地方の朝刊には、配る地区ごとに違う広告が挟まれている。新聞販売店は、店から預かった広告の枚数と配る先を、毎日記録している。
北都県南條市桜台で一人で暮らす森本直茂さん(79歳)は、買い物のメモを作るとき、スーパーやまびこの特売品だけを外している。やまびこ桜台店は、2017年3月に閉店した。それなのに、2021年8月から、水曜日の朝刊に今週の特売のチラシが挟まってくるという。
初めて届いたとき、森本さんは閉店を思い違いしていたのかと考え、店まで歩いた。建物の戸は閉じたままで、特売品を積んだ台もない。前の電話番号も使われていなかった。チラシを持っていても、買いに行く先がなかった。
見せてもらった紙には、閉店前と同じ店名と住所がある。値段は今より少し安く、昔のチラシのようにも見える。ただ、9月1日に届いた紙の特売期間は「9月1日(水)から9月7日(火)まで」だった。その週の日付と曜日に合っている。
「昔のチラシが紛れたのなら、日付が古いはずでしょう。毎週、その週の日付なんです」
紙は、ほかの店の広告と同じ薄い紙に色刷りで、家で複写した物ではない。下の端には、南條市内の印刷所の名前が小さく入っていた。閉店まで、やまびこのチラシを刷っていた印刷所である。印刷所に問い合わせると、やまびこからの注文は2017年3月が最後だと答えた。
まず、新聞販売店の記録を確かめた。店主の前田康夫さん(66歳)によると、受け取った広告は新聞に挟み、配る地区ごとの束にする。広告の受け入れ記録にやまびこの名が載っているのは、閉店前までだった。同じ地区では、森本さんの家のほかに4軒から、チラシが届くという話が出ていた。
そのうちの1軒を訪ねると、80代の女性が、台所の引き出しから3枚を出してきた。どれも水曜日の朝刊に挟まっていたもので、特売期間はその週の水曜日から翌週の火曜日までになっていた。
「捨てようと思うと、次の週のが来るんです。だから、つい取っておいてしまって」
前田さんは、配達が終わった後に誰かが郵便受けへ差し込むいたずらを疑っていた。私は9月8日の5時半に森本さんの家へ行き、郵便受けの外側が見える場所で待った。5時41分、いつもの配達員の石川健輔さん(34歳)が新聞を入れた。森本さんがすぐに取り出して開くと、地元の店の広告5枚と、やまびこのチラシがあった。
特売期間は、9月8日から14日までに変わっていた。石川さんが来てから開くまで、ほかに郵便受けへ近づいた人はいない。その日の販売店の記録でも、配る広告は5枚だった。
ただし、その記録だけで、届いた新聞1部の中身まで分かるわけではない。店で別の紙が混じったのか、運ぶ途中で入ったのか。石川さんは、疑われるなら自分の荷物を調べてもよいと申し出た。販売店は、まだ配っていない新聞を開き、同じ物を家まで運んで比べることにした。
私も販売店へ行った。残っていた新聞に、やまびこの紙は入っていなかった。確かめた中から1部を選び、広告5枚に加えて、小さな確認用の紙を挟んだ。前田さんと石川さんが署名したもので、同じ新聞を運んだと分かるようにするためだった。

石川さんはその新聞を手で持ち、私は一緒に森本さんの家まで行った。森本さんの前で開くと、5枚の広告と署名した紙があり、やまびこはなかった。店で確かめた新聞をそのまま渡したこのときは、チラシは増えていなかった。
森本さんは、いつもは郵便受けで新聞を受け取る、と言った。私たちは同じ新聞を元の形に戻し、石川さんが郵便受けへ入れた。外側には私と石川さんが残り、森本さんが家の内側から取り出した。内側で新聞を扱ったのは森本さんだけだった。
もう一度開くと、署名した紙のすぐ内側に、やまびこのチラシが挟まっていた。5枚の広告と確認用の紙は、さっき見た順のまま残っている。やまびこの紙が1枚加わっていた。
私は森本さんの手元を、内側から続けて撮っていたわけではない。本人が隠した紙を挟んだ可能性までは消せない。それでも、販売店が初めから入れていたという説明や、配達の後に外から誰かが差し込んだという説明では、この新聞を開いた順番が合わなかった。
前田さんに結果を伝えると、石川さんだけに確認を求めるのはやめると言った。やまびこのチラシを受け取っていないという販売店の記録と、受け取った人が新聞から出した紙を、どちらか一方の間違いとして片付けられなくなった。
私は、チラシが届く5軒に共通することを探した。前田さんの配達の順番では、5軒は同じ通りに並んでいるわけではない。新聞の種類もばらばらだった。
手がかりをくれたのは、やまびこ桜台店で最後の店長を務めた千葉昌弘さん(68歳)だった。千葉さんは、閉店のときに持ち帰った帳面を1冊、取っておいた。店が2010年から続けていた、配達の注文の帳面である。歩いて店へ来るのが難しい客のために、電話で注文を受け、品物を家まで届けていた。
「水曜の朝にチラシが入ると、9時ごろから電話が鳴るんです。チラシを見ながら、丸を付けた品を読み上げてもらって、夕方に届けました。始めたころは20軒ほどありましたが、閉店のころには5軒になっていました」
帳面の最後の頁には、閉店の月まで注文を続けていた客の名前が並んでいた。桜台の5軒で、森本さんの家も入っていた。チラシが届くと話している5軒と、同じ顔ぶれだった。
千葉さんは、届いたチラシの値段も見てくれた。手元に残していた閉店前の最後のチラシと比べると、牛乳は178円、食パンは98円で、どちらも当時の値段と同じだった。品物は週ごとに入れ替わっているが、値段は2017年3月のところで止まっているという。
千葉さんによると、閉店を知らせる紙は、最後の配達の品物と一緒に5軒へ届けた。森本さんの家では、妻の和子さんが受け取ったという。注文の電話をかけていたのも、いつも和子さんだった。和子さんは2019年に亡くなっている。
森本さんは、配達の注文のことを知ってはいたが、電話をかけたことはなかった。チラシに丸を付けるのも、和子さんの仕事だったという。
森本さんは、台所の引き出しから古いチラシの束を出してきた。和子さんが取っておいた閉店前の分で、どの週にも鉛筆の丸が付いている。丸の中は、たいてい牛乳と食パンだった。
「水曜の朝に、台所であの紙を広げていたのは覚えています。私は新聞の方を読んでいたので」
前田さんの記録では、やまびこの広告は閉店の週で止まっている。千葉さんの帳面では、配達の注文も同じ週で止まっている。どちらの記録にも、2021年8月から後のことは書かれていない。
森本さんの手元には、その朝届いた新聞から出した1枚と、店から運んだ新聞に加わった1枚が残った。同じ週の特売なので、取っておくのは1枚でよいと森本さんは言った。私は、重ねる前に、どちらをどの新聞から出したかを書いてもらった。
石川さんは、次から新聞を手渡しにすることもできると申し出た。森本さんは、朝早く起きて待つことになるので、今のままでよいと答えた。販売店には広告代を請求する相手がなく、森本さんには買いに行く店がない。水曜日の朝刊は、これまでどおり郵便受けへ入れてもらうことになった。
帰りがけに台所をのぞくと、森本さんはやまびこのチラシをテーブルに広げ、鉛筆で牛乳と食パンに丸を付けていた。チラシはそのまま、電話の横に置かれた。



