北都交通柳瀬営業所の忘れ物の傘に関する奇妙な記録

営業所の職員撮影。事務所の棚に忘れ物の傘が並び、持ち手に白い札を付けた黒い長傘が掛けてある。

バス会社の忘れ物の棚には、持ち主が取りに来ないまま、同じ路線から何度も届く傘があることがある。

北都交通の柳瀬営業所では、バスの車内に残された物を受付で預かる。運転手は終点に着くたびに車内を見回り、見つけた物を袋に入れて営業所へ持ち帰る。受付の職員は、見つかった日、路線、便、席の位置を台帳に書き、品物に受付番号の紙を付けて棚に置く。持ち主から問い合わせがあれば、台帳と棚を見て返す。3か月たっても受け取りに来ない物は、保管を終えて処分する。

その棚に、同じ路線から何度も届く黒い長傘が1本ある。受付の小林和枝さん(54歳)は、木の持ち手に付いた白い傷を覚えていた。2018年に、自分が棚から落として付けたものだという。受付に勤めて20年近くになる小林さんは、届く傘の持ち手をいちいち覚えているわけではない。この1本だけは、自分で傷を付けたので忘れなかった。

2021年3月12日にも、柳瀬駅を回る循環線の最終バスで黒い傘が見つかった。場所は、いちばん後ろの席の足元だった。運転手が車内を見回り、忘れ物として受付へ届けた。小林さんは持ち手を見ると、また同じ傘だと思った。届けた運転手は、終点まで乗っていた客は3人で、いちばん後ろの席に座った人はいなかったと覚えていた。

木の持ち手には、糸で紙札が結んである。「S.K. 1998.6」。小林さんは、持ち主の頭文字と、傘を買った年月だろうと考えていた。営業所の台帳には、2016年7月から今回まで、同じ札を付けた黒い傘の届け出が11件ある。全て循環線の最終バスで見つかり、持ち主が受け取りに来た記録はなかった。

台帳は2019年まで紙で、その後はパソコンに入力し、品物の写真も一緒に残すようになった。紙の時代の欄には、小林さんの字で「持ち手に白傷」と書き添えた日が3回ある。パソコンに替わってからの写真にも、同じ傷が写っている。

営業所では3か月ごとに、保管を終える品を確認している。この傘にも過去の処分日が記入されていた。小林さんは、処分する束へ入れ忘れたのではないかと思い、2020年には別の職員と札を確かめてから束へ入れたという。処分する傘は束ねて倉庫に置き、月末に回収の業者が持っていく。業者が持ち去るまでの間に束から抜かれたかどうかは、営業所では確かめていない。

ただし、傘が壊されるところを見たわけではない。処分へ回した後、誰かが拾って使い、バスへ置いていった可能性は残る。同じ物が戻るという話だけでは、その経路と区別できなかった。

3月下旬、私は営業所で実物と過去3年分の写真を見せてもらった。白い傷は、どの写真でも持ち手の同じ場所にある。先が少し枝分かれした形まで似ていた。

霧島秀一撮影。机に置かれた黒い長傘の木の持ち手。曲がった部分に白い傷があり、糸で結んだ紙札に「S.K. 1998.6」と読める。
霧島秀一撮影。2021年3月下旬、北都交通柳瀬営業所。黒い長傘の持ち手に白い傷があり、紙札には「S.K. 1998.6」と書かれている。

小林さんは、次に保管を終える際は、処分まで確かめたいと言った。私はその前に、札に書かれた年月の意味を調べることにした。1998年から同じ人が使っていたと考えてよいか、まだ誰にも確かめていなかった。

営業所の昔の写真を持つ元職員、加藤良宣さん(78歳)に札の写真を見せた。加藤さんは、雨の日に窓口で傘を貸していた時期があると教えてくれた。引き取り手のなかった傘から使える物を選び、窓口の傘立てへ出していたという。

返すときは運転手に手渡すか、営業所へ持ってくる。加藤さんが保管していた手帳には、1998年6月に貸し傘へ札を付けた記載があった。作業を担当した職員の頭文字がS.K.で、点検した人と年月が分かるようにしていたという。その職員はすでに退職し、加藤さんも連絡先を知らなかった。

当時の窓口の写真にも、札の付いた傘が並んでいる。加藤さんには、今の黒い傘まで特定することはできなかった。分かったのは、札が持ち主の記名とは限らないことだった。

受付へ戻ると、小林さんは台帳の「所有者申出なし」という11件の記載を読み返した。返却された貸し傘なら、受け取りに来る持ち主がいないのは当然である。傘を置いた人にとっては、返したところで用事が済んでいたのかもしれない。

それでも、毎回、最終便の同じ席に置く理由までは分からない。小林さんは3月12日に届いた傘を処分の束から外し、受付奥で保管することにした。

3月29日、私は営業所で貸し傘の写真をもう一度見ていた。小林さんは保管中の黒い傘を持ってきて、机の横へ立てた。その夜の最終バスが戻り、運転手が忘れ物を窓口へ出した。黒い長傘だった。

小林さんは受け取る前に、私の横を見た。3月12日の傘は、そこに立てたままだった。

窓口に届いた傘の持ち手にも、「S.K. 1998.6」の札がある。私は小林さんと2本を机へ並べた。白い傷だけでなく、紙札の角の欠け方や、糸が紙へ食い込んだ跡まで似ていた。片方は乾いており、今届いた方の布は雨で濡れていた。

同じ型の傘と同じ書式の札は、複数あってもおかしくない。私は写真を撮り、混同しないよう、乾いた方の札の裏へ小さな鉛筆の丸を付けてよいか尋ねた。小林さんがうなずき、私に鉛筆を渡した。

丸を書いた後、机の上のもう1本の札を裏返した。こちらにも丸があった。私が丸を閉じたときの線のはみ出しまで似ている。

小林さんが両方の札を上向きに置いた。傘が転がらないよう、私は持ち手を押さえた。小林さんが乾いた方の丸の横へ短い線を1本引いた。濡れた方の札にも、同じ向きの線が現れた。そちらの紙には、私も小林さんも鉛筆を当てていなかった。

私は手を離し、2枚の札を一緒に動画へ収めた。小林さんが、今付けた短い線だけを消しゴムで消した。もう1枚でも線が薄くなり、見えなくなった。初めに書いた丸は、両方に残った。

重ねて書いた紙を2枚に分けたのではない。札はそれぞれ別の傘に結ばれ、机の上でも離れていた。布が濡れていたのは最後まで1本だけで、傘全体の状態が同じになるわけでもなかった。

小林さんは、その晩の忘れ物を受け付けた。台帳には3月12日とは別の受付番号が付いた。過去11件が全てこの2本のどちらかだったのか、ほかにもあったのかは分からない。処分した物がそのまま戻った、とも言い切れなくなった。

新しい受付番号を書いた紙は、古い札には貼らず、それぞれの傘の布に巻いた。小林さんは翌朝、2本とも棚にあることと、新しい番号が別々のままであることを確かめた。

その後、私は加藤さんに、傘が2本あることを電話で伝えた。加藤さんは手帳をもう一度開き、1998年6月の記載を読み上げてくれた。「黒長傘 2本 札付け S.K.」。同じ日に札を付けた黒い長傘は、初めから2本あった。加藤さんは、雨がやめば返してもらう、それだけの貸し方だったと話した。誰へ貸したかを控えていなかったので、返された数と貸した数を合わせたことはないという。

「2本貸して、1本ずつ返ってくれば、窓口では1本しか見ません。それで足りていると思っていました」

台帳を見直すと、11件の届け出のうち、2本が同じ時期に棚にあったと読める日はなかった。いつも1本が届き、処分され、また1本が届いている。

小林さんは、古い札を外すのをやめた。2本を別の棚に置き、新しい番号で管理している。札の裏には今も丸が一つずつ残っている。小林さんが消した短い線は、どちらにも戻っていない。夕方に最終便の運転手が出ていくとき、小林さんは棚の前に立って、2本の持ち手の白い傷が両方そこにあるのを確かめてから、受付の明かりを一つ落とす。

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