獄中市民プールの水底のラインに関する奇妙な記録

閉館後の屋内プール。コースロープを外した静かな水面の下に、底のラインが5本並んでいる。職員がスマートフォンで撮影した写真。

地方の市民プールには、閉館後の点検写真にだけ、水底の線が一晩違う本数で写った記録が残っていることがある。

獄中市民プールは、25メートル、4コースの屋内プールである。水底には、泳ぐ方向の目印となる黒いラインが、1コースに1本ずつ引かれている。泳ぐ人はこの線を見て、曲がらずに進む。浮きの付いたコースロープは、隣を泳ぐ人との間を区切るもので、底の線そのものがコースの境目になっているわけではない。

2020年11月19日、受付の山本由紀恵さん(41歳)は、常連の渡辺昌宣さん(68歳)から「端のコースは、いつから使えるんですか」と尋ねられた。渡辺さんは健康のために週に何度か通っている。速く泳ぐ人が後ろに来ると、壁まで泳ぎ切る前に気づいて端へ寄る。ゆっくり泳げる細いコースが端にあるなら、そこを使いたいと話した。

「定年の後、医者に勧められて通い始めたんです。速い人に後ろから来られると、焦って水を飲んでしまう。だから、端に細いのができたのなら、ありがたいと思ったんですよ」

山本さんは、歩く人向けの利用時間のことだと思い、時間割を渡した。渡辺さんは、それとは別に、底にもう1本線がある場所だと説明した。

閉館後には、職員が落とし物や片付け忘れがないかを見回り、点検表に結果を書く。あわせて、コースロープを外した後のプール全体をデジタルカメラで1枚撮り、点検表の控えとして保存している。毎晩、線の数を数えるための撮影ではない。

渡辺さんの話を聞いて、山本さんは写真を見返した。2020年11月16日、月曜日の21時12分に撮った1枚に、黒いラインが5本写っていた。撮ったのは山本さん自身だが、そのときは線が多いことに気づいていなかった。

「いつもプールサイドの同じ角から、同じように撮ります。ロープが全部外れているか、浮いている物がないかを見るための写真なので、底の線を数えたことはありませんでした」同じ日の点検表には、手書きで「異常なし」とだけある。

私は11月24日、施設の許可を得て点検表と写真を見せてもらった。10月から11月までの50枚近い写真のうち、5本と数えられたのは16日の1枚だけだった。

16日の写真では、黒い線はどれも反対側の壁の手前まで続いている。写真のファイルに残る撮影日時は点検表の時刻と合い、後から加工した跡も見つからなかった。カメラは10月から同じ物を使っている。水面に映った照明を線として数えたのかとも考えたが、明るい反射とは別に、同じような形で終わる5本が見える。プールの幅が広がったようには見えず、線と線の間隔が普段より狭くなっていた。

このプールは毎年2月に水を抜いて点検する。点検を担当する職員が撮った、2020年2月の写真も見せてもらった。水面の反射がない状態なら、実際に底へ描かれた線を数えられる。

獄中市民プールの点検担当職員が撮影した、排水後のプール。白いタイルの底に4本の黒いラインが平行に伸びている。
点検担当職員撮影、獄中市民プール提供。2020年2月、水を抜いた点検時の写真。水底に4本の黒いラインが見える。

排水したプールの底には4本の線がある。線の間に、以前のコースを塗りつぶしたような平行の補修跡も見当たらない。11月24日の閉館後に私が撮った写真でも、黒いラインは4本だった。

16日の夕方には、子ども向けの水泳教室が開かれていた。教室で使う目印のテープや、底に沈めるマットが残っていた可能性を考え、私は山本さんに備品の貸出簿を見せてもらった。16日に貸し出したのはビート板と浮き具だけで、底に置く道具は記録にない。教室の担当者も、終わった後に片付けたと話した。テープを貼ったのなら、ロープを外した後の写真に、貼り終えた線の端が写るはずだが、それも見当たらなかった。

2月と11月16日では撮影条件が違うので、古い写真だけで16日の水底がどうなっていたかまでは決められない。ただ、4コースという案内だけを根拠に、5本を見間違いとして片付けることもできなかった。

職員を通じて渡辺さんに話を聞くと、細いコースを見たのは11月16日の利用を終えた後だった。ほかの利用者はすでに水から上がり、職員がロープを外していた。渡辺さんは更衣室へ向かう通路からプールを見たという。5本の線が写った写真と同じ晩である。

「振り返ったら、端に1本、細いのが空いていたんです。新しくできたんだと思いました。あそこなら、後ろを気にしないで泳げると思って」

職員が「線が1本多い」と考えた光景を、渡辺さんは「空いているコースがある」と受け取っていた。

プールサイドで場所を示してもらうと、渡辺さんは片側の壁と、普段のいちばん端のラインとの間を指した。私は16日の写真をその位置と比べた。壁際だけに1本を描き足した写真なら、渡辺さんの指す場所で話が通る。ところが、写真では5本全部が、狭い間隔で並び直したように見える。普段の4本をそのまま残して、端に1本だけ加えた配置ではなかった。

4つのコースに合わせて置かれたスタート台は、普段と同じ位置に写っている。16日の写真では、台から真っすぐ泳ぎ出しても黒いラインの上に出ない場所がある。プールの幅も台の場所も変わらないのに、泳ぐための目印だけが台と合わなくなっていた。

写真を並べてその違いを伝えると、渡辺さんは「じゃあ、どれが余ったんですか」と尋ねた。私も、5本の中から余計な1本を見つければよいと思っていた。だが、16日の写真からどの線を1本除いても、残る4本の位置は普段の配置に戻らない。

5本が狭い間隔で並ぶ配置に、元になる図面がないか。私は山本さんに、開館当時の資料が残っていないか尋ねた。山本さんが倉庫から出してきたのは、1979年の開館前に作られた設計図の写しだった。同じ棚には、開館の年から綴じてきた2月の点検表もあった。水を抜いた日に、底の線ごとに剥がれや汚れを書く紙で、どの年も線の欄は4つある。ただ、1979年の最初の1枚だけは、印刷された欄が5つあり、5つ目を鉛筆の線で消していた。

設計図の平面図では、同じ幅のプールに、黒いラインが5本描かれていた。コースの幅は今より狭く、壁際にも1コースある。5本の線の間隔を16日の写真と比べると、写真の線は図面の線とほぼ同じ位置に並んでいた。

開館から勤め、16年前に退職した元職員の寺坂実さん(76歳)は、図面を見てすぐに事情を話した。

「最初は5コースで描いたんです。それが、工事の途中で、大人がゆっくり泳げるように1コースの幅を広くしようという話になって、4コースに直しました。底の線を塗る前でしたから、5本の線は一度も引いていません。スタート台も4つしか頼まなかった」

「2月に水を抜いた日は、線を1本ずつ歩いて見て回りました。最初の年の点検表は、印刷を頼んだのが図面を直す前だったので、欄が5つのままでした。5つ目は、私が鉛筆で消したんです。そのあとは4つの欄で刷り直しました」

図面の訂正は、5本の上に斜線を引き、余白に4本の位置を書き込む手作業で行われていた。工事に使ったのは訂正後の4本で、写真にも点検表にも、それ以外の配置が出てきたことはないという。

図面と古い点検表の話を伝えると、渡辺さんはしばらく黙っていた。「引かれなかった線なんですね。じゃあ、あそこで泳いだ人は、まだ誰もいないんだ」

11月30日、山本さんは閉館後にロープを外す前と外した後を続けて撮った。どちらの写真も底のラインは4本だった。渡辺さんに結果を伝えると安心した様子だったが、ほかの人を気にせず泳ぎたいという希望は変わらなかった。山本さんは、比較的混まない時間を案内した。

渡辺さんはその時間に来て、普段の端のコースを使っている。山本さんが声をかけると、ロープの内側を指して「ここでいいんですよね」と確かめたという。

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