小さな商店街の店には、頼んでいない修理の請求書が、警察の記録を後ろ盾にして届くことがある。
神村町の雑貨店には、「夜間ガラス取替、破片処理」と記された請求書が残っている。店主の中村孝文さん(仮名、68歳)は、その工事を頼んでいない。工事をしたとされる夜、店を訪れた警察官も、戸が割れていないことを確かめていた。
私にこの店を教えたのは、かつて神村町の交番に勤めていた小林茂久さん(仮名)だった。2019年3月、商店街の外れの雑貨店でガラス戸が割れているという通報があった。対応記録の写しには、通報を受けた時刻が0時12分、警察官が着いた時刻が0時19分とある。通報は商店街の入口にある公衆電話からで、男の声だったという。警察官は店の外から戸と窓を照らして確かめたが、破損は見つからず、誤報として処理された。
2021年1月12日、私は中村さんを訪ねた。中村さんは、通報のあった朝の6時ごろに店へ来たと話した。鍵を開けて入ると、ショーウィンドウの内側の床にガラス片が集められていた。戸や窓に穴はなく、ガラス棚にも割れた箇所はなかった。
中村さんがその朝に撮った写真にも、ショーウィンドウ越しに床の破片が写っている。中村さんは初め、誰かが割れたガラスを交換し、破片を掃き集めてくれたのかもしれないと考えた。2日後に請求書が届いたときは、警察が緊急の修理を手配したのかと思ったという。
夜間のガラス修理は、ふつう店主か警察、警備会社が業者を呼び、作業が終わると依頼した人が確認の署名をする。請求はその後に来る。中村さんに届いた請求書は3万8千円で、作業確認の欄は空いたままだった。摘要の欄には「0時19分 警察到着後に作業」と印字されている。
しかし、戸のガラスには、以前からある斜めの引っかき傷が残っていた。配達の台車をぶつけたときの傷だという。通報より前に娘が撮った店先の写真にも、同じ場所に線が写っている。私が訪ねた日にも、その傷はあった。ガラスを取り替えたのなら、傷は残らない。
中村さんは請求書の番号へ電話した。相手は、警察も確かめに来たのだから、仕事が済んでいることは間違いないと答えたそうだ。私が小林さんから見せてもらった写しには、警察が修理を頼んだという記載はない。警察官が確かめたのは、戸が割れていないことだけである。
それでも、請求した業者は、警察が来た時刻まで知っていた。夜中のことで、近所の人も気づいていない。中村さん自身、警察が来たことは、この請求書で初めて知った。
店内に破片を置くには、鍵の掛かった戸を開けなければならない。戸の鍵も、裏口の鍵も壊れていなかった。中村さんの店の鍵は、中村さんと娘が1本ずつ持つだけである。ただ、10年ほど前に裏口の錠を替えたとき、商店街に飛び込みで来た業者に頼んだことがあった。その業者の名前は、もう覚えていない。
中村さんは結局、代金を払っていた。修理したと納得したからではなく、店内へ破片を置いた者がまた来るのが嫌だったという。事件のあとに鍵も替えた。破片は菓子箱に入れ、また同じ工事代を請求されたら見せるつもりで取ってあった。
箱はカウンターの下から出てきた。ふたを開けると、縁の厚い破片が重なっている。戸のガラスとは厚さが違い、店内の棚にも同じ厚さのものは見当たらなかった。中村さんがカウンターへ置いた箱を、私はまずそのまま撮った。

警察へ保管の経緯を伝えるため、私は中村さんに、箱へ入れた破片を誰かに渡したことがないか尋ねた。中村さんは、1つだけ送ったと答えた。送り先は、請求書に記された業者だった。
請求書が届いたとき、中村さんは電話で、戸にあるガラスより破片のほうが厚いと抗議していた。相手は、現物があれば確認すると言った。そのため中村さんは、大きな1片を選び、請求の訂正を求める手紙と一緒に送ったのだという。
中村さんは手紙の控えと、送る前に撮った写真を残していた。控えには「店の戸に入っているものとは厚さが違います。取り替えたガラスかどうか確認してください」とある。写真の破片は、取材の日に取り出したものより大きく、中村さんの手のひらを覆っていた。
送付後にもう一度電話すると、現物は届いたが工事は済んでいる、という返事だった。請求額は変わらず、破片も返されなかった。中村さんが払ったのは、その電話のあとだった。「破片を送れば、向こうも間違いを認めると思っていました。送ったら、かえって相手のところに証拠が渡っただけでした」と中村さんは言った。
電話の内容を、中村さんは手帳に書き留めていた。相手は最後に、「鍵も新しくされたそうで、安心ですね」と言ったという。
発送の控えも、鍵を替えたときの領収書も、中村さんは同じ封筒に入れていた。日付を見ると、破片を送ったのは鍵を替えた翌日だった。手紙には、鍵のことは何も書いていない。鍵を替えたことを知っていたのは、中村さんの家族と、錠を取り付けた鍵店だけのはずだった。鍵店は商店街で40年続く店で、中村さんとも古い付き合いがある。ただ、錠の交換は店の前で1時間ほどかかり、鍵店の車も表に止めていた。店を見ていた人がいれば、分かることではある。
1月14日、私は小林さんに中村さんの手帳を見てもらった。小林さんは、交番にいたころの記録を思い出したと言った。2018年から2019年にかけて、同じ商店街で、夜中に「ガラスが割れている」という誤報が3件あった。2018年10月、2019年1月、そして中村さんの店の2019年3月である。どれも公衆電話からで、駆けつけた警察官は破損を見つけていない。
小林さんの紹介で、そのうち1軒の布団店を訪ねた。店主の青木悦子さん(仮名)も、誤報の後に修理の請求書を受け取り、払っていた。業者の名前は中村さんの請求書と違うが、品目は同じ「夜間ガラス取替、破片処理」で、金額は4万2千円だった。床にガラス片が残っていたことも同じである。
「警察が来て何もなかったと言うんだから、騒ぐことでもないと思ったんです。でも、誰かが夜中に店の中にいたのは確かでしょう。払っておけば、それで済むと思いました」
青木さんは、払った後に何か変わったことはないかという私の問いに、何もないと答えた。それから少し考えて、払った翌月に、店の裏の植木鉢が全部、表に並べ直されていたことがあると言った。
小林さんは、ここからは自分の考えだと断ってから話した。「誤報でも、警察が来たという事実は残ります。請求する側は、それを工事をした証拠のように使える。店の人は、払えば夜中に入られることはもうないと思う。払う理由を、店の人に自分で作らせているんです」
小林さんは、3件の誤報と、2軒に届いた請求書をまとめて警察へ相談することにした。警察は請求書を預かり、破片は手を付けずに保管しておくよう中村さんに伝えたという。私は請求書の番号へ連絡したが、つながらなかった。
中村さんは16日、ガラス店に戸の交換を頼んだ。私は菓子箱の破片を1片、職人に見てもらった。厚さは8ミリほどあり、戸に入っていた5ミリのガラスとは違う。大きな店のショーウィンドウに使う厚い板だという。この商店街で8ミリのガラスを入れている店に心当たりはない、と職人は言った。取り外した戸のガラスも、警察の確認が済むまで捨てずに店内に残してもらうことにした。
職人が古い戸を外しているあいだ、中村さんはカウンターの内側の椅子に座り、菓子箱を膝の上に載せていた。職人が台車の傷のあるガラスを壁に立てかけると、中村さんは箱のふたを開けて、中の破片の数を数え直した。


