稲生神社の絵馬に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。神社の境内の木の棚に、たくさんの絵馬が赤いひもで掛けられている。

町の小さな神社の絵馬には、書かれた年月が、元号の発表より前に掛けられていたものが混じることがある。

北都県南條市の稲生神社は、住宅地の中にある小さな神社である。社務所に、「令和九年五月」と書かれた絵馬が保管されている。願い事は「家族が元気で過ごせますように」、名前は「さき」。令和9年は2027年なので、今年から6年先の日付になる。

将来の願いを書いたのかもしれないと私は思った。しかし、宮司の佐藤定之さんが気にしていたのは、その年月だけではなかった。最初にこの絵馬を見つけたのは2018年5月で、令和の元号が発表される前の年だったという。

2021年5月15日の土曜日、私は社務所を訪ねた。佐藤さんのスマートフォンには、絵馬を近くから撮った写真が保存されていた。写真の日付の表示は、2018年5月12日だった。

「写真の日付を変えたと言われたら、それまでです」

佐藤さんはそう言って、画面をこちらへ向けた。確かに、端末に表示された日付だけでは、いつ撮った写真なのか決められない。私は、撮ったときに誰かへ送っていないか尋ねた。佐藤さんはしばらく考えてから、絵馬を掛ける棚の修理の話を始めた。

佐藤さんは、ほかの神社の仕事も掛け持ちしている。不在の日には、参拝者が箱へ代金を入れ、絵馬を1枚取って書く。誰が何時に来たかを、一人ずつ確かめる仕組みにはなっていない。掛けられた絵馬は1年ほど棚に残し、古いものから外して、正月明けにまとめて焚き上げる。

2018年の春、絵馬の棚を支える木が傷んだ。佐藤さんは、普段から境内の手入れを手伝っている世話人の鈴木重宜さんへ、写真を添えたメールで修理を頼んだという。

鈴木さんに連絡すると、当時のやり取りが残っていた。許可を得て、佐藤さんと一緒に見せてもらった。5月のメールには、傷んだ脚から棚の上まで写した写真が添えられていた。スマートフォンの接写とは別の写真である。

棚の端を拡大すると、「令和九年五月」と読める札があった。鈴木さんの返信は、脚を交換する日と、作業の間に絵馬を外して置く場所についてだった。二人とも、札の文字には触れていない。

「棚の脚のことしか見ていませんでした。絵馬は、外すときに傷つけないようにと思っただけで、一枚一枚読んだりはしません」と鈴木さんは言った。

令和という元号が発表されたのは、翌2019年4月1日である。その前の修理の相談に写っていたのなら、佐藤さんが年を取り違えているだけでは説明がつかない。メールは鈴木さんの端末に届いたもので、佐藤さんが後から書き換えられるものでもなかった。

私は、問題の絵馬を残した理由も聞いた。佐藤さんは当初、「令和」を人の名前の一部か、子どもが考えた年号だと思っていたという。ただ、脇には「さき」という名前が別にあり、年は九年になっていた。何から数えた九年なのか、書いた人がまた来れば聞いてみたいと思った。

そのため、ほかの古い絵馬と一緒には焚き上げず、社務所へ移した。残しておいた札の文字が新しい元号と同じだと分かったのは、その翌年の春だった。

「4月1日の昼、社務所のテレビで発表を見ました。額に入った二文字が映ったとき、すぐに封筒を出しに行きました。見間違いではないかと、何度も見比べました」

元号の発表後、2019年の5月に、同じ願い事を書いた絵馬がもう1枚掛かった。年月と名前も「令和九年五月 さき」のままだった。2020年、2021年にも続き、佐藤さんの手元には4枚ある。

4枚とも、見つけたのは5月の第2週だった。掛かっていた場所も、毎年棚の下の段の右端である。今年の分は、私が訪ねる3日前の5月12日に見つけた。佐藤さんは、神社にいる日の朝は棚の前を掃きながら新しい絵馬を目で数えているが、いつ掛かったのかは分からないという。

佐藤さんは、見つけた年を表に書いた封筒から、1枚ずつ取り出した。どれも神社で扱っている形の木札で、古い物ほど色が濃い。「九」の最後を長めに伸ばすところや、「家族」の書き始め、名前の位置にも似たところがあった。

同じ人が毎年書いたように見えた。ただ、前の札を見て写した可能性もある。筆跡だけで、書き手が一人だとは決められなかった。

2018年の封筒から出した札には、修理の写真で見えた物と同じ木目があった。佐藤さんの了解を得て、その現物を撮影した。下の写真は私が今回撮ったもので、2018年の写真ではない。

霧島秀一撮影。赤いひもの付いた古い木の絵馬が机に置かれている。左に家族が元気で過ごせますように、右に令和九年五月、その左下にさきと黒字で書かれている。
霧島秀一撮影。2021年5月15日、稲生神社の社務所で見た絵馬。佐藤さんが2018年に見つけ、封筒に分けて保管していた1枚。年号だけでなく、九年という年と名前の位置も確認できる。

書き手を探す手掛かりとして、私は絵馬の数を確かめることにした。佐藤さんは毎月の終わりに、箱の代金と、売り場に残った絵馬の数を数え、帳面に付けている。代金の分だけ絵馬が減っていれば、その月の数は合う。

帳面には、2018年からの月ごとの数が鉛筆で並んでいた。佐藤さんと一緒に、2018年から2020年までの5月の欄を見た。今年の分は、その日のうちに佐藤さんが数え直した。

売り場の箱には、1枚500円の代金が入る。月末に佐藤さんが箱を開け、硬貨を数えてから、売り場の束に残った絵馬を数える。帳面には、月の初めの枚数、月末の枚数、代金の合計が並んでいた。どの年も、減った絵馬の数と代金は合っていた。持ち去られた絵馬も、代金を払わずに取られた絵馬もない。

次に、棚に掛かった絵馬の数を、佐藤さんの撮った写真と、外した絵馬の束から数えた。佐藤さんは、焚き上げの前に、年ごとの絵馬の数を帳面の余白に書いている。5月に掛かった絵馬は、どの年も、その月に売れた数より1枚多かった。

神社の形の絵馬は、ほかでは手に入らない。前の年に買った絵馬を取っておいて、次の年に書いて掛けたのなら、数は合わなくなる。ただ、それが4年続いたことになる。佐藤さんは、去年の分が売り場から1枚少なくなっていなかったかも、帳面で確かめた。減った数は代金と合っていた。

「数が合わないのは、ずっと私の数え間違いだと思っていました。毎年5月だけ1枚多い。掛けてある絵馬を数えるときに、さきさんの札も数えていたんですね」

願い事には、病気の名も、将来起きる出来事も書かれていない。佐藤さんは、家族が元気でいてほしいという文から、何か悪いことを予告した札だと決めたくないと言った。毎年同じ願いを書く参拝者は、ほかにもいる。

気になるのは、年を毎年直さないことだった。書いた時期を示すつもりなら、その年の年月を書けばよい。願いがかなってほしい時期を示すつもりなら、九年はまだ来ていない。書き手に尋ねない限り、どちらの使い方かは分からない。

佐藤さんは、もう一つ数え方に気づいていた。令和9年の2027年は、最初の札が見つかった2018年から数えると、ちょうど9年後に当たる。九年は元号の年ではなく、最初に掛けた年から数えた年なのかもしれない。どちらに読んでも、書き手が2018年に、まだ発表されていない元号を使っていたことは変わらない。

佐藤さんは、「さき」という名前を頼りに近くの家を訪ねたり、同じ名前の参拝者に家族の事情を聞いたりはしていない。売り場に、書き手を探す貼り紙を出す予定もないという。来年の5月も、帳面の数は同じように付ける。

片付けるとき、佐藤さんは4枚を重ねず、それぞれの封筒に戻した。今年の封筒に「2021年の絵馬」と書きかけ、「2021年に見つけた分」と直した。それから帳面を開き、今年の5月の欄の余白に、鉛筆で小さく「1枚 さき」と書き足した。

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