深海中央工務店の竣工写真に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。曇り空の下に建つ2階建ての古い事務所。建物の前に電柱が立っている。

会社のアルバムに残る竣工写真には、社員が誰も知らない部分が、当たり前のように写り込んでいることがある。

北都県深海市の深海中央工務店は、2016年に廃業した。2階建ての旧社屋は空き家になり、売りに出されている。経理を担当していた高橋文代さんは、会社の書類を整理しながら、建物が新しかったころの写真を売却用の資料に添えようと考えた。古い外観が分かれば、買い手が建物の手入れの具合を判断しやすくなる。

高橋さんが古いアルバムから抜いたのは、1988年の竣工時、つまり建物が完成したときに撮られたカラー写真だった。入っていた袋には「北面・引渡し前」とある。建物の北側から撮ったもので、足場はほぼ片付いている。2階の窓の上に、同じ大きさの窓がもう4つ並び、屋根はその上にあった。

3段目の窓のうち、左から2つ目と3つ目には明かりがついていた。片方には机の端のような影も見える。窓の形だけでなく、人が使う部屋が上にあるように写っていた。

高橋さんは入社してから廃業まで、毎日この建物に通った。書類を置きに行くのも、人を呼びに行くのも2階で、それより上へ行く用事はなかった。

「上の階があるなんて、誰からも聞いたことがありません。でも、自分の会社の写真ですから、よその建物と間違えたとも思えなくて」

売却資料に入れる前に確かめたいと、高橋さんは私に写真を見せてくれた。

2020年12月5日の土曜日、私は高橋さんと旧社屋を訪ねた。前の道から見る建物は2階建てで、屋上の小屋もない。窓の間隔、入口の位置、壁の継ぎ目は、古い写真とよく対応していた。似た別の建物の写真をアルバムに入れていた、という説明はしにくかった。

写真では3階があっても、その後に取り壊したのかもしれない。市に残る建築の届け出の書類では、建物は初めから地上2階だった。階を増やしたり減らしたりした届け出も見つからなかった。ただ、会社の設計資料は1987年4月より前の数か月分が抜けており、設計の段階をすべて追うことはできない。

私は窓を見上げながら、写真の3段目がガラスの反射ではないかとも考えた。だが、写真の窓は2階の窓ガラスの中に重なって写っているのではない。2階の上の壁に4つ並び、その上に屋根が写っている。反射なら、屋根の位置まで上へずれることはない。

建物の北側は隣の駐車場に面している。私はそこへ回り、2階の窓の上の外壁を双眼鏡で見た。窓をふさいだ跡があれば、壁の色や継ぎ目に出るはずだ。だが、2階の窓のすぐ上には横に1本の継ぎ目があるだけで、その上は軒まで同じ色の壁が続いていた。写真で4つの窓が並んでいた高さには、換気口も見当たらなかった。

高橋さんは写真の袋を探し直し、同じ社屋を南側から撮った1枚も出してくれた。裏に書かれた日付は北側の写真と同じだった。南側から見た建物では、2階の上にすぐ屋根がある。

裏書きの日付どおりなら、北側が工事前で南側が改築後、という説明はできない。同じ日の完成写真なのに、一方には3階があり、もう一方にはない。ただ、撮った順番や、日付が正しく書かれたかまでは確かめられなかった。

建物を管理する不動産会社の許可を得て、高橋さんと中を見た。1階の奥から階段を上がると、2階の廊下に出る。階段はそこで終わっていた。上へ続く扉も、階段をふさいだような開口の跡も見当たらない。

私は階段の上から廊下を撮った。写真の左側は1階へ下りる階段で、正面は壁になっている。

霧島秀一撮影。旧社屋2階の廊下。左に1階へ下りる階段と手すりがあり、正面は壁、右側には部屋の出入口が並んでいる。
霧島秀一撮影。2020年12月5日、深海中央工務店の旧社屋2階。階段の上から見た廊下。

高橋さんは窓際を指し、自分の机があった場所を教えてくれた。窓から見える電柱の位置にも覚えがあるという。「3階を2階と呼んでいたわけではありません」と、私が聞く前に言った。写真を見せた相手から、階の呼び方を間違えているのではないかと聞かれたことがあったらしい。

2階の天井には点検口が一つあり、不動産会社の担当者が脚立で開けてくれた。懐中電灯で照らすと、天井の裏には梁と配線が通り、すぐ上に屋根の下地が見えた。人が立てる高さはない。

高橋さんが気にしていたのは、写真の3階に誰がいたのかより、あの4つの窓を誰が拭いていたのかだった。年末の大掃除では担当を決め、北側の窓も社員が自分たちで拭いていた。

アルバムには、その大掃除の写真も残っていた。2階の窓から身を乗り出さずに外側を拭ける道具を使っている。手書きの担当表もあったが、3階の欄はない。仕事中に上がる用事がなかったとしても、建物の掃除なら、窓を見て誰の担当か決めることになる。

北側の写真の裏には、日付とは別に「北側三階、採寸不要」と書かれていた。採寸は、工事や取り付けの前に、使う部分の寸法を測ることである。高橋さんは、見積もりの範囲や職人への注意を写真に書くことがあったので、これも仕事の指示だと受け取っていた。

誰の字かは、高橋さんにも分からなかった。ただ、写真の裏書きをした人は、写真を見ただけの私たちと違い、「北側三階」という場所をはっきり指していた。そこを測らなくてよい理由は書かれていない。

採寸を頼む相手なら、竣工のころに出入りした業者だろう。高橋さんが古い取引先の名簿をたどり、窓のブラインドを納めた内装店の元店主、宇野昭次さん(81歳)に行き着いた。12月9日、私は高橋さんと一緒に宇野さんの自宅を訪ねた。

宇野さんは写真の裏を見ると、すぐに「これは社長の字ですよ」と言った。当時の社長は、2016年の廃業より前に亡くなっている。高橋さんも、言われてみれば社長の字だと認めた。

「引渡しの前に、窓の寸法を測りに行ったんです。社長がこの写真を出してきて、裏に書きながら、上の四つは測らなくていい、もう掛かっているから、と言いました。見上げたら、確かに3段目の窓にはもう布が下がっている。白っぽい布で、4つとも同じ高さまで下ろしてありました。うちのブラインドではありません。それで、2階の窓の分だけ納めたんです」

私は、宇野さんが北側で見上げたのが本当に3段目の窓だったのかを尋ねた。宇野さんは、写真の2階の窓を指で数えてから、その上を押さえた。「ここです。2階は測りましたから、間違えようがない」

宇野さんの控えの帳面も残っていた。1988年の欄に深海中央工務店の名があり、納めたブラインドの枚数は2階の窓の数と一致している。北側の欄の端には、鉛筆で「上4 先方済」と書き足されていた。ほかの取引先の欄も見せてもらったが、施主の側で用意したので納めなかった、という意味で「先方済」と書いたのは、この1件だけだった。

高橋さんは帰りの車の中で、大掃除の担当表の話をした。北側の窓を割り振るとき、社長はいつも2階の窓だけを数え、それより上の分は担当表に載せなかったという。高橋さんたちも、言われたとおりの数を拭いた。

「社長は、北の上はいい、とだけ言うんです。私たちは、上というのは屋根のことだと思っていました。屋根は業者さんに頼むものですから、誰も聞き返しませんでした」

12月12日、不動産会社の担当者が売却資料を作るため、旧社屋の窓の寸法を測りに来た。高橋さんと私も立ち会った。担当者が北側の外壁の高さも控えておこうと、2階の窓の上へ巻き尺を伸ばしかけたとき、高橋さんは写真の裏を見せた。担当者は少し笑って、2階の窓だけを測った。

「採寸不要とあれば、測らないですから」

高橋さんはそう言って、1988年の写真を袋に戻し、裏書きが上になるようにアルバムへ挟んだ。

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