沢渡小学校の百葉箱に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。草の伸びた校庭に立つ白い百葉箱と、奥の木造の校舎。

閉校した小学校の校庭には、児童がいなくなった後も、観測の記録が書き足され続けている百葉箱が残っていることがある。

北都県柳瀬市の沢渡小学校は、2019年3月に閉じた。在校中は、昼休みに当番の児童が校庭の隅へ出て、白い箱の扉を開けていた。中の温度計を読み、天気と一緒にノートへ書く。次の当番が続きを書けるよう、ノートは開いたまま置いておく決まりだった。

最後の担任だった小林良昭さんは、当番の決まりをよく覚えていた。

「当番は4年生以上で、1週間ずつ交代でした。扉を開けたら、温度計に息がかからないよう少し離れて読む。天気は空を見上げて、晴れ、くもり、雨のどれかを書く。最後の年は児童が11人しかいなかったので、同じ子が何度も回ってきました」

白い箱は百葉箱という。温度計に雨や直射日光が当たらないようにしながら、板の隙間から周りの空気を通し、外の気温を正しく測るための箱である。

小林さんが2021年4月に校庭を訪ねると、扉の隙間から、ノートに4月の日付が並んでいるのが見えた。閉校前の書き込みなら、3月までのはずだった。小林さんは教育委員会へ連絡した。

5月6日の木曜日、私は担当職員の加藤信恵さんと校庭を訪ねた。加藤さんが鍵を開けると、中にはガラスの温度計と開いたノートがあった。右のページに「5月6日 晴 18.5」と書かれている。

この学校で気温を測る時刻は昼12時だった。私たちが着いた14時ごろには、温度計は20度ほどを指していた。18.5という数字は、昼の値として特におかしくは見えなかった。

霧島秀一撮影。扉を開けた白い百葉箱の中に、ガラスの温度計と開いた罫線入りのノートがある。ノートの右ページには5月6日、晴、18.5と鉛筆で書かれ、左ページにも余白がある。
霧島秀一撮影。2021年5月6日14時ごろ、沢渡小学校の百葉箱を開けたところ。ノートには昼12時の気温を書く決まりで、最新の行に18.5とある。撮影時の温度計は約20度を指していた。

ノートの前の方を読むと、2019年3月の下へ4月の日付が続いていた。年度が替わっても新しい冊子には移らず、年が改まるページの上に、2020、2021と書き添えてある。字の大きさは不ぞろいだが、閉校後の欄に名前はなかった。

在校中の欄には、当番の名字が小さく書き添えてある。小林さんは、閉校後の字を最後の年の児童の字と見比べた。似ている字もあれば、どの子とも違う字もある。1人の字が続いているようには見えなかった。

錠がさびていることだけで、誰も触れていないとは言えない。校庭は外から入れるし、箱にも隙間がある。小林さんは、以前の当番を覚えている人が記入を続けているのかもしれないと考えていた。

小林さんが持ってきた最後の年度の学校だよりと、記入のない日を比べた。長く空いている箇所は、昔の夏休みや冬休みの期間に収まる。5月3日から5日までの連休にも行がない。休み明けの6日は、前のページを使い切らず、右のページへ移っていた。

「学校のある日だけなんですね」と私が言うと、小林さんは「もう学校のある日は、一日もないでしょう」と答えた。ノートの休み方が合っていたのは、閉校前の予定だった。

記入する人を確かめるため、加藤さんは翌7日の昼にも校庭へ行くことにした。私と小林さんも同行した。12時を少し過ぎて着いたとき、校庭は晴れていた。白い箱へ近づくと、内側から細かい水音が聞こえた。

扉を開けると、小さな水滴が落ちていた。天井の板から漏っているのかと思い、私は上を見た。内側の天井は乾いており、その少し下から、細い雨のように水滴が落ちてくる。温度計の下の台板に水がたまっていた。

小林さんは屋根の上も確かめた。水はたまっていなかった。加藤さんによると、その日は清掃や散水の予定もない。私たちは箱の周りと下を見たが、水を送る管は見つからなかった。

ノートには「5月7日 雨 12.0」とあった。鉛筆の字は読めるが、紙の下端が濡れている。温度計も12度近くを指していた。私はノートを取り出し、加藤さんの用意した袋に入れた。

「当番の子が雨と書いた日に、外を見たら晴れていたら、私はたぶん書き直させていました」と小林さんは言った。箱の中に手を入れたまま、しばらく動かなかった。

雨はやがて止まった。扉を開けたまま待つと、温度計の値はゆっくり上がった。校庭にいる間、私たちの肩や、箱の外へ置いた荷物は濡れていない。箱の中へ入れた手と、そこから出したノートだけが濡れていた。

誰が書いたのかを確かめに来て、記入する人は見られなかった。しかし、この日の「雨」は、晴れた校庭を見誤って書いた文字ではなかった。少なくとも、開けた箱の内側では水が降っていた。

5月10日の月曜日、私たちは昼12時より前に集まった。ノートは教育委員会で保管され、箱の中には温度計だけが残っていた。加藤さんの許可を得て、私は箱の内側を一通り撮影した。板の裏にも、水をためる容器は見当たらない。扉は開けたままにし、底へ乾いた白い紙を置いた。同じ紙を、箱の外の台にも置いた。

12時すぎ、内側の紙に小さな染みができた。粒は小さく、生まれる瞬間を一粒ずつ追えたわけではない。私が見ていた範囲では、乾いた天井の板の少し下から粒が落ちていた。私は箱の内側と外側を同じ画面に入れて撮った。中の紙には染みが増え、外の紙は乾いたままだった。

持参した温度計を中へ置くと、備え付けの物と同じく、12度ほどまで下がった。外へ戻して待つと、20度を超えた。元の温度計だけが壊れていたわけではない。ただ、濡れた物が乾くときには温度計も冷える。この値を、そのまま箱の中の気温とは扱えなかった。ノートがなくても箱の中では水滴が降り、温度計の値も下がった。誰かが濡れたノートを入れ、その水が滴っていただけではなかった。

閉校のとき、学校の書類は教育委員会の書庫へ移されていた。加藤さんに頼み、5月11日に、昔の観測ノートを見せてもらった。段ボール箱に、1970年代からの冊子が年度ごとに束ねてあった。

1984年度の冊子の6月12日の行に、「雨 13.0」とあった。その横に、担任の赤い字で「外は晴れ。箱の中が雨だったと当番が言う。見たとおりに書かせた」と書き添えてある。同じ年度に、同じ書き込みがあと2回あった。どちらも晴れた日の昼だった。

加藤さんが当時の職員の名簿を調べると、その年の4年生以上の担任は1人だけだった。すでに退職し、連絡先は分からないという。当番の児童の名前は、冊子のどこにも書かれていなかった。

小林さんは、この書き込みを知らなかった。赴任したのは2010年代で、古い冊子を開いたことはないという。

「見たとおりに書かせた、というのは、いかにも昔の先生らしいです。子どもが嘘をついたと決めつけずに、そのまま残したんでしょう。私は、天気は空を見て書きなさいと教えていました。箱の中を見て書くなんて、考えたこともありませんでした」

閉校後の記入は、全てを照合したわけではない。5月6日のように、外の天気と違わない日もある。誰が、どうやってノートを書き足したのかも分からない。分かったのは、閉校の35年前にも、晴れた昼に箱の中だけが雨だった日が、当番の言葉どおりに記録されていたことである。

加藤さんは温度計も回収し、箱はそのまま使わないよう管理担当へ伝えた。小林さんは、最後の観測日を5月10日と書いてほしいと頼んだ。2019年の閉校日にさかのぼって終わったことにすると、取り出したノートの2年分を説明できなくなるからだという。

ノートの最後の行は「5月7日 雨 12.0」のままだった。私は回収記録に添えるため、濡れた紙と、乾いた校庭の写真を加藤さんへ渡した。書庫を出る前、小林さんは袋の中のノートを閉じた。次の当番のために開き直すことはしなかった。袋の口を折り、1984年度の冊子の上に重ねて、段ボール箱のふたを閉めた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です