病院の夜間巡回の記録には、歩いた距離に見合わない時間が、理由の欄を空けたまま残ることがある。
ある総合病院の4階にある集中監視病棟Aでは、夜勤の職員が2時間おきに東廊下を見回る。廊下は約40メートルで、ナースステーション側の入口と突き当たりの壁に、それぞれ小さなボタンが付いている。職員が押すと、押した場所と時刻が記録器に残る。巡回を確かに行った証明として使われるものだ。途中の病室をのぞきながら歩いても、入口から奥まではふつう3分ほどで着く。
ボタンの記録で分かるのは、両端に着いた時刻だけだ。その間に誰が何を見て、どこで立ち止まったかは残らない。病院の名前と職員の氏名は伏せる。巡回を担当していた職員を、ここでは中村康宣さん(仮名)と呼ぶ。
2020年11月30日の月曜日、中村さんが入口のボタンを押したのは1時12分、突き当たりのボタンは1時22分だった。3分の道のりに10分かかっている。その夜の報告書には、突き当たりで扉を見つけ、「開けずに戻った」とだけ書かれていた。私は病院の管理者を通じて、個人情報を除いた巡回記録の写しと報告書、中村さんが携帯電話で撮った写真を見せてもらった。
まず、普段の突き当たりがどうなっているかを確かめた。そこには、もともと人が出入りする扉がない。壁の裏は配管を通すためのスペースで、床に近い位置に60センチ四方の点検蓋があるだけだ。中村さんは毎回この壁まで歩いてきて、脇のボタンを押していた。
管理者が用意してくれたのは、11月30日の朝、中村さんが同僚と突き当たりへ戻って撮った写真である。低い位置の蓋は、配管を点検するときに業者が開けるものだ。中村さんが夜中に見たという扉と取り違えないよう、先に普段の壁を示しておく。

中村さんの話では、その夜は壁の中央に薄い灰色の扉があった。病室の扉より少し狭く、レバー式の取っ手が付いている。部屋番号の札はなかった。工事のために仮に付けた扉だと思い、近づく前に携帯電話で写真を撮ったという。
「工事の予定は掲示板に貼り出されるので、見落としたのかと思いました。管理者に報告するなら写真があったほうがいい。それで、まず撮ったんです」
写真に付いた撮影時刻は1時15分だった。入口でボタンを押してから3分後で、普段どおりの速さで突き当たりへ着いたことになる。ところが、突き当たりのボタンが押されたのは、その7分後の1時22分である。報告書の余白には、本人の字で「7分不明」と書き足されていた。
私は最初に、時計のずれを疑った。携帯電話の時刻と、ボタンの記録器の時刻が合っていなければ、7分は計算の上でしか生まれない。12月3日、管理者に頼んで記録器の時刻を確かめてもらうと、標準時との差は20秒ほどだった。中村さんの携帯電話は通信会社の時刻に自動で合わせる設定になっている。当夜の時計が同じ状態だったとまでは言えないが、7分の差を説明できるほどのずれは見つからなかった。
同じ日、私は管理者に付き添われて昼の東廊下を歩いた。入口から突き当たりまで、病室をのぞかずに歩けば1分足らず、一部屋ずつ扉の窓からのぞいても3分かからなかった。途中に、人が7分も足止めされるような曲がり角や扉はない。
次に、写真そのものを見た。夜の廊下を照明の下で撮ったもので、全体に暗い。壁の中央に、縦に長く色の違う部分がある。中村さんはそこを扉だと説明するが、私には取っ手や枠までは見分けられなかった。照明の反射か、夜の写真によくある色むらだと言われれば、否定はできない。
ただ、中村さんが10分かけて突き当たりへ着いたことは、写真とは別に記録器が示している。私は、なぜ扉を開けなかったのかを尋ねた。知らない部屋だから、管理者に確かめてからにしようと考えたのだろうと思っていた。
「触る前に、取っ手が下がったんです」
レバーの先がゆっくり下がったので、向こうに誰かがいて、こちらへ出てくるのだと思った。中村さんは一歩脇へ寄った。取っ手は元の位置へ戻ったが、扉は開かない。そこで「どうぞ」と声をかけると、また取っ手が下がった。
「向こうも、こっちが通るのを待っているのかと思いました。だから、扉の前を空けて待ったんです」
中村さんは何度か「どうぞ」と言い、そのたびに取っ手が動いた覚えがある。声や足音は聞いていないし、扉にも触れていない。向こうに人がいると考えた理由は、声をかけた後の取っ手の動きだけだった。本人の感覚では、待っていたのは1分にも満たない。
報告書の「開けずに戻った」という一文には、待っていたことが書かれていない。何度も声をかけたと書けば、長く立ち止まっていたように読まれてしまう。1分もかからなかったという自分の感覚と、10分という記録とを、一つの報告にまとめられなかったのだという。管理者には、私が話を聞く前に口頭で説明し直していた。
夜勤が明けると、中村さんは同僚と東廊下へ戻った。突き当たりには低い点検蓋があるだけで、灰色の扉はなかった。その週に設備の担当者が壁と図面を調べたが、扉を付けた記録も、最近工事をした跡も見つからなかった。
設備の担当者は、調べた図面の中に古い一枚があったことを管理者に伝えていた。私は12月5日、その写しを見せてもらった。病棟が今の形に改装される前の図面で、東廊下の突き当たりには幅の狭い扉が描かれ、その先に小さな四角が書き込まれている。下の階とつながる搬送用の昇降機の乗り場だった。改装で昇降機は使われなくなり、乗り場は壁でふさがれて、今の配管スペースになったという。
その昇降機を知っている人を、管理者が探してくれた。改装前に病棟Aで夜勤をしていた元看護師の北川登代子さん(仮名、72歳)である。電話で話を聞くと、北川さんはすぐに「東の突き当たりですね」と言った。
「あの昇降機は、夜中に亡くなった患者さんを下の階へお送りするときに使っていました。廊下を通って運ぶと、ほかの患者さんの目に触れますから。巡回のときに搬送と行き合うことがあるので、突き当たりでは扉の正面に立たない、と先輩から教わりました。出てくる人がいたら、脇に寄って、どうぞと言って通す。新人はみんな、そう言われたものです」
北川さんの記憶では、この決まりは紙の巡回簿の時代のもので、文章にして配られたことはない。突き当たりで時刻を書き込み、扉の脇へ寄ってから引き返す。夜勤の職員はそういう順番で動いていた。ボタン式の記録器が付いたのは、昇降機がふさがれた後のことだ。
中村さんが入職したのは、改装のずっと後である。昇降機のことも、北川さんの世代の決まりも、聞いたことはなかった。それでも中村さんは、あの夜、扉の前を空け、どうぞと言って待っていた。
北川さんの話を伝えると、中村さんはしばらく黙ってから、「では、待っていたのは正しかったんですね」とだけ言った。
中村さんは今もこの病棟で夜勤を続けている。巡回の順路は変わらないが、突き当たりでは壁の中央に向かって立たず、ボタンのある横へ寄ってから押すようになった。理由を尋ねると、「もし開いたら、邪魔になるから」と答えた。
12月8日の夜、私は管理者の許可を得て、中村さんの巡回に途中まで同行した。入口のボタンを押した中村さんは、病室を一つずつのぞきながら東廊下を歩き、3分ほどで突き当たりに着いた。壁の前でいったん足を止め、右へ半歩ずれてから、ボタンを押した。それから低い点検蓋を一度見て、来た道を戻っていった。



