町の写真館の飾り窓には、何十年も同じ見本写真が置かれ、通りの人の記憶にだけ、写っている姿の移り変わりが残っていることがある。
北都県の旭町商店街にある白鳥写真館は、2021年の春で店を閉める。店主の田中定宣さん(84歳)は、閉店の前に、色あせた見本写真をきれいにして残したいと考えていた。撮影した像が残るフィルム、つまりネガから、もう一度紙の写真を作るつもりだった。同じネガを使えば、色は変わっても、写っている姿は変わらないはずである。
写真館の見本は、店がどんな写真を撮るのかを通りの客に見せるためのものだ。日の当たる飾り窓に置けば、色は年ごとに薄くなる。白鳥写真館では、色が抜けても同じ1枚を置き続け、通りの人はそれを店の目印にしていた。
見本は1987年の七五三で撮った7歳の少女だった。家族の了承を得て、その年の11月から飾り窓に置いていたという。着物を着て、幕を背景に立っている。田中さんは、別の写真へ替えたことはないと話した。
「見本は店の顔ですから。替えるなら、ちゃんと家族に断ります。一度も断りに行ったことはありません」
焼き直す前に見てほしい、と昔の写真を持ってきたのは、向かいの金物店で働く高橋基宣さんだった。夏祭りのたびに店先から通りを撮り、その端に白鳥写真館の飾り窓も写っていた。少女を記録するための撮影ではなかったが、見本がその年にどう見えたかを比べることができた。
「最初は、店の前に下げたちょうちんを撮っていただけなんです。去年、閉店の話を聞いて古い写真を見返していたら、あの子の手が気になって。毎年うちの店の前から見ていたはずなのに、いつ変わったのか、誰も話題にしなかった」
2003年の写真では、少女が右手に千歳飴の袋を持っている。2012年の写真では、その袋は左手にある。2020年には袋がなく、両手をおなかの前で重ねていた。千歳飴は七五三で持つ長い飴で、ここでは細長い袋に入っている。手の位置と一緒に確かめられる物だった。
高橋さんの写真は、撮った道具も違う。2003年はフィルムで撮り、写真屋で焼いたプリントの裏に日付が印字されている。2012年はデジタルカメラ、2020年はスマートフォンで、どちらも撮影日がファイルに残っていた。3枚とも夏祭りの夕方で、飾り窓の同じ位置に同じ額が見える。
まず疑ったのは、焼き方の違いだった。裏返しにしたネガから写真を作れば、左右は入れ替わる。しかし、3枚に写る幕の折り目と着物の柄は、同じ側にあった。画面全体の左右が逆になったのではなく、袋を持つ手が違っていた。
高橋さんの手元には、2003年の分のネガも残っていた。駅前の写真店で見てもらうと、ネガでも少女は右手に袋を持っていた。プリントを焼くときに何かが変わったのではない。3枚は、それぞれの夏に飾り窓にあった見本の姿を写していた。
2021年3月6日の土曜日、私は金物店の前から飾り窓を見た。少女の見本に袋はなかった。写真館へ入り、ガラスの反射を避けて横から見ても、重ねた手の前には着物しか見えなかった。
田中さんは金物店の3枚を黙って見てから、やはり写真は替えていないと言った。私は、同じ日に撮った別のコマへ替えた覚えはないかと尋ねた。少女が撮影中に袋を持ち替えていれば、姿の似た別の写真は作れる。
人の手で入れ替えた可能性も確かめた。飾り窓のガラス戸には鍵が掛かり、鍵は田中さんが帳場の引き出しにしまっている。店を手伝う人はいない。高橋さんも「あのガラス戸が開くのは、年に一度、田中さんが掃除をするときだけです」と話した。
田中さんは額を外し、裏を見せてくれた。背面は紙で封がされ、店の印と「62.11」の日付があった。昭和62年は、撮影した1987年に当たる。大きな破れや、新しく貼り直した跡は見当たらなかった。
下の写真は、その背面を撮ったものだ。額をいつ開けたかまでは、紙の見た目から確かめられない。ただ、田中さんが見本として残していた現物は、この額だった。

撮影当日のネガは、棚の奥の箱にまとまっていた。残っている数コマを見ると、少女はすべて右手に袋を持っている。左手に持つ姿も、手ぶらで立つ姿も、その中にはなかった。
田中さんはネガを光にかざし、少女の指を見ていた。袋を渡すと片手でしっかり握り、母親が直そうとしたときも、その手だけは動かさなかったという。「途中で持ち替えてもらった覚えはない」と言った。
当時の様子を聞けたのは田中さんだけだった。家族は数年後に町を離れ、店の帳面にも名字しか残っていない。本人に見本を見てもらい、どの姿で撮ったか尋ねることはできなかった。
田中さんは右手の袋がはっきり写るネガを1コマ選び、新しい小さなプリントを用意した。3月9日、飾り窓の額の横に並べて見せてくれた。新しい方には、右手に握った袋がある。古い方では、右手を左手の上へ置いている。
「色が抜けるのは、赤や黄色からです。けれど、握った指が開くことはありません。写真は紙の上の像ですから」と田中さんは言った。
色あせて袋だけが見えなくなったのなら、握った手の形は残るはずだった。古い見本は、何も持たずに立つ姿として手が収まっていた。2012年の写真でも、袋を左手で持つ形になっている。田中さんが残そうとしていた見本には、ネガを焼き直すだけでは同じにできない部分があった。
同じ日、田中さんはネガの箱の隣にあった、最近の注文の控えをめくっていた。閉店の準備で、写真を渡し終えた客を確かめていたという。その手が、2019年11月の1枚で止まった。
七五三の撮影の控えで、帳面にある1987年の少女の家と同じ名字が書いてあった。撮ったのは7歳の娘と、付き添いの母親である。今はデジタルカメラで撮り、撮影日と時刻がファイルに残る。田中さんが画面に出してくれた写真では、娘が右手に千歳飴の袋を握っていた。後ろに立つ母親は何も持たず、両手をおなかの前で重ねていた。
「その日は、昔ここで撮ってもらったと言われた気がするんです。ただ、どなたの話か聞き返さないまま、忙しさで済ませてしまった」
母親の年齢は控えに書いていない。1987年に7歳だった少女なら、2019年には39歳になる。同じ人かどうかは分からない。控えの電話番号に連絡するかを尋ねると、田中さんは、写真を渡し終えたお客さんに用もなく電話はしないと答えた。高橋さんの写真で、見本から袋が消えていたのは、その翌年の夏祭りだった。
私は高橋さんの写真をもう一度並べた。2012年の夏祭りと2020年の夏祭りの間には、飾り窓が写った写真がない。袋が消えたのが2019年11月より後なのかどうかは、写真からは決められなかった。
新しいプリントは、額に入れられなかった。田中さんは、いつか家族が来たら、見本に使わせてもらった写真を返すつもりだったという。閉店に向けて焼き直そうとしたのも、きれいな写真を残しておきたかったからだ。
「お預かりした顔ですから、勝手に新しくするわけにもいかない」と田中さんは言った。
ネガに写っているのは、確かに撮った姿である。一方、長く飾り窓に置き、商店街の人が見ていたのは古い見本だった。田中さんに、元の姿が分かったのだから替えればよいのではないかと聞くと、「どれを返すか分からなくなる」と答えた。
田中さんはネガと新しいプリントを同じ袋に入れ、2019年11月の控えと一緒に引き出しへしまった。両手を重ねた姿の古い見本は、飾り窓へ戻した。閉店までは、そのまま置くことにしたという。



