緑ヶ丘の迷い犬の貼り紙に関する奇妙な記録

情報提供者撮影。住宅地の電柱に、白い小さな犬の写真が載った貼り紙がテープで留めてある。

住宅地の電柱に貼られる迷い犬の紙には、毎年同じ犬の写真のまま、日付だけが新しく刷り直されるものがある。

北都県柳瀬市の緑ヶ丘では、毎年5月になると、ハルという白い小さな犬の貼り紙が出る。犬をハルと呼んで後を追い、犬を飼っていない家の門まで来た人がいる。今年は、そこから帰ろうとして、もう一度同じ家の呼び鈴を押した人もいた。

緑ヶ丘に住む高橋和加子さんが白い犬を見たのは、2017年5月のことだった。公園にいた犬が、電柱の紙の写真と似ていたので、「ハル」と呼んだ。

犬は振り返り、高橋さんが近づくと少し先へ歩いた。そこで止まり、また近づけば歩き出す。最後に止まったのは、公園から2本先の道にある住宅の門の前だった。

迷っていた犬が家へ帰れたのだと思い、高橋さんは門へ手を掛けようとした。すると、犬は植え込みの向こうへ走っていった。呼び鈴を押して白い犬のことを話すと、出てきた住人は、この家では犬を飼っていないと言った。貼り紙には住所がない。高橋さんが飼い主の家だと思った根拠は、犬が門の前で止まったことだけだった。

高橋さんから連絡をもらい、私が訪ねたのは2021年5月22日の土曜日だった。机には過去4年分の紙と、今年の掲示を撮った写真が用意されていた。

2017年の紙は、雨で傷んだ掲示を取り替えるときに、自治会の人から受け取ったという。その後も5月になると同じ犬の紙が出たため、6月に外すときに1枚ずつ残してもらっていた。今年の分はまだ電柱にあり、写真で比べた。

犬の写真も、文章の改行も同じだった。名前はハル。電話番号も変わっていない。替わっていたのは、行方不明になった日である。

2017年は5月14日、翌年は5月13日。その次が5月12日、昨年が5月10日、今年が5月9日。暦と照らすと、5年とも5月の第2日曜日だった。前の年の紙を貼り直したものではなく、その年の日付で新しく刷られていた。誰が貼っているのかは、自治会でも分かっていない。

私も今年の紙にある番号へ電話を掛けたが、使われていないという案内が流れた。高橋さんが最初に掛けたときも同じだったという。市の窓口には貼り紙の写しが届けられていたが、飼い主の連絡先は分かっていなかった。

下の写真は、私が5月22日に撮った今年の掲示である。撮影の間だけ電話番号を紙で覆い、終わってから外した。過去の4枚では、同じ場所に各年の日付が入っている。

霧島秀一撮影。電柱に貼られた迷い犬の紙の接写。白い小さな犬の写真の下に、ハル、2021年5月9日から行方不明とある。連絡先の番号は白い紙で覆われている。
霧島秀一撮影。2021年5月22日、緑ヶ丘で確認した今年の貼り紙。行方不明の日は5月9日。日付を比較できるよう接写し、電話番号には撮影中だけ紙を当てた。

古い写真を使い、電話番号の誤りに気づかないまま犬を探している人がいるのかもしれない。ただ、高橋さんはその後も、自分と同じ家まで犬についていった人がいると聞いていた。私は自治会を通じ、その家に住む宮地絹江さんに話を聞かせてもらった。

宮地さんの家族が越してきたのは2016年秋で、それ以来犬は飼っていない。家族が以前の住人に尋ねたところ、その人も犬を飼ったことはなく、近所の犬にも心当たりがないと答えたという。2017年から、5月になると、犬を探している家ではないかと人が訪ねてくる。呼び鈴が鳴るころには犬がいなくなっていて、家族は姿をよく見たことがなかった。

私は今年訪ねてきた2人にも、別々に話を聞いた。村瀬孝文さんは住宅地の入口で、もう1人は公園で白い犬を見ていた。どちらも貼り紙を読んでいて、ハルと呼ぶと犬が振り向いた。近づくと少し離れ、最後は宮地さんの家の門の前に座ったという。

2人に、そのとき立っていた位置も含めて聞くと、犬は門に背を向け、道路の方を向いて座っていた。人が門と犬の間へ入ると、犬は立ち上がり、植え込みへ走る。高橋さんに確かめると、自分のときもそうだったという。犬が門を通ろうとしたところを見た人はいなかった。

村瀬さんは、犬を飼っていないと宮地さんから聞き、間違えて訪ねたことを謝って帰ろうとした。門を離れ、来た道を引き返した。正面には、行きに曲がったT字路が見えていた。

門からT字路までは、脇道のない短い直線である。村瀬さんはT字路を正面に見たまま歩いていたが、そこへ着く前に、さきほど離れた門が進む先にあった。途中で曲がることも、向きを変えることもなかったという。

「T字路はずっと見えていました。それなのに、門の前に立っていた。振り返ったら、T字路は後ろにありました」

呼び鈴を押すと、また宮地さんが出てきた。「忘れ物ですか」と聞かれ、村瀬さんは、来た道を戻っているのにここへ着いたと説明した。今度は犬のことを尋ねず、別の道へ出るところまで一緒に来てほしいと頼んだ。

宮地さんは家の中へ戻っていたので、村瀬さんが歩いていたところは見ていない。T字路で曲がる方向を間違えたのだと思ったが、村瀬さんは、まだT字路まで行けていないと答えた。

知らない人を家に上げるのはためらわれた。ただ、村瀬さんは門の前から動こうとしなかった。宮地さんは家族に事情を話してから村瀬さんを玄関へ通し、家の中を抜けて勝手口へ案内した。勝手口の先は、表とは反対側の道路に通じている。

宮地さんは、その道から公園の入口まで村瀬さんと一緒に歩いた。村瀬さんはそこで礼を言って別れ、今度は自宅まで帰れたという。宮地さんがこのように人を送ったのは、この1回だけだった。

5月22日の夕方、私も表の門からT字路まで歩いた。脇道はなく、突き当たりまで見通せた。白い犬には会わず、そのままT字路へ出られた。高橋さんと、今年犬を見たもう1人にも帰りのことを聞いたが、門へ戻ってしまうことはなかったと答えた。

電話番号のことが気になり、私は自治会の役員に、古い名簿が残っていないか尋ねた。自治会では、昔は各戸の電話番号を名簿に載せて配っていた。番号を載せるのをやめたのは2000年代の初めで、それより前の名簿が数冊、集会所の棚にあった。

1988年の名簿を開くと、貼り紙と同じ番号があった。その行の住所は、宮地さんの家と同じ番地である。世帯主の欄には「戸川」とあった。1995年の名簿では、同じ番地は別の名字に変わり、番号も違っていた。

役員によると、戸川さんの家は90年代の半ばに引っ越していった。その後の住人が家を建て替え、宮地さんの家族はさらにその後に越してきた。宮地さんが以前の住人に犬のことを尋ねても、心当たりがなかったはずである。戸川さんの家族が犬を飼っていたのか、役員は覚えていなかった。ただ、5月の母の日のころ、庭で家族が白い小さな犬と写真を撮っていたのを見た気がする、とだけ話した。

私は名簿の写しを宮地さんに見せた。宮地さんは番号の行をしばらく見ていた。

「うちに来た人たちは、間違えて来たのではなかったんですね。ただ、30年遅かった」

宮地さんの家族は昨年、犬の飼い主ではないと書いた札を門へ出していた。それでも訪ねてくる人は減らず、以前ここで飼っていたのではないかと聞かれた。新しく住んだ自分たちが、前からいた犬を追い出したように思われるのが嫌だったという。宮地さんは、村瀬さんを送った後で、その札を外した。

自治会は、犬を見かけた場合は市の窓口へ伝え、この住宅を飼い主の家として案内しないよう呼びかけている。高橋さんは、もう同じ家まで追っていくつもりはないと話した。次に白い犬を見ても名前を呼ばないのかと尋ねると、すぐには答えなかった。

「でも、ハルだったら止めなければならないでしょう」

宮地さんは、これからも訪ねてきた人には、犬の飼い主ではないと説明する。そのあと、帰り道だけは尋ねるつもりだという。

帰り際、宮地さんは門の外まで出て、私がT字路を曲がるまで見送ってくれた。曲がる前に振り返ると、宮地さんは門に手を掛けたまま、道路の方を向いて立っていた。

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