バーバー大川の予約帳に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。古い理髪店の店内。理容椅子が1台あり、カウンターに予約帳が開いて置いてある。

町の理容店の予約帳には、もう来ることのない客の名前が、決まった枠に書き込まれ続けることがある。

南條市のバーバー大川は、理容椅子が1台だけの小さな店だ。店主の佐藤義文さん(71歳)が切り、妻の佐藤美佐江さん(68歳)が受付と掃除を手伝っている。予約は電話でも受けるが、常連の多くは店で次の予約を取る。散髪が終わり、客が椅子から立つ前に、義文さんが翌月の日時を読み上げる。客がうなずけば、受付台に置いた紙の予約帳を開き、翌月の欄へ名前を書く。

この店には毎月1時間、椅子を空けておく枠がある。第3火曜日の15時。予約帳のその欄に入るのは、2019年12月に亡くなった常連の「本田様」という名前だった。

本田さんは、義文さんが30年近く髪を切ってきた客である。第3火曜日の15時は、長くそうして決まっていた。最後に来たのは2019年11月19日で、そのときも12月17日の15時に名前を書いた。本田さんは12月の初めに入院し、その予約の日を待たずに亡くなった。84歳だった。

本田さんの娘、本田奈緒美さん(52歳)は、葬儀の後に店を訪ね、父親が亡くなったことを伝えている。12月17日の欄は、義文さんが線を引いて消した。翌月、2020年1月21日の15時は空いたままだった。

名前がまた現れたのに義文さんが気づいたのは、2020年2月の予約を確かめたときだった。2月18日の15時に「本田様」とある。その後も同じ日時の欄が埋まり、2021年6月分までで17回になる。義文さんにも美佐江さんにも、その予約を受けた覚えはなかった。

私はまず、義文さんが習慣で書いてしまうのではないかと考えた。「本」の最後の線をはねずに止め、「様」を小さく書くところまで、ほかの客の名前と似ている。義文さん自身も、書いた記憶がないだけかもしれないと話していた。

美佐江さんが電話で受けた予約は、「様」を大きく書く癖があり、見分けがつく。17回の「本田様」は、どれも義文さんの字に近かった。予約帳は営業中ずっと受付台に開いて置かれ、閉店後は義文さんが引き出しにしまう。店の鍵を持つのは夫婦だけである。

奈緒美さんは後に予約の話を聞き、電話で取り消してもらった。それでも翌月の欄には、また名前があった。毎月電話をすると申し出た奈緒美さんに、義文さんは「そこまではしなくていい」と答えたという。

「自分が書いたかもしれない名前を、娘さんに毎月消してもらうのは気の毒でした」

それでも予約帳に名前がある時間には、ほかの客を入れなかった。夫婦はその1時間を、掃除や道具の手入れに使っていた。

2021年6月15日、私は14時30分に店へ行った。この日は第3火曜日で、15時には「本田様」とある。翌月の7月20日の15時は空欄だった。義文さんに断って、両方のページを写真に撮った。

15時になる少し前に、前の客が帰った。美佐江さんが床の髪を掃き、義文さんは使ったケープを外して椅子を拭いた。私は待合の席で、入口と椅子の両方を見ていた。本田さんの予約時間になっても、客は来ない。

義文さんは、拭き終えた鋏の動きを確かめようと、椅子の横で数回、刃を開いたり閉じたりした。床に短い白いものが落ちた。美佐江さんが拾って白い紙に載せると、1センチほどの白髪が3本あった。

鋏に残っていた毛くずかと思った。義文さんもそう考え、刃を開いて拭き直した。美佐江さんは椅子の座面と背もたれをもう一度拭き、床へ新しい白い紙を敷いた。義文さんの袖や前掛けにも、毛が付いていないか確かめた。

義文さんが椅子の横に戻り、同じあたりで鋏を閉じると、また白髪が落ちた。今度は私にも、刃の間から短い毛が離れるところが見えた。鋏を閉じる前には、そこに髪は見えていない。

義文さんの手の位置は、客が座っていれば耳の上あたりになる。椅子にはケープもタオルもなく、鋏の下には空の座面がある。私は義文さんに手を止めてもらい、刃の近くを横から見たが、人の頭も、切る前の長い毛も見えなかった。

鋏に付いていた毛が、閉じるたびに少しずつ落ちたのだろうか。義文さんに椅子から離れてもらい、別の白い紙の上で同じように鋏を開閉してもらった。何も落ちない。受付台の脇でも試し、それから椅子へ戻ると、白髪が2本落ちた。

次は私が鋏を借りた。椅子の横に立ち、義文さんが示した位置で刃を閉じた。短い毛が紙の上に落ちた。高い位置や、背もたれより後ろで閉じても何も出ない。毛が落ちるのは、座った客の頭の横を切るときの狭い範囲だった。

義文さんは、椅子そのものから出ているのではないかと言い、背もたれの隙間も調べた。そこには古い毛くずが少しあった。美佐江さんが取り除いて紙を替え、私は義文さんに、椅子を横向きに回してもらった。

椅子の向きが変わると、さっきまで髪が切れた場所では何も落ちなかった。私は椅子の新しい向きに合わせ、客の頭があるはずの位置へ移った。そこで鋏を閉じると、再び短い白髪が落ちた。毛の落ちる場所は、椅子の向きと一緒に動いていた。

最後の確認は、美佐江さんに動画を撮ってもらった。映像には空の椅子と私の手が入り、刃を閉じると毛が離れ、下の白い紙へ落ちるところが映っている。私の目でも同じものを見ていた。

集めた毛を見て、義文さんは長さを指でなぞった。

「1センチですね。本田さんは、いつも横は1センチだけと言っていました。ひと月でちょうどそのくらい伸びるんです」

髪は1か月でおよそ1センチ伸びる。毎月同じ日に来る客の横の髪を切れば、落ちるのはその長さになる。本田さんは晩年、白髪だったという。ただし、長さと色だけで本人の毛とは分からない。過去17回、同じことが起きていたかも確かめられない。床屋の掃除で白髪が出ても、これまでは取り分けていなかった。

16時に次の客が来たため、確認を終えた。義文さんは椅子を元の向きへ戻し、床の紙を片付けた。私は帰る前に、もう一度7月のページを見せてもらった。7月20日の15時には、「本田様」と書かれていた。

霧島秀一撮影。予約帳に「7月20日」、その下の行に「15:00」と「本田様」が黒いインクで書かれている。
霧島秀一撮影。2021年6月15日、バーバー大川の予約帳。16時の客を迎えた後に確認した、7月20日15時の「本田様」の記入。

髪を調べている間、私は予約帳を見ていない。受付台は椅子から数歩の距離で、私たち3人は椅子の周りにいた。今回も、誰が名前を書いたかは分からなかった。

ただ、14時30分に空欄だった欄が、15時からの1時間を過ぎた後に埋まっていた。この店では、散髪を終えた客が帰る前に、翌月の予約を書く。2020年1月の欄だけが空いていたことも、12月に本田さんが店へ来られず、予約を書く機会がなかったと考えれば、同じ順番に収まってしまう。

6月19日、私は奈緒美さんに会い、この日のことを話した。奈緒美さんは、父親が散髪から帰ると、決まって玄関で「来月も取ってきた」と言っていたと教えてくれた。家の壁掛けの暦の第3火曜日には、本田さんが自分で丸を付けていた。

「入院してからも、12月の火曜は大川だから、それまでに出るぞと言っていました。12月17日の丸は、父が入院する前に付けたものです」

その2019年の暦は、年が明けて外したが、捨てずに取ってあるという。翌年からの暦に、奈緒美さんは丸を付けていない。

義文さんは、その日の髪を捨てずに保管すると言った。奈緒美さんへは、予約帳の記入に加えて髪のことも伝えたが、父親が店へ来たとまでは言えないと話していた。

7月20日の15時も、ほかの客を入れないことになった。義文さんは白髪を包んだ紙を封筒に入れ、表に「6月15日」と書いた。それを予約帳と同じ受付台の引き出しにしまい、来月は手入れを済ませてから15時を迎えると言って、鋏を砥石の横に並べた。

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