか」

加藤さんは24分だと答えた。針が戻るところは見ていないという。私は駅を画面の外へ出し、ビルだけに戻した。カメラに写る長針も24分へ戻った。

この間、私は同じ位置にいて、加藤さんもビルの下から動いていない。1分をまたいでしまわないよう、同じ分のうちに2回ずつ繰り返した。駅の時計が入っているときだけ、ビルが1分遅く写った。

私はその都度シャッターを切った。帰ってから保存した写真を同じ大きさに拡大しても、長針の位置は違っていた。カメラの小さな画面で見たときだけの読み違いではなかった。

遠くから肉眼で見た場合にも変わるのかは確かめられていない。私の位置からは、ビルの時計の細かな目盛りが読み取りにくかった。加藤さんが真下から見た針と、私のカメラに写った針の位置が合わないことは、電話で何度も確かめた。

同じ場所で、もう一つ試した。写す範囲を広くしたまま、カメラの前方に黒い板を立て、駅の時計が見える方向だけを遮った。ビルの時計は隠さず、両方を写したときと同じ大きさで画面に入れた。

この状態では、ビルの長針は加藤さんの読み上げる時刻と合った。板をどけて駅の時計が見えると、1分前の目盛りへ戻った。大きく撮ったときと小さく撮ったときの差でもなさそうだった。

駅の時計の代わりに、私の腕時計をカメラの前に差し出し、ビルの時計と同じ画面に入れてもみた。腕時計は24分、ビルの時計も24分のままだった。ビルの時計が遅れて写るのは、駅の時計と一緒に写ったときだけだった。

念のため、その場で使い捨てのフィルムカメラでも2つの時計を一緒に撮った。翌日に現像した写真でも、ビルの時計は1分前を指していた。カメラの中で画像を処理する仕組みによるずれとも考えにくい。

帰宅後、今度は2つの時計が写った写真を編集した。左側を切り取り、駅の時計が見えない画像にする。ビルの針は遅れた位置のままだった。撮るときに駅を隠した場合と、撮り終えた写真から駅を除いた場合では、結果が違っていた。

管理会社には写真と撮り方を送り、点検のときに同じ撮影を試せないか尋ねた。1月26日、担当者から返事があった。自分の携帯電話で、交差点から2つの時計を一緒に撮ってみたという。送られてきた写真でも、ビルの時計は1分遅れていた。

担当者は、ビルが建った1985年の記念の冊子も調べてくれた。表紙に、交差点から駅とビルを並べて撮った写真が載っている。当時のビルの時計は、中に歯車の機械が入ったもので、管理人が週に1度、文字盤の裏へ上がって針を合わせていた。

管理人の日誌が残っていた。1985年から機械を替える2012年まで、針を合わせた日には、決まって「駅ノ時計ニ合ハセタ」と書いてある。電波で合わせる仕組みのない時代、管理人は向かいの駅の時計を見て、同じ分に針をそろえていた。

冊子の写真を拡大すると、駅の時計は10時5分、ビルの時計は10時4分を指していた。管理人が駅に合わせていた時計も、駅と一緒に写した写真では、1分遅れていた。

担当者は、管理人がたまたま合わせ損ねた日だったのかもしれないと書いていた。冊子の写真がいつ撮られたのか、日誌のどの日に当たるのかは分からない。分かったのは、人の目で駅に合わせた歯車の時計と、電波で合わせる今の時計が、駅と同じ写真に入ったときに同じ1分の遅れを見せたことだった。

私が冊子の写真の写しを見せると、加藤さんは長いあいだ2つの文字盤を見比べていた。「私が生まれる前から、写真の中ではこうだったんですね」

加藤さんは、その後も同じビルの下で待ち合わせている。ただ、相手へ場所を伝える写真だけ、縦に撮るようになった。1月の終わりに送ってくれた写真には、ビルとその時計だけが写っていた。

情報提供者撮影。夕方のビルを見上げた縦長の写真。壁の上部に数字のある丸い時計が1つ写り、窓には明かりがついている。向かいの駅と駅の時計は画面に入っていない。
加藤さん撮影。2021年1月下旬、渋谷駅前。加藤さんが待ち合わせ場所を伝えるために送った写真。駅の時計を画面に入れず、ビルだけを縦に撮っている。

駅も一緒に写せば、相手には位置が分かりやすい。それでも、加藤さんはもう両方を入れた写真を送らないという。

「自分が見ている時刻と違う時刻を、相手に送るのが嫌なんです」

その写真を送った日、加藤さんは時計の下で、相手が交差点を渡ってくるまで携帯電話をしまって待っていた。来た相手に何分待ったかと聞かれ、加藤さんは見上げたビルの時計の針を読んで答えたという。

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